ふくちゃん



中学の時から、ずっと見ていた。
真面目でまっすぐで、ロード一筋の彼が私の憧れだった。
憧れとは眩しいもので、私は彼と話すことなんてほとんどなかった。
だから代わりに、ペットのオカメインコに彼の名前を1文字もらって"ふくちゃん"と名付けた。
私は毎日、ふくちゃんに彼の話をし続けた。
そして時は過ぎ、私たちは高校生になった。

寮で生活がしたいからと親に無理を言って、私は箱根学園に入学した。
もちろんそれは建前で、福富くんを追いかけてきただけだった。
高校に入っても接点はあまりなく、そのまま一年が経過してしまった。
2年に上がると、同じクラスになることができたけど、その頃には福富くんは自転車部でレギュラーになれるほどで、また輝きが増していた。
私はあまり話しかけることもできなかったけど、見ていられるだけで幸せだった。

そしてある時、家族が仕事で一週間家をあけることになってしまった。
"ふくちゃん"の預け先が見つからないと言う。
私は寮母さんにお願いして、カゴから出さないことを条件にふくちゃんを部屋に招き入れた。

「ふくちゃん、出してあげられなくてごめんね。一週間の辛抱だからね。」

そう言いながら指をカゴにいれると、撫でてもらいにくるふくちゃんがとても可愛い。
私はふくちゃんに、福富くんの話をたくさん聞いてもらった。

ふくちゃんが部屋に来て5日目のことだ。
出られないストレスで羽をむしった福ちゃんのカゴを掃除しようと少し開けた瞬間、ふくちゃんは飛び立ってしまった。
運悪く入ってきたルームメイトの頭上を抜け、廊下を飛び、ふくちゃんは外に出てしまった。
追いかけて外に出たけど、ふくちゃんはどこにも見当たらなかった。
私は寮母さんに事情を話して、ふくちゃんを、探しに走り出した。




「福チャン、明日のデザートアップルパイだってェ。」
「なに、それは本当か。」

明日の夕飯の献立を伝えると、いつもより福ちゃんは嬉しそうな顔をした。

「福チャンりんご好きだもんね、良かったネ。」
「あぁ、楽しみだ。」
「福チャンが欲しいなら俺のもあげるよォ。」
「いや、それでは荒北が…」
「俺はいんだよ、福チャンが食べたいならあげるってェ。」

さっきより嬉しそうだ。
鉄仮面は相変わらずだけど、纏う匂いが変わる。
そんな話をしていると、嗅いだことのない匂いが頭上から降ってきた。
ふと横を見ると、福チャンの頭に黄色いツノが生えていた。
……と思ってよく見ると鳥だった。

「福チャン、何だそれェ!」
「む、頭に何か落ちてきたな。」

福チャンが取りに触ろうとした瞬間、その鳥はしゃべりやがった。

「フクトミクン カッコイイ。フクトミクン マタ イチイダッタヨ。」
「なんだこの鳥ィ?」
「俺のことを知っているのか?」
「フクトミクン!フクトミクン!スキ!ダイスキ!」
「福チャン、鳥に求愛されてんよ……。」
「む、残念だが鳥類とは……。」

こんな狼狽える福チャン見たことねェ。
降ろそうにも手を伸ばすと空へ逃げ、また戻ってきやがる。
なんだこのクソめんどくせェ鳥は。

「フクトミクン!イマナニシテルノカナ!」
「何もしていないが」
「福チャン、真面目に答えることねェって!」
「いや、しかし……。」
「フクトミクン ダイスキ!フクチャンモダイスキ!フクチャンイイコ!」
「ほらァ、言ってること意味わかんねぇし。」
「迷子か何かだろうか。」
「そうなんじゃナァイ?」

インコは言葉覚えるっつーけど、どんだけ福チャン好き好き言ってんだよ。
飼い主どこのどいつだよ。
そう思っていると、遠くから誰かの声がした。

「ふくちゃーん!どこ行ったのー。お家帰ろうー。ふくちゃーん!」

その声はどんどん近づいてきた。
それにつれて、鳥もバタバタと騒ぎ始めた。

「福チャン、俺以外に福チャンって呼んでるやつ居たっけェ?」
「荒北だけだと思っていたが。」
「だよねェ。」

2人で声のする方をじっと見つめていると、どうやら向こうも俺たちに気付いたらしい。
そいつは、福チャンを呼ぶのをやめて駆け寄ってきた。





ふくちゃんはなかなか見つからない。
元々飛ぶのはあまり上手ではないから、そんなに遠くまでは行けないと思う。
でももし、猫とかに襲われでもしたら……。
私は大声で呼び続けた。

「ふくちゃーん!どこ行ったのー。お家帰ろうー。ふくちゃーん!」

あちこち探し回って部活棟まできたあたりで、黄色いものが目に入った。
ふくちゃんかも、と思って駆け寄ると、ふくちゃんはあろうことか福富くんの頭に乗っていた。

「ふ、福富くん!ごめんなさい!」
「む、小鳥遊か。どうした。」
「てめぇ、福チャンとか呼ぶような仲なわけェ?」

荒北くんは何か勘違いしているようで、私を睨んでくる。
なんとか誤解を解こうと思ったけど、今はそれどころじゃない。

「その子、私のなの。頭を少し下げてもらってもいいかな?」
「あぁ。」

福富くんはゆっくりと頭を下げてくれた。
そっと手で包み込むと、ふくちゃんは大人しく収まってくれた。

「ありがとう。じゃ、私はこれで……。」

そう言って立ち去ろうとすると、荒北くんに捕まった。

「ちょっと待てよ。」
「は、はい?」
「お前福チャンの何なのォ?」
「ク、クラスメイトです。」
「何で福チャンとか呼んでるわけェ?」

荒北くんは誤解している。
なんだか怒っているようでとても怖かった。
でも福富くんも誤解しているかもしれない。

「ふくちゃんは、このインコのことだよ。福富くんのことじゃないから……。」
「ハァ?ンだよそれェ。」
「フクトミクン!フクトミクン!ダイスキ!」
「あ、こらふくちゃん!」

なんてタイミングでおしゃべりしてくれるの、この子は…。
荒北くんと福富くんの視線が突き刺さる。
痛い、痛すぎる。今すぐ逃げたい。

「おい、おま」
「小鳥遊。」
「は、はい!」

荒北くんの言葉を遮って、福富くんが口を開いた。
あの低くてぶっきら