鉄仮面と百面相



初めて会った日からそうだった。
ころころとよく変わる表情に、俺は引き寄せられた。
委員会が二年連続で同じだったこともあり、関わることが多かった。
話す度に違う顔をする。
いつも新しい顔をする。
それが、小鳥遊雛美という後輩だった。




「福富先輩、これ前に仰ってた委員会の資料です。」

そう言って俺を見上げる小鳥遊は、少し緊張した顔をしている。
ここは三年の教室だ、二年の小鳥遊には居心地が悪いのだろう。
それでも放課後までで良かった資料を早々に仕上げて持ってくる、仕事はきっちりこなす。
良い後輩だ。

「あぁ、すまない。」
「いえ、では私はこれで。」

そう言って小鳥遊は笑った。
いつもの笑顔でないことがもどかしい。
お前はもっとキラキラと笑えるのに。

「小鳥遊。」
「はい?」
「仕事が早くて助かる。」
「いえ!お役にたてるんでしたらガンガンこき使ってくださいね。」

そう言って表情が少し柔らかくなる。
今年の委員会では小鳥遊とペアと組んで仕事が出来るおかげか、部活に支障きたすことなく役割が終わる。
小鳥遊が気を使ってくれているのは知っていた。
俺の分の雑務をこなしてくれているのも知っていた。
気が付けば仕事が終わっているのだ。

「いつもすまない。」
「福富先輩は部活がおありですから、雑用は押し付けてください!頑張ってくださいね。」

そう言って笑う小鳥遊は、いつもの笑顔だった。
それに一度だけ頷くと、小鳥遊は帰っていった。
名残り惜しい反面、これ以上他のヤツにあの顔を見られないことに安心するこの気持ちは一体―――。



委員会へ行くと、小鳥遊がすでに席についていた。
俺に気づくと、立ち上がって手を振った。

「福富先輩、こっちです。」

先ほどとは違う、子犬のような顔をする。
笑顔だけでどれほどの種類があるのかといつも驚かされる。
呼ばれるままに椅子に座り、鞄から資料を取り出すと不安そうな顔をしていた。
目が合うと、気まずそうに逸らされる。

「どうした。」
「あ、いえ…。」

困ったように笑って首を振った。
俺はいつもそうだ、気遣うというのが苦手だ。
小鳥遊はうつむいてしまった。

「小鳥遊。」
「はい?」
「俺はあまり聡い方ではない。言いたいことがあるならはっきりと言え。」

びくり、と少し肩が震えた。
怯えさせてしまったらしく、小鳥遊は困ったような顔をしながら俺の様子を伺っている。
違う、そうじゃない。
いつも言いたいことはうまく伝わらない。

「あの、福富先輩。」
「なんだ。」
「すみません、さっき鞄の中が見えてしまって……。」
「別に見られて困るものはない。気にするな。」
「いえ、あの、その……。」

小鳥遊は唇をかみしめて、眉をハの字に下げている。
この顔は見たことがない。
どういうときの顔なのかがわからない。
心なしか声も震えていた。

「鞄の中に入ってたお菓子って、頂きもの、ですか?」

お菓子、と言われても何の事だかわからずに鞄を開けた。
そこには新開からもらったリンゴマフィンが鎮座している。
”安売りでまとめ買いしたから寿一にも”とわざわざリボンまでつけてくれたものだ。
それを手に取って小鳥遊に見せた。

「これのことか。」
「は、はい。」
「あぁ、新開からもらったものだ。」
「し、新開先輩ですか?」
「そうだ。」

そう答えると、小鳥遊はふにゃっと笑った。
緩みきったその表情に、俺も自然と顔が綻んだ気がした。
その瞬間、小鳥遊は驚いたような顔に変わった。

「ふ、福富先輩の笑った顔、初めて見たかもしれないです。」

そう言ってまたにこにことした顔に変わる。
本当によく表情の変わるやつだ。
委員会中も小鳥遊は、終始機嫌がよさそうだった。



翌日学校へ行くと、教室の前に小鳥遊がいた。
きょろきょろと教室を覗いている。
誰か探しているのかと思い、声をかけた。

「どうした。」
「あ、おはようございます!」
「おはよう。」
「少しお時間いいですか?」
「構わない。」

小鳥遊に促されるまま人気の少ない特別棟へと移動した
2人きりだというのに、いつもの笑顔がない。
表情が硬く、動きも硬く見える。
小鳥遊は俺に向き直ると、まっすぐと俺を見た。

「福富先輩。」
「なんだ。」
「ロードと、学校の次で構いません。私をそばに置いてください。」
「どういうことだ。」
「……好きです。付き合ってください。」

顔は真っ赤になっているが、一度も目を逸らさない。
真っ直ぐに俺だけを見つめているその目が何より真剣だった。

「俺は不器用だ。」
「知っています。」
「何よりもロードを優先する。」
「構いません。」
「本当にいいのか。」
「福富先輩じゃないとダメなんです。」

逸らされない、ぶれない。
真っ直ぐな目が、真っ直ぐな想いを伝える。
俺の気持ちも、伝わるだろうか。

「小鳥遊。」
「はい。」
「俺のそばにいてくれ。」
「…はい!」

小鳥遊は太陽のようにキラキラとした笑顔を俺に向けた。
この笑顔だ。
俺の大好きな小鳥遊が、そこにはいた。


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