もっと!可愛いのは誰だ



その日も、早起きできたこと以外本当にいつも通りの日だった。
私は一体、どこで道を間違えたのか。
早起きは三文の徳、なんてうそっぱちだ。



朝、学校に早く着いた私はゆきくんを2年の下駄箱で待ち伏せしていた。
いつもは私がギリギリにくるおかげで朝は滅多に会えないし、部活が忙しくてデートもあまりできない。
付き合って二か月も経つというのに、手を繋いだことすら数えるほどしかない。
だからたまには、驚かせようと思っていた。
なのに。
3年連中が先に部活を終えて、あろうことか私の方へやってきた。
隼人には抱き着かれた。
荒北にはまた頭をはたかれた。
東堂には耳元で「黒田とはどうなった」としつこく聞かれた。
寿一には一連の流れを見て頭を撫でられた。
そしてなぜかそれを見ていた葦木場くんにまで頭を撫でられてしまった。

「雛美先輩って可愛いですねぇ」

ほんわかした顔でそんなこと言われましても。
どちらかと言えばあなたの方が可愛いんじゃないですかね。
私はいつから自転車部のおもちゃになったのかと頭が痛くなる。
泉田くんが葦木場くんをなんとか引っ張っていくと、最後にやっとゆきくんが来た。

「ゆきくん!朝練おつかれさま!」
「……うっす。」

タオルを差し出すとゆきくんは受け取ってくれたけど、何だかすごく怒ってる……?
いつもの笑顔はなく、機嫌が悪い。

「どうか、した?」
「なんでもねぇ。」
「でもっ……。」

そう言ったゆきくんは、私を置いて歩き出した。
こんなこと初めてで、どうしていいかわからない。
コンパスの差だろうか、普通に歩いては追いつかない。

「ゆ、ゆきくっ」

小走りになったところで躓いた。
まずい、と思った時にはこけてしまっていた。
膝に鈍い痛みが走り、鞄からバラバラと荷物が散らばってしまう。
慌てて荷物を拾うと、そっと手が伸びてきた。
ゆきくんかな、そう思って顔を上げたけど、その先にいたのは想い人じゃない。

「あ、ありがと……荒北。」
「なぁにしてんだテメェ。ンなとこで散らかしてんじゃねェよ。邪魔になんだろーがバァカ。」

ぶつぶつ文句を言いながらも拾ってくれる荒北に、改めてお礼を言う。
全部拾ったところで立ち上がると、膝に痛みが戻ってきた。

「つっ…」
「アァ?」
「何、でもなーい。」

余りの痛みに声が出た。
膝を見るけど血は出ていない、多分打撲程度だろう。
荒北に感づかれないように誤魔化して歩き出した。
大丈夫、歩ける、大丈夫。
自分に言い聞かせていると、ふいに荷物を奪われた。

「足いてぇんだろ。」
「だ、大丈夫だって言ってんでしょ!遅いと思うなら先いけば!」
「足引きずって何いってんだテメェ。ここで放ってったら俺が福チャンにどやされんだろーが。」
「……ありがと。」
「素直なお前は気持ち悪ィ。」
「うっさいバカ!もう礼なんて言わない!」
「へいへい。口ばっか動かしてねぇで歩けっつの。」

何でもう、こんなとこに荒北がいるんだよ。
ゆきくん、もう行っちゃったかなぁ。
差し入れ渡しそびれちゃった。
私は荒北に引きずられるように教室に入った。




ゆきくんにメールをしても返事がない。
見たかどうかわかるアプリで送ったメッセージも見てくれていない。
ゆきくんは、たぶん怒っている。
何に怒っているかはわからないけど、朝のゆきくんは変だった。
ゆきくんのことばかり考えてしまって授業なんて頭に入らない。
ぼーっとしていると、あっという間に昼休みになっていた。
ゆきくんを探さなくちゃ。
そう思い慌てて教室を出ると、泉田くんにぶつかってしまった。

「あ、ごめん!ちょっと急いでて!」
「いえ、それより小鳥遊先輩にお話があって……。」
「え?私?寿一じゃなく?」
「はい。朝からユキが変なんです、何かご存知ですか?」
「私も何か変だと思ってて……今から会いに行こうと思ってたの。」
「そうですか。ユキは今特別棟の非常階段にいると思います。行ってあげてください。」
「ありがとう泉田くん!今度何かお礼するから!」

泉田くんに見送られて、私は特別棟に向かった。




非常階段のどこにいるんだろう。
むやみやたらに階段を上ったらまた膝が痛くなりそうだな。
そう思ってゆきくんに電話をかけた。
ヴーヴーと、上から鈍い音がした。
近い!

