観察



小さい時から踊るのが大好きだった。
踊ってさえいられればそれで満足だった。
けど、それを心配した両親の手によって私は寮制度のある学校に進学させられた。
家から遠く、一人部屋ですらないその寮は私からダンスを奪った。

毎日つまらない日々を送る。
学校へいって、帰ってくるだけの単純な日々。
そんなおり、友達に見せてもらった動画に衝撃を受ける。
”踊ってみた”と名付けられたその動画では、狭い部屋で踊っている人の姿があった。
その日から私は暇を見ては人気のない寮の裏で練習を始めた。
動画を何度も見直して、勉強して練習した。
身元バレないようにね!と教えてくれた友達の教え通り、私はマスクとウイッグをつけて変装してから動画もとった。
だけど、パソコンだけはどうも疎くて、編集が上手く出来ない。
そんな時、同室の彩から取引を持ちかけられた。

「動画とか編集ならうちがしてあげんよぉ。
せやかし、かわりに一緒にチャリ部の見学行ってくれへん?」
「編集はありがたいけど、チャリ部の見学って何?」
「箱学のチャリ部にはめっちゃカッコいい東堂さんて先輩がいるやんかぁ。
めっちゃ好きやし見に行きたいけど、2年も3年もいてる中一人で見に行くん怖いやん?
せやで、一緒に行ってくれへん?」

その東堂という先輩のことは名前でしか知らないが、確かにファンクラブがあるほどの人気者だ。
そのファンの中、一人で行くのは気が引けるとのことだった。
ついていくだけならもちろん!と快諾する。
さっそく彩にデータを渡して編集してもらった。



翌日から、彩と一緒にチャリ部へ向かった。
話には聞いていたがすごいファンの数で、二人で圧倒されていた。
すると後ろから声がする。

「キミたち、一年生かい?初めてみる子だね」

そうピストルポーズをとりながらウィンクをされる。
誰だろう…と思いつつ軽く会釈をすると、私の背中を彩がバンバン叩く。
あれが箱学のエーススプリンター新開先輩やよ!と大はしゃぎ。
新開先輩はひらひらと手を振りながら、部室へ向かった。
彩は東堂先輩が目当てだったんじゃ…と言うと、それとこれとは別やよ!とお説教をくらった。
さっきのが新開隼人先輩で、金髪の人が主将でエースの福富寿一先輩、カチューシャの方が山神の東堂尽八先輩で…
彩は嬉しそうに説明してくれる。

「ねぇ彩。福富先輩…?の後ろにいる黒髪の先輩は?」
「あの人は…飢えた野獣って呼ばれてる荒北靖友先輩やよ。こんなこと言うのもあれやけど目つき悪くて怖いんよね…」
「ふぅん…?」

確かに目つきは悪いけど…そう思っていると荒北先輩と目があった。
荒北先輩は驚いたのか一瞬固まり、すぐそっぽを向いてしまった。
嬉しそうにテンション高く東堂先輩の話をしている彩のおかげで、先輩たちの会話は聞こえなかった。

「荒北、顔が赤いぞ。風邪か」
「ンでもねェよ、福ちゃん」



先輩たちが外周に行ってしまって、やっと彩から解放された。
寮の裏へ回ると、ちょうどチャリ部の練習とかち合った。
先輩たちが通り過ぎるのを待っていると、遠くに金髪が見える。
あぁ福富先輩だ、と思っているとその横からすごいスピードで水色の自転車が上がってくる。
誰だろう。
自転車はあっという間に目の前を通り過ぎた。
そのはずなのに、目があった。荒北先輩だ。
今日は先輩たちと縁があるなぁと思っていたらどうやらこの周辺を走っているらしい。
いなくなったと思ったら、違う先輩がどんどんくる。
ダンスの練習をしようにも、見られるのは恥ずかしい…。
今日は諦めて、部屋に帰った。



それから毎日、日課のようにチャリ部を見学してから寮の裏へ向かうようになった。
先輩たちが寮の裏を走る日は、彩に頼み込んで部屋で練習させてもらった。
時々撮った動画を彩に編集してもらい、動画サイトに上げてもらっていた。
彩は相変わらず東堂先輩の追っかけをしていて、いつの間にかファンの先輩とも仲良くなっていた。
もう一人でも大丈夫やよ、という彩になにかと理由を付けてついて行った。
私はいつしか、荒北先輩を目で追っていたから。
目が合うと不機嫌そうにそっぽを向かれてしまうし、話したことなんて一度もない。
だけどあの水色の自転車と荒北先輩が目に焼き付いて離れない。
恥ずかしくて彩にも言えなかったけど、私は荒北先輩が―――。



