1年の約束 -後編-



※アニメ派の方にはネタバレが含まれます。ご注意ください。
※原作と違う点がございます、二次創作だと唱えてご覧ください。











































IHは、優勝した。
巻島先輩は早くて、すごくかっこ良くて、毎日ドキドキしながら応援した。
IH中はほとんど会えなかったけど、毎日かかさずくれる電話が何より嬉しかった。
そして箱根から帰った次の日、巻島先輩の家にお邪魔することになった。

「こうして会うのは久しぶりだな。」
「2人っきりは、1ヶ月ぶりくらいですかね。」

何だか落ち着かなくて、会話も上手く繋げられない。
会えて嬉しいのに、触れたいのに、どうしていいかわからない。

「雛美。」
「はい?」
「こっちくるっショ。」

ベッドに座っていた巻島先輩が、両手を広げた。
立ち上がって巻島先輩の方へ行くと、ぎゅっと抱きしめられた。
久々のその感覚に、胸が高鳴る。
そのまま巻島先輩の上に座らされて、どちらからともなくキスした。
何度も角度を変えて重なるそれは、どんどん荒々しさを増して行く。
初めての感覚に、口だけが敏感になってあとはのぼせたように感覚が鈍って行くようだ。

「願掛け、効いたっショ。」

ニヤリと笑う巻島先輩はいつもよりも色っぽくて、とても綺麗だ。
こくりと一度頷くと、またぎゅっと抱きしめられた。
そして耳元にそっと口を寄せ、優しい声で囁いた。

「最後まで……いいか?」

私は返事の代わりに、巻島先輩を抱きしめ返した。
その時私は、瞳に隠された悲しみの色にまだ気づかなかった。





それから数日後のことだ。
巻島先輩に呼ばれて、家を訪ねた。
迎え入れてくれた巻島先輩はどこか悲しげで元気が無くて、何か悪いことでもしてしまったのかと不安になる。
部屋に通されてからも、特に会話らしい会話もなく続かない。

「巻島先輩、どうかされたんですか?」
「いや……その、な。」

歯切れの悪い言葉が、さらに不安を駆り立てる。
それを知ってか知らずか、一つ大きなため息をついて私をまっすぐに見据えた。

「別れるっショ。」

その言葉に頭が真っ白になる。
何がいけなかったんだろう、何か悪いことをしてしまったんだろうか。
もしかして数日前のがいけなかったのかな、初めてだったから失望された?
ぐるぐると頭の中に疑問ばかりが浮かんで消える。
何も言えず、ただ巻島先輩を見つめていた。

「雛美が悪いわけじゃないショ。」
「じゃぁなんで……。」
「俺、来月からイギリスに行くっショ。」

何の話をしていたんだっけ、私。
別れる?イギリス?学校は?
わけがわからないけど、涙がポロポロと頬を伝って落ちて行く。
それを見て巻島先輩はまた一つため息をついて、少しずつ話し始めた。
お兄さんの仕事を手伝うためにイギリスに行くこと、向こうで大学に通うこと、いつ帰るかわからないこと。

「もう会えなくなる。だから、別れるショ。」
「そんな、そんなのっ……。」
「距離は、埋められないショ。」

泣きじゃくる私の頭を撫でながら、巻島先輩は優しく声を掛ける。
そんな優しさはいらないのに。
私が欲しいのは巻島先輩だけなのに。
そして私は、最初の賭けを思い出した。

「まだ、経ってません。」
「経つって、何がだよ。」
「まだ1年経ってません。私を嫌いになったわけじゃないなら、あの賭けはまだ有効ですよね?」

巻島先輩が言いだした約束だ。
卒業するまでの一年がリミットだと。

「確かに嫌いになったわけじゃないショ。でも流石にイギリスは距離がありすぎショ……。」
「それでも私は巻島先輩だけが好きです。一年後、気持ちがどこまで寄り添っていられるかの賭けをまだ終えるつもりはありません。」

ネットで通話だってできる、顔だって見れる。
大丈夫、何も変わらない。

「俺が雛美を嫌いになるまで、諦めないつもりか?」
「半年間会えなくて、気持ちが離れたと言うなら諦めます。でもそれ以外で諦められるほど、私の気持ちは軽くも弱くもありません。」
「……変な女ショ。」

