奪われたパン耳



「お前…なんてモン食ってるっショ。」

そう言って引き気味に声をかけてきたのは、同じクラスの裕介くんだった。
声のする方を振り返り、顔だけそちらに向けて依然モソモソと口を動かす私にため息をつかれた。
そしてゆっくりと伸びてきた綺麗な手に、口から出ているものを引っこ抜かれた。

「これ、パンの耳ショ。」

裕介君の手には、プラプラと食パンの耳がぶら下がっている。
椅子に座ったまま手を伸ばしてそれを奪い返そうにも、ひょいっと持ち上げられてしまう。

「返してよ。」
「こんなもん食ってたら栄養バランス悪いショ。ただでさえ小鳥遊は炭水化物ばっかり摂って……」

裕介くんのお説教が始まり、うんざりする。
確かに私のお弁当は8割がお米やパンで炭水化物の摂取量は多い。
だって野菜やお肉って高いわりにお腹にたまらないんだもん。
どうせならとコスパの良い方を選んでしまうのだ。
そして毎日のように裕介くんからお弁当チェックやおやつチェックが入り長々とお説教されてしまう。

「だって美味しいんだもん、ソレ。」

そう言って裕介くんの手にあるパン耳を指さすと、裕介くんは少し考え込んでしまった。
今のうちに、と思い新しいパン耳を取り出した。
今度は奪われないように小さくちぎり、口に放り込む。
何も言われないからバレてないのかな、そう思って裕介くんを見るととんでもない光景が目に入る。

「な、何してっ!」
「……まずくはないショ。けどやっぱりこれだけで食べるもんじゃ……」

そう言ってモゴモゴと口を動かす裕介くんの手にはあったはずのパン耳がない。
齧りかけ、というよりも口の中に入っていたであろう部分すら残っていない。
そしてそれは多分、裕介くんの口の中だ。

「た、食べかけだったんだけど!」
「どうせまだ持ってるっショ。そっち食えばいいショ。」
「そういうことじゃない!」

真っ赤になる私に首をかしげる裕介くん。
あーもう、こんなこと口に出したくないのに……。

「か、間接キスだって言ってるの!欲しいなら新しいのあげるよ!」

パン耳の入っている袋をずいっと差し出すと、また綺麗な指が伸びてくる。
一本取りだしたかと思ったら、そのまま口に突っ込まれた。
私はそれを反射的に齧ってしまった。
それを見て裕介くんは嬉しそうに笑い、残りを自分の口に放り込む。
顔に熱が集まる。いったい裕介くんは何が楽しくて私の食べかけ何て……。

「な、なんで!」
「………………ショ。」
「え?何?」

顔を背けて、髪をいじりながらしゃべる裕介くんの声は小さくて良く聞こえない。
口元を見ればわかるかと思い、近づくと顔が真っ赤になっていた。

「小鳥遊の食いかけじゃなきゃ食うわけないッショ!」
「……え?」

理解が追い付かず、間抜けな声が出る。
きっと顔も間抜けそのものだろう。
そんな私を見て、裕介くんはため息をついた。
あぁ、またお説教タイムかな。そう思っていると、ぐっと距離を詰められた。
視界には裕介くん以外映らない。

「俺はっ……小鳥遊が好きなんだよ。」

小さな声でそう囁いて、椅子に座りなおした。
え?聞き間違い?
だって私はお世辞にもスタイルがいいとは言えない。
裕介くんの好みって……

「グラビアが好きなんじゃ……?」
「まぁ、趣味っショ。」
「私足もお腹もプニプニしてるよ?」
「知ってるっショ。」
「いや、まって。グラビア好きなのになんで私……?」

裕介くんの机には読みかけのグラビア雑誌が置いてある。
こういう人が好みなんだろうと思っていたから、この状況がよくわからない。
真相を聞こうと裕介くんの顔を覗き込むと、さっきより赤くなっていた。
耳まで真っ赤にしながら、口を手の甲で押さえている。
そうして出た小さな声は、きっと私にしか聞こえないだろう。

「笑った顔が、小鳥遊に似てるっショ。」

トントン、と指で指したのは表紙のグラドル。
100歩譲っても似てるとは思えないけど、裕介くんにはそう見えるらしい。
途端に私にも熱がうつる。
あれですか、好きな人補正ってやつですか。
それにしても補正掛け過ぎじゃないですか。
裕介くんと雑誌を交互に見ていると、目が合った。
髪を無造作に触りながら、見上げられる。

「返事くらいしろッショ。」

赤い顔、潤んだ瞳、困ったような細い眉、玉虫色のきれいな髪。
いつものお説教とは違い、少し困惑したような声色。
全てがキラキラして見えるのは、私にも補正が入っているからかもしれない。

「私も好きだよ、裕介くん。」

そう答えた時のあなたの顔は、私だけの物。


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