「ゆきくん!」

呼びかけるとキュッと上靴が擦れる音がした。
いる、絶対にいる。
パタパタと駆け上がると、うずくまって頭を抱えているゆきくんが見えた。

「ゆきく」
「こないでください!」

怒鳴るようにそう言われて足が止まる。
どうして怒ってるの。どうしてまた敬語になってるの。
ゆきくん、何考えてるの?
私には話せないの?
寂しいよ…。
気づけば涙がこぼれ落ちていた。
ゆきくんに泣いていると気づかれたくなくて、必死に袖で拭った。
できるだけ明るい声になるように、ゆきくんを呼んでみる。

「ゆきくん。」

少し震えてしまったその声に、ゆきくんはバッと顔を上げた。
困ったような悲しいようなその顔に声が詰まる。
どうしてそんな顔してるの。
私がさせたのかな。
負の感情に飲み込まれて行く。

「雛美、さん。」

小さく名前を呼んで、隣に座るよう促された。
ゆきくんは、少し怖い顔をしていた。

「ごめん。」
「え?」
「さっき、酷いこと言って……雛美さん泣かせちまったし。今朝だって、途中からシカトした。」

あぁ、やっぱりわざとだったんだ。
気のせいじゃなかった。
止まりかけた涙は、またポロポロと流れ始める。
もう、拭うことすら億劫だ。
何も話せない私の頬に、ゆきくんの手がそっと触れた。
少し冷たいその手が心地よくて、頬ずりするように目を閉じる。
すると、唇に何か柔らかいものが触れた。
指よりもずっと柔らかなそれが気になって目を開けると、ゆきくんがいた。
キスしているのだと理解するのに随分時間がかかったと思う。
私の瞬きに気付いたゆきくんが、少し笑って離れた。

「ゆ、ゆき、くん?」
「涙、止まりましたね。」
「あっ……。」

あまりのことに涙は止まった。
だけど状況の理解できない私は首を傾げる。
キス、されたんだよね?ファーストキス……。
急に顔が熱くなった。
私、ゆきくんとキスしちゃった!

「ゆ、ゆ、ゆきく」
「雛美さん。」

焦る私の腰に手を回し、またゆっくりとゆきくんが顔を近づけてきた。
そっと触れては離れ、またそっと触れるだけのキスを何度も繰り返す。
もどかしくてゆきくんの首に手を回すと、腰に添えられていた腕に力が入るのがわかる。
そっと目を開いてゆきくんを見れば、私を見て満足そうに微笑んでいる。
それがなんだが嬉しくて、体を摺り寄せた。
ゆきくんは私の足に触れ、ゆっくりと持ち上げたかと思うと膝の上に座らされる。
またぎゅっと抱きしめて、ぼそりと呟いた。

「やっとできた。」

私の首元に顔をうずめて、ゆきくんはくんくんと匂いを嗅いでいる。
なんだかちょっと恥ずかしくて身じろぎすると、逃げられないほど強く抱きしめられた。

「雛美さん、逃げないでくださいよ。」
「ひぁっ!」

ペロリと首筋を舐められて声が出てしまった。
一体この状況はなんなんだろう。
ゆきくんの機嫌が直っているようでホッとはしたけど、私は一体どうしたらいいんだろう。
遠くてチャイムの音がして、スマホがヴーヴーと音を立てた。
普段サボることなんてない私が教室にいないのを不思議に思ったのだろう。
ディスプレイを見ると”荒北靖友”の文字がある。
ゆきくんもそれを見たのか、小さな舌打ちが聞こえた。
また不機嫌そうな顔に戻っていて、鳴り止まないスマホを眺めている。
いい加減出ようとすると、ゆきくんがスマホを奪って耳元で囁いた。

「一緒にいてくださいよ。」

ふぅっと耳に息を吹きかけられて、背筋がゾクゾクした。
プツっとスマホの音が止まり、電源が落とされた。
意地悪そうに笑うゆきくんは、さっきより何だか楽しそうだ。
優しく私の頭を撫でながら、そっと額にキスされた。
何だか今日は、ゆきくんの雰囲気がころころ変わってつかめない。
私がどこにもいかないことを確認すると、優しく微笑んだ。
そのゆきくんがすごく可愛くて、私もゆきくんの頭を撫でた。

「ゆきくん、今日はいつもと違うね。」
「そう、っすか。」
「うん。朝からどうしたのかなって思ってたんだ。聞いてもいい?」

あと敬語は寂しいよ、と付け加えると小さくゴメンと謝られる。
いつものゆきくんに戻った気がして、私は少し嬉しくなった。
俯いて私の首に顔を埋めると、ゆきくんはぽつりぽつりと話してくれた。