そう言った巻島先輩は、どこか困ったように優しく微笑んだ。
否定されなかったことに安堵して、一つわがままを言ってみることにした。

「敬語、なくしてもいいですか?」

クハッと笑う巻島先輩は少し嬉しそうで、私はまだ好かれていると確信する。

「いつまで敬語なのかと不思議に思ってたとこショ。好きにしたらいいショ。」

ついでに先輩じゃなくなるんだからそれもやめれば、と付け加える巻島先輩に私は首を振った。

「願掛け、するんです。」
「願掛け?」
「半年後も、巻島先輩といられるように。」

涙を拭い、にっこりと笑って見せる。
巻島先輩を違う呼び方で呼ぶのは半年後のご褒美にする、そう言うと巻島先輩はまたクハッと笑った。

「俺もその時までお預けかよ。」
「え?」
「なんでもないショ。」

グリグリと頭を強めに撫でられた。
なんて言ったかはよくわからないけど、きっと大丈夫。
だって巻島先輩が笑ってくれるから。





巻島先輩は、あっという間にイギリスに行ってしまった。
電話をしようにも時差が9時間もあるせいで、つい夜更かしをしてしまう。
おかげで日常生活が乱れ始めた。
授業中は眠いし、勉強も捗らない。
テストでは赤点をとってしまい、巻島先輩にしこたま怒られてしまった。

「追試合格するまで電話はしないショ。」
「えっ、そんな……。」
「これからは話すのは休みの前だけにするっショ。俺もお前に無理させすぎたショ。」
「えー……。」

巻島先輩には、週に一度土曜日深夜だけという条件をつけられてしまった。
それでもテストで赤点を取るようならもっと減らすと言われてしまっては文句の一つも出ない。
私は必死に勉強して、学期末テストでは赤点どころか普段より随分いい点数が取れた。
さっそく次の土曜日に巻島先輩に報告すると、すごく褒められた。

「よく頑張ったっショ。」
「えへへー。これで冬休みはもっと電話してもいい?」
「そうだな……もう一つご褒美をやるっショ。」
「ご褒美?」

巻島先輩はそう言ってにやりと笑う。
画面の向こう側でカレンダーを取り出すと、年末を指さした。

「年末には一度日本に帰るショ。会おうぜ、雛美。」
「ホントに…!?」
「あぁ、本当だ。もうチケットも取ってあるショ。」

巻島先輩に会える。
映像や声だけじゃなくて、触れることが出来る。
会おうと言ってもらえたことが嬉しくて、涙が頬を伝っていった。

「楽しみにしてるね、うんとおしゃれしていくから!」
「あぁ、また詳しい時間とかはメールするショ。」

照れたように頬をかく巻島先輩は、いつもより表情豊かで穏やかに見える。
巻島先輩も、楽しみにしててくれるといいな。
私は年末に向けてさっそく準備を始めた。






年末年始とはいえ、直接会えるのはこれが最後になるかもしれない。
私たちのリミットまであと3か月ほどしかないのだ。
その3か月には年末年始のほかに、バレンタインという大切なイベントが待ち構えている。
好きな人がいるなら絶対にはずせないイベントではあるものの、イギリスに行っている状態では渡すのは難しい。
だからこの機会に渡してしまおうと思い、連日チョコレートにまみれて練習した。
甘すぎないガトーショコラに、トリュフチョコ。
ちょっと遅いクリスマスとしてプレゼントも買った。
巻島先輩の気持ちが離れていきませんように。
ずっと一緒にいられますように。
そう願いを込めて、ラッピングした。






巻島先輩に会えるのは、31日から1日までだけだった。
せっかくだから年越しと初詣を一緒にしないかと誘われて、巻島先輩の家にお邪魔することになった。
新しく買った下着と服、スカートに身を包みプレゼントを持つ。
いざ行こう!と思い家を出ると、巻島先輩が門の前で手をこすりあわせていた。

「巻島先輩……?」
「む、迎えに来たショ。」
「いつから待ってたんですか!?メールしてくれたらよかったのに。」
「さっき来たとこショ。」

そう言ったくせに、鼻は真っ赤だし繋いだ手は氷のように冷たい。
一体いつから待ってくれてたんだろう……。
少し申し訳なくなる。
うなだれていると、巻島先輩が手を離した。