気づけば動画を上げ始めてから2か月が経過していた。
見てくれる人も増え、リクエストももらえるようになった。
そんな折、小道具を使いたかったために彩に許可をとって部屋で撮影した動画があった。
その動画をあげたのが、間違いだった―――。

ドリームという曲で踊ったその動画には、彩の机が映ってしまっていた。
そこには、東堂先輩の写真が飾ってあったのだ。
箱学でも動画を見てくれていた人がいたらしく、あっという間にそれが寮で撮影されたものだと広まった。
自分の持ち物には細心の注意をはらっていたつもりだった。
彩にもそれは伝えていた。
それでも、慣れというものは恐ろしく見逃してしまっていたのだ。
慌てて動画を消したが、遅かった。
誰かが保存していたらしく、再度アップロードされてしまった。

「彩っ…ごめん…」
「雛美のせいじゃないやん、うちが片付け忘れててん…。編集の時も気づかんでごめんなぁ…」
「違うよ、私が部屋で撮らせてなんて言わなきゃ良かったんだもん。いつもみたいに公園とか遠出して撮影すればよかった。」
「それじゃ小道具使えへんのは、うちはよぉわかってるよ。せやから、片付けへんかったうちが悪いんよ。謝らんで。」
「でもっ…」
「それより、あれが雛美やってバレへんようにせんとね…。雛美の親にバレたらまずいんやろ?」
「うん…」

ネットの方はうちがなんとかしてみるから、そういうと彩はパソコンに向かった。
私はいたたまれなくなって、部屋を出た。


部屋をでたからって、行くあてがあるわけじゃない。
いつの間にか、寮の裏に回ってきていた。
もうこんなとこで練習なんて出来ないな、っていうかもう二度とダンスなんて出来ないのかな…
そう思ってしゃがみこむと自転車の音がする。
あぁ、今日はここを走る日だったんだ。
慌てて立ち上がるとまた水色の自転車が目に入る。
荒北先輩、だ…。
もし親にバレたら実家に戻らされるのかな。
ダンスばっかしてないで勉強しろって言われるんだろうな。
そしたら箱学もやめなきゃいけないのかな。
箱学やめちゃったら私、もう荒北先輩に会えないな…。
そう思うと涙がボロボロと溢れてくる。
早く立ち去らなくては、と思えば思うほど想いがあふれてくる。
目の端に、水色の自転車が映る。
泣いている顔を見られただろうか。
変な奴だと思われているだろうか。
…ううん、私が荒北先輩に認識されているわけない…。
そう思って顔をあげると、あり得ない光景が目にはいる。

「オィ。」
「ひゃっ…ふぁい!」

荒北先輩がダルそうに立っていた。
頭をガシガシかきながら、不機嫌そうに眉を寄せる。
泣いていたのはもうバレてるんだろうな。
顔ぐちゃぐちゃだし恥ずかしいな。
そう思ってうつむくと、荒北先輩は乱暴に私の頭を撫でた。

「…アー、何だ。何で泣いてンだから知らねェけど。
これやっから元気だせヨ。」

パワーバーを一本握らせて、お礼を言う間もなく荒北先輩は行ってしまった。
初めて近くで聞いた荒北先輩の声は何だか優しくて、私は暫く動けなかった。



動画が出回ってから二週間が経った。
慌ただしい毎日が、ひと段落したと思う。
アップロードされた動画を消すことは出来なかったけれど、私はまだ箱学にいた。
幸い、私たちは他の人を部屋にいれたことはなかったし動画に映った持ち物は全て片付けるか処分した。
2年や3年の先輩たちが部屋を虱潰しに調べていた時も、バレることはなかった。
マスクもウィッグも捨てた。
あれから動画もとっていないし、ダンスすらしていない。
そもそも練習していたのを知っているのは友人数人だけ、それもみんなうちの事情を知っているから口は堅い。
大丈夫、バレてない。
そうお互い言い聞かせながら、久々にチャリ部の見学へ向かった。


彩は久々に見る生の東堂先輩に目を輝かせていた。
私は荒北先輩の姿を探した。
もらったパワーバーのお礼もして言わなければ。
そう思っていると、彩に背中をバンバンと叩かれた。
痛いよー、と振り返ると東堂先輩がいる。