「朝、下駄箱にいたとき。」
「うん?」
「新開さんにはだ、抱き着かれてるし、荒北さんとはじゃれ合ってるし、東堂さんとは……」
「え、見てたの!?」
「全部。」

荒北とじゃれ合った覚えはないが、ゆきくんにはそう映ったらしい。
そしてその一部始終をゆっくりと、でも詳しく話すゆきくんはどんどん声が小さくなる。
そんなゆきくんに、”どうして早くきてくれなかったの”なんて聞けなかった。

「ゆきくん、もしかしてやきも」
「うっさい、言うな。」

言いかけると、言葉をかぶせられてしまった。
おでこを私の肩にくっつけてグリグリしているゆきくんの耳は真っ赤になっている。
愛されていることを目の当たりにして、なんだかとても嬉しくなる。
なんだ、怒らせてるんじゃなかったんだ。
ゆきくんの頭を撫でてあげる。
サラサラで指通りのいい髪がとても気持ちいい。
そうしていると、ゆきくんがふっと顔を上げた。
ちょっと真剣な顔をしているせいで、こちらの気持ちも少し引き締まる。

「わがまま、だけど。」
「うん?」
「あんま他のヤツに触らせんなよ。」
「え?」
「新開さんも、荒北さんも、東堂さんも、福富主将も……葦木場も。」

だんだん小さくなっていった声が、葦木場くんで急に強まる。
三年相手はともかく、葦木場くんには怒ってるんだとすぐに分かった。
そして一つの事に思い当たる。

「もしかして、さ。抱きしめてくれたのも、耳ふーってしたのも、頭撫でてくれたのも全部、みんながやったことだったりして?」
「っ…。雛美さんの初めて全部俺にしたいのに、雛美さんの初めて少ないから。上書きした。」

そう言って照れるゆきくんに”荒北の分は?”と聞けばそんなことできないと返されて。
少し拗ねたように目を逸らすゆきくんはとても可愛くて。
ぎゅっと抱き着いて、お返しに今度は耳元で私が囁いた。

「キスも抱っこしてもらうのも、ゆきくんが初めてだよ。」

そう言った私を、ゆきくんもぎゅっと抱きしめてくれた。
そして小さく囁くのだ。

「その先の初めても全部、俺に下さいね。」







授業終了のチャイムが鳴り、特別棟もざわざわとし始めた。
どうやら次は特別棟でも授業があるらしい。
このままではまずいと、ゆきくんから離れて立ち上がったけど肝心のゆきくんは動かない。

「どうしたの?移動しないと次の授業も出らんないよ?」
「今、立てないんで。サボります。」
「あ、私が乗ってたから足痺れちゃった?ゴメン!ほら、つかまって!」

そう差し出した手に振れることもせず、ゆきくんは小さく首を振ってうなだれた。
それほどまでに足が痺れているんだろうか。
早くしないと本当に間に合わなくなる。

「ゆきくん?大丈夫?」
「……ないんで。」
「え?」
「たってて立てないんで、雛美さんだけ行って。」

そう言って口を手で覆ってしまった。
立てないのにたってる?ゆきくんは一体何の話を…?
そう思ってゆきくんの方を見て納得した。

「あっ……えっと。誰か、呼ぶ?」

呼んでどうするんだろう、と口にしてから気づく。
私は軽くパニックになっているらしい。
おろおろする私に、ゆきくんはくすっと笑った。

「雛美さんいると、治んねぇから行って。」
「ご、ごめんね!あとで部活見に行くから!」

そう言うと、ゆきくんはうん、と頷いてくれる。
やっぱり可愛いなぁ、そう思っているとバタバタと走る足音が二つ近づいてきた。
私とゆきくんは音のする方を見上げた。

「ユキ!……と小鳥遊先輩。」
「やっぱり一緒だったんだねぇ。」

慌てていた泉田くんとは違い、葦木場くんはふにゃふにゃと笑っている。
私はさっきのゆきくんの指示通り、二人に任せてその場をあとにした。
時間を確認しようとスマホを取り出して、電源が入っていないことを思い出した。
慌てて電源をいれると、寿一たちからたくさんの連絡が入っている。
何も言わずに教室を出てきたから、きっと心配をかけていたんだろう。
せめて寿一だけにでも、と返事を打っていると新規メッセージが届いた。
”あんまり他の奴らに触らせんなよ”と、怒った猫のスタンプ付き。
そのスタンプがあまりにもゆきくんに似ていて、思わず口元が緩んだ。





**************************************
▽おまけ▽
頼みごとの必需品

「寿一、お願いがあるんだけど。」
「なんだ?」
「隼人と荒北と東堂に、私にちょっかいかけるなって寿一から言ってくれない?私から言っても聞きゃしないから。」
「む、あいつらも悪気はないと思うが……。」
「アップルパイ、明日焼いてくる。ワンホール丸ごとあげる!だからお願い!」
「わかった、任せろ。」


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