「俺の手、冷たいから雛美が冷えるショ。」

私を気遣っての言葉だというのはわかるのに、久々に触れられた手がなくなってとても寂しくなる。
空いてしまった右手を少し眺めてから、巻島先輩の左手を掴んだ。

「冷たいなら暖めるよ。私をカイロだと思っていいから、手繋いでたい。」
「……俺もそうしたいショ。」

少し悩んでからそう言ってくれた巻島先輩の頬は先ほどより少し赤くて、照れたのがわかる。
会える時間は限られている、我慢していては勿体ない。
巻島先輩にぴったりとくっついて、私たちはまた歩き出した。






プレゼントとチョコレートを渡すと、巻島先輩は少し驚いた顔をしていた。
流石に気が早かったかな、と思っているとくしゃりと頭を撫でられる。

「雛美も用意してるとは思わなかったショ。」
「私も?」

巻島先輩が隣の部屋から、可愛くラッピングされた包みを持ってくる。
それを私の目の前に差し出すと、開けるように促した。

「クリスマス、過ぎちまったけど……プレゼントショ。」

開けてみると、中には淡いピンクのマフラーと手袋が入っていた。
凄くかわいくてさっそく首に巻いてみせると、巻島先輩は嬉しそうに笑った。

「ありがとう!すっごく可愛い!似合う?」
「あぁ、よく似合ってるショ。ホワイトデーはさすがに準備してねぇから……また今度な。」

そう言ってまた頭を撫でてくれた。
ホワイトデーのプレゼントをもらえるかもしれない、ということは少なくともそれまで嫌いになる可能性が低いということだ。
私は嬉しくなって、巻島先輩に抱き着いた。

「楽しみにしてる!」
「うぉっ」

勢いよく抱き着きすぎて、巻島先輩をベッドに押し倒してしまった。
少し驚きながらも、巻島先輩は私を抱きしめてくれた。
この感覚、この体温、久々に感じる巻島先輩が心地いい。
顔を上げると、目が合った。
自然に重なる唇に、吐息に、酷く興奮した。
もっと繋がりたくて巻島先輩に振れると、バッと体を離されてしまった。

「ここまでだ。」
「どういうこと?」
「願掛け、俺もしてるショ。だからキスまでショ。」

困ったように笑い、おでこにキスされた。
巻島先輩の願いって、なんだろう。

「その願いは、私にも関係ある?」
「雛美のこと以外に願掛けするような願いはないショ。」

その言葉に、少し安心する。
きっと悪いことじゃない、だって巻島先輩は笑ってくれるから。
巻島先輩と過ごせた2日は、とても楽しいことばかりだった。
一緒にご飯を食べて、同じベッド眠って、初詣にもいった。
”キスまで”の願掛けどおり、それ以上は何もなかったけれど。
たくさん撫でて、たくさんハグしてそれだけでとても満たされた。





巻島先輩が帰ってしまってから、毎日が少し物足りなく感じてしまった。
それでも約束を守るために必死に勉強して、毎日をこなしていく。
寂しい時は、マフラーを抱いて眠った。
メールも電話も、欠かさなかった。
そうしているうちに、あっという間に3月になっていた。
巻島先輩への想いは変わらず、強くなる一方で少し苦しいくらいだ。
総北の三年生たちはみんな卒業してしまった。
リミットがもうきたのかと巻島先輩に聞くと、”俺は卒業したわけじゃないから3月いっぱいがリミットだ”と返事が来て少し安心する。
あと少しだとしても、あと少しはまだ彼女でいられる。
その先はどうなるかわからないけど。
少し不安な毎日だけど、巻島先輩との通話でそれはいつも吹き飛ばされる。
そして今日も、優しい声色に癒されていた。

「3月14日、何かあるショ?」
「特に何もないよ、今年は土曜日だし。夜は話せる?」
「あー……その日はアレだ。ホワイトデーだから1日開けとけよ。」
「1日?」

何があるのかと聞き返しても笑ってはぐらかされる。
誤魔化すのは下手だけど、何か考えてくれているだろうから深くは突っ込まないことにした。
もしかしたら、1日通話できるかもしれない。
おはようからおやすみなさいまで、一緒に居られるかも。
そう思うとホワイトデーが待ち遠しくて、楽しみで仕方がなくなった。