「やぁキミたち!久しぶりじゃないか!ちょっと聞きたいことがあるのだが」
「は、はい!何でしょうか!うちらでわかることならなんでも…」

彩は完全にテンパってしまっている。
やれやれ、と思いながら東堂先輩に会釈するとスマホの画面を見せられる。

「このドリームという曲を踊っている生徒のことを知らないか!
どうも俺のファンのようだが、こんな子は見たことがなくてな…。
ぜひ一度会ってみたいと思って探しているのだ!」
「ドリームってちょっと前に話題になったアレ…ですか?」
「おぉ!知っているのかね!」

ヤバい。
東堂先輩のスマホには、確かに私の姿があった。
彩はこっちをチラチラと見てくるが、話すわけにはいかない。
彩と東堂先輩には申し訳ないけど…。

「すみません、動画自体は知っているんですが誰が踊っているかまでは…」
「そうか、それなら仕方ないな!また何かわかったらぜひ教えてくれ!」

そう言って東堂先輩は行ってしまった。
ホッとしつつも、胃がキリキリと痛み出す。
まさか東堂先輩が探しているなんて。
しかも先輩は、大きな誤解をしているし…。
私たちは居づらくなって、その日は早々に部屋に戻った。
荒北先輩には、会えなかった。


次の日チャリ部を見に行くと、東堂先輩が見当たらない。
ファンの先輩たちもいないので首をかしげていると後ろから声をかけられた。

「オィ。」

眉間に皺を寄せた荒北先輩が、心底めんどくさそうに立っていた。
この人は本当に気配がないな、そう思っていてふと思い出す。
お礼を言わなければ!

「あ、あの子の間は…」
「東堂なら裏門にいンぞ。」

荒北先輩はそれだけ言うと踵を返した。
お礼をいう彩に「ごめん、今日は一人で行って」と謝る。
裏門へ行く彩を見送ってから、私は慌てて荒北先輩を呼び止めた。

「あ、荒北先輩!」
「ンだよ。」
「先日はあの…ありがとうございました!」
「アァ? 何のことだヨ。」
「こ、この前、女子寮の裏でっ」
「ンなことイチイチ覚えてねーヨ。早くいかねェと東堂出ちまうぞ。」
「私は荒北先輩に会いに来ただけなので…」

口が滑った。
彩にも言ってない、こんなこと言うつもりじゃなかったのに。
ただお礼を言いたかっただけなのに。

「部屋に東堂の写真飾ってるヤツにンなこと言われて何の得になんだヨ。」

荒北先輩は舌打ちをする。
そうだよね、私何かが会いにきたって…あれ?

「東堂先輩の写真があるの何で知って…」
「アァ?ドリーム踊ってんのてめェだろーが」
「あ、荒北先輩…。それ何で知ってるんですか…?」
「ンなことどうでもいーダロ。さっさと東堂んトコ行けっつの」

マジうぜぇ、と呟いた荒北先輩に私は真っ青になる。
荒北先輩が知ってる、ということは東堂先輩も知っている…?
学校にバレたらここにいられなくなる!
私はパニックになった。

「ち、ちがっ…私、学校やめたくなっ…。私はっ、荒北先輩がっ…」
「なんで学校やめる話になンだよ!」

荒北先輩に怒鳴られて、涙が溢れてくる。
学校やめたくない、荒北先輩に会えなくなる。
いつの間にか私の中で、ダンスよりも荒北先輩が大事になってた。
荒北先輩は大きくため息をつくと、私の腕を掴んだ。
何も言えずにいると、人気のない場所へ連れて行かれた。



