1年の約束 -前編-




入学してすぐのことだ。
部活紹介で見たその姿に、私は心を奪われた。
緑と赤の混じった綺麗な長髪、切れ長の目、左側にある涙ボクロと笑ボクロ、長い手足。
気付けば目で追っていて、いつも探すようになっていた。
自転車に乗っている姿は本当に素敵で、よく裏門坂が見える窓から眺めていた。
最初は遠くから眺めるだけで満足だったのに、どんどん欲が出てくる。
名前を知って欲しい、呼んで欲しい、話したい。
そう思った頃には、自転車部に差し入れにいくようになっていた。

「こんにちわ!これ差し入れです、皆さんで召し上がってください。」
「おう、いつもありがとよ。」

作ってきたレモンの蜂蜜漬けを差し出すと、田所先輩がにこやかに受け取ってくれた。
きょろきょろと辺りを見回して、巻島先輩を探した。
今日はまだなのかな、と思っていると、レモンを頬張りながら田所先輩が部室を指差した。

「巻島ならまだ着替えてるぜ。もうすぐ出てくんじゃねぇか。」

そういい終わる前に、ガチャリとドアが開いた。
目があったのでぺこりとお辞儀をすると、巻島先輩は駆けてきた。

「お前、何しにきたっショ。」
「こんにちわ、巻島先輩。差し入れにお邪魔しました!」

巻島先輩は田所先輩を見てため息をついた。
レモンがもう半分くらいなくなっていたからだ。

「田所っち!全部食うなっショ!」
「半分は残ってるだろうが。」
「言わなきゃ全部食ってたっショ……。」

何時ものやりとりを微笑ましく見ながら、もう一つタッパーを取り出した。
中身は半分凍ったスポドリ系のゼリーだ。
それを巻島先輩に差し出す。

「こちらもどうぞ。暑いので冷たいものにしました。」
「いつも悪いな、助かるっショ。」

そう言って笑う巻島先輩に、心が跳ねる。
巻島先輩はゼリーを手嶋先輩に預けると、私の方へ戻ってきた。

「今、ちょっといいか。」
「はい、大丈夫です。」

巻島先輩に連れられて、ひとけのない場所へと移動した。
こんな風に二人きりになるのは初めてで、緊張してきた。
巻島先輩は首に手を当てながら、私の顔を覗き込むようにして話し始めた。
顔が近くてドキドキする。

「一体、誰が目的っショ。」
「……目的、って?」

軽く混乱して、敬語を忘れてしまったことに気づいて口元を抑えた。
でもそんなことは気にならないようで、巻島先輩は話を続けた。

「田所っちか金城なら、ちょっとは協力出来ないことも……でも2年なら田所っちの方が適任ショ。」
「あの、意味がよくわからないんですが。」
「小鳥遊さんは誰に会いに自転車部に来てるのかを聞いてるんショ。」

今度は頭に手を当てながら、巻島先輩は段差に腰を下ろして俯いた。
田所先輩は気づいていたのに、まさか巻島先輩が勘違いしているなんて。
どう説明しようかと考えると、涙が溢れてきた。
説明するということは、気持ちを伝えるということだ。
協力する、ということは私に望みが無いのと同じだ。
ぽろぽろと涙が地面を濡らすのを見て、巻島先輩が私を見上げた。

「なんで、泣いてるんだよ。」
「だ、大丈夫です。」
「大丈夫じゃないっショ。俺なんか悪いこと……。」

慌てる先輩に、これ以上迷惑をかけられない。
もうすぐ部活も始まってしまうだろう。
私のせいで遅れてしまうなんてことがあってはならない。
本当のことを言って早く送り出そう、それがたとえ辛い結果だとしても。

「好き、なんです。巻島先輩。」
「それどういうこ」
「巻島先輩が好きなんです。」

私の顔を見て固まる巻島先輩に、にこりと笑いかけた。
それを見て、やっと時が動き出した。

「本気で言ってるのか?」
「部活紹介でお見かけした時からずっと好きでした。だから差し入れに……。」

また首に手を当てながら、巻島先輩は立ち上がって空を仰いだ。
白い肌が太陽にキラキラしてとても綺麗だ。
しばらく見とれていると、ふっと巻島先輩がこちらを向いた。

「1年だ。」
「え?」
「俺は今年で卒業っショ。付き合えるのは1年だけっショ。」
「例え巻島先輩が卒業しても、私は諦めたりとかしません!」
「距離が離れれば気持ちも当然離れるっショ。」
「そんなことっ……!」
「じゃぁ、賭けてみるか?俺とお前が、1年で気持ちがどう変わるのかを。」
「少なくとも私の気持ちは変わりません。」
「クハッ。その目、気に入ったっショ。付き合おうぜ、小鳥遊……いや、雛美。」

そう言って、節くれだった大きな手で頭を優しく撫でられた。
部活に戻るからもう帰れと見送られて歩き出す。
後ろで巻島先輩が何か言ってたような気がしたけど、振り返ると手をひらひら振る先輩がいただけだった。

「見てるだけで満足だったのに、欲が出たっショ。」





それからというもの、毎日巻島先輩の教室に通った。
差し入れを渡したりお弁当を渡したり、何かと理由をつけて訪れる私に嫌な顔一つせずに付き合ってくれた。
お昼を一緒に食べるようになってからは、帰りは部活が終わるのを待って一緒に帰った。
巻島先輩は毎日家まで送り届けてくれるおかげで、お母さんからの評価も高かった。
そんな時、巻島先輩から呼び出された。
私から行くことは多々あったけど、呼び出されるのは初めてだったので少し不安になる。
待っていた巻島先輩はどこか緊張しているようで、私にもそれが伝染してくる。

「よ、よぉ。」
「お待たせしてごめんなさい。」
「待ってないショ。急に呼び出して悪かったショ。」

何時もより少し距離を開けて話しているのが、余計に不安を駆り立てた。
巻島先輩は髪をかき上げながら、私に向き直る。

「もうすぐIHがあるショ。今年は箱根、当日会えるかどうかはわからねぇ。けど……見に来て欲しいっショ。」
「……え?行っていいんですか?!」
「当然ショ!俺、頑張るからその……応援、して欲しいっショ。」

巻島先輩はだんだん声が小さくなって、俯いていく。
打って変って、私は不安が吹き飛んで顔の緩みが止まらない。

「行きます!三日間ですよね?毎日応援しにいきます!」

そう言うと、巻島先輩は顔をパッと上げた。
嬉しそうな顔に、私も嬉しくなる。
少し近づいて巻島先輩との距離を詰めると、巻島先輩に抱きしめられた。
ふわりと柔軟剤の優しい香りがして、気持ちいい。
頬ずりしていると、頭を撫でられた。

「願掛け、するっショ。」
「願掛け?」
「IH終わるまで、これ以上のことは何もしないショ。」
「え?」
「し納め、だから」

顎をそっと持ち上げられ、キスされた。
何度か巻島先輩の家でしたことはあったけど、人気がないとはいえ学校でするのはとても恥ずかしい。
それでも私は巻島先輩に触れられるのが嬉しくて、その優しいキスを受け入れた。

「しばらくこれもお預けっショ。」

そう言って笑う巻島先輩は、なんだかとても可愛かった。




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