ホワイトデー当日、朝7時にスマホの着信音が鳴り響いた。
平日の目覚ましを間違えてかけたのかと思って画面を見ると”巻島先輩”の文字がある。
ネット通話じゃなく電話なんて珍しい、と思いながら慌てて出ると大好きな声が聞こえた。

「おはよう、雛美。」
「ん、おはよ。巻島先輩。」

目をこすりながらベッドに座り直した。
なんだかいつもより騒がしいから、もしかしたら外なのかもしれない。

「巻島先輩、こんな時間に外にいるの珍しいね?」
「朝だから普通ショ。」

クハッと笑ってそう言われて、ちょっと混乱する。
寝起きの頭ではよく理解できずに、もう一度聞きなおした。

「朝?イギリスは夜でしょ?」
「イギリスは夜だな。でも日本は朝ショ。」

そう言ってクスクス笑う。何だかいつもと違う、おかしい。
遠くで救急車の音がするな、と思ったらスマホからも同じ音が聞こえて慌てて立ち上がった。
窓の外には、愛しい人の姿があった。

「巻島先輩!?」
「よぉ。」

窓を開けて叫ぶと、門の前で軽く手を上げて笑った。
巻島先輩が、家の前にいる。
ボーっとしていたはずの頭が急に冴えてきた。
マフラーを巻いて慌てて階段を駆け下りて玄関を開けると、そこには紛れもない巻島先輩がいる。

「おいおい、さすがにそれじゃ寒」

言いかけた巻島先輩に思わず抱き着いた。
もう会えないかもしれないと思っていた。
もう触れることはできないかもと思っていた。
その人が今目の前にいるのだ。
涙が溢れてくる。

「クハッ、泣くか笑うかどっちかにしろショ。」

そう言って頭を撫でてくれる巻島先輩の鼻は、やっぱり少し赤い。

「いつ帰ってきたの?いつから待ってたの?」
「昨日の夜に帰ってきたショ。待ってたのはまぁ……30分くらいショ。」

雛美は休みの日は寝坊助だからな、そう付け加えておでこにキスされた。
触れた唇が冷たくて、待たせた時間の長さを物語っていた。
涙を拭って、巻島先輩を見上げた。

「早く電話してくれたら良かったのに!何でそんなに待って……。」
「話すこと、考えてたショ。何て言ったらいいか……。」
「でもこんなに冷たくなって!早くうち入って?コーヒーでいい?」

そう言って腕を引っ張ったはずが、逆に引っ張られて巻島先輩の腕の中に戻された。
カイロのかわりかな?そう思っているといつもより優しい声が降ってきた。

「このままちょっと聞いて欲しいショ。」
「なに?」
「好きだ。」
「……うそ。」

止まったはずの涙が、また溢れてくる。
巻島先輩から初めて言われた言葉に、まだ確信が持てない。
このタイミングでそれを言うってことは、もしかして…。
巻島先輩を見上げると、顔が真っ赤になっていて視線もそらされた。
私の頭をぎゅっと、胸に押し付けた。

「俺の負けショ。こんだけ距離離れてんのに諦められる気がしねぇ。」
「巻島、先輩……。」
「好きだ、雛美。」
「私も好きです、巻島先輩が大好きです!」
「クハッ、もう願掛けはいらないショ。」

涙を舐めとるように、頬に何度もキスされる。

「裕介、くん。」
「雛美。」

触れ合うだけの軽いキスを交わして。
裕介くんとの甘い1日が始まる。











「いつから私の事好きだったの?」
「……最初からショ。」
「え?」
「好きになっても離れたら続かないと思ってた、だから1年だけって言ったっショ。それに……。」
「それに?」
「イギリス行ってまで想い続けてもらえるなんて普通思わないショ。」
「じゃぁあの願掛けは?」
「…………ショ。」
「え、何?ちょっとよく聞こえな」
「お前と半年後も一緒に居られるようにっショ!」




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