「いー加減泣きやめばァ?てか俺が泣かせてるみてェじゃん…」


荒北先輩に説明しようと思えば思うほど、涙が溢れて止まらない。
荒北先輩は頭をガシガシかくと、ため息をついた。
そして今度は、私の頭をぽんぽんと軽く叩く。

「何でそんな泣いてンの?俺なんか悪ィことしたァ?」
「いえっその… そういう…のじゃなくっ…てっ…」

子供みたいに嗚咽を漏らしながら、必死に説明する。
荒北先輩は、相変わらず怖い顔をしながらも聞いてくれた。

「私…ダンス動画とか作ってるのバレたらっ、親にバレたら、たぶん学校やめなきゃで…」
「…ハァ?」
「昔から、勉強とかより…踊ってのが楽しくて…。寮生活なら踊れないだろうってここ受けさせられてっ…でも家に帰ってもダンスなんてさせてもらえないだろうし、この学校で好きな人もできたし…学校、やめたくないんです…」
「意味わかんねーんだけどォ。つまり東堂と離れたくねぇから箱学にいたいってことォ?」
「…?東堂先輩は関係ないんですけど…?」
「ハッ、写真飾っといて関係ねーとか意味わっかんねェ」
「あ、写真は同室の子のでっ…。私が好きなのは東堂先輩じゃなくて…」
「じゃなくて?」
「ち、違う先輩、です…」
「誰だヨ。チャリ部見に来てるってこたぁチャリ部のヤツだろーが。」
「そ、そう、ですけど…」

新開か?福ちゃんか?泉田か?そうやって名前を連ね続ける荒北先輩に、首を横に振り続けた。
なかなか答えが出ないのにイラついたのか、壁際に追い詰められる。

「もう他にチャリ部のやつなんていねーダロ!てめぇ出任せ言ってんじゃねェぞ!」

ドンッ、という音がして、頭上の壁に荒北先輩の腕が当たる。
少し憧れていたはずの壁ドンが、今はこんなにも怖い。

「で、出まかせなんで言ってないです…。」
「じゃぁ他に誰がいンだよ!アァ?!」
「あ、荒北先輩…」
「なンだよ!」
「荒北先輩、です…」

ぎゅっと目を閉じた。
こんな形で告白することになるなんて。
怒らせて、怒鳴らせて。きっと嫌われてしまっただろう。
マイナス要素多すぎだよね…。
返事が返ってこない不安からそっと目を開けると、荒北先輩はいつになく目を見開いて固まっていた。

「荒北先輩…?」
「……ちょっと待て。」
「は、はい…」
「…………」
「……?」
「……俺ェ?」
「は、はい…。」

荒北先輩はまた頭をガシガシとかいた。
影になってわかりにくいが、赤いような…?
荒北先輩は一つため息を着くと、クソッ、じゃぁもういいヨ。と言いながら背を向けた。
告白…したのに…
返事がないってことは、そういうことだよね。
わかっていたこととはいえ、やはりショックだった。
彩に慰めてもらおう、そう思った時ふと思い出した。
荒北先輩は、動画と私が同じだとなぜわかったんだろう。
聞いたらきっと、また怒られる。嫌われるかもしれない。
でも、聞かなきゃ学校にいられなくなる。会えなくなる…!

「荒北先輩!」

呼びかけても止まってくれない。
聞こえてないはずないのに。
私は走って荒北先輩のシャツを掴んだ。

「荒北先輩!聞きたいことが…!」
「…ンだヨ。」

目も合わせてもらえない、でも聞かなきゃ…!

「ど、動画が私だって、なんで分かったんですか!!」
「……ダロ。」
「え…?」
「毎日見てりゃわかンだろ!いっつも女子寮の裏で練習してやがるわ、毎日チャリ部見に来やがるわ、そのくせ最近こねぇと思ったら動画なんて上げてやがるわ!てめェなんて後ろから見たって背格好でもうわかンだヨ!!」

一気にまくし立てられて、混乱する。
毎日見てた?誰が誰を…?
後ろから見てもわかる…?

「あの、それって…」
「気づけよバァカ。」
「…すみません、そんなに嫌がられてるとは思わなくて…。」
「ハァ!?なンでそーなるンだよ、ボケナス!バカかてめェは!」

そういうと荒北先輩は私の後頭部を掴むとグッと引き寄せた。
バランスを崩して荒北先輩の胸へ倒れこんでしまう。

「俺が!お前を!好きだって言ってんだヨ!このニブチン!」
「す、すみませ…」
「謝ったって許さねェ。」

責任とって俺の女になれヨ。
そう付け加えると、体が少し引き離された。

「は、はい!よろしくお願いします!」


ーーfinーー

ーーおまけーー
福富ver
「荒北、あの一年がまた来ているぞ」
「知ってんヨ、福ちゃん。」
「行かなくていいのか?」
「もーいンだヨ。俺のダカラ。」
「そうか」
「…東堂には言うなヨ、福ちゃん。」

新開ver
「靖友、あの子きてたぞ。行かなくていいのか?」
「ッセ、ほっとけ」
「いつもの靖友らしくないな、どうした?」
「…新開には関係ねーダロ。」
「靖友、顔が赤いぞ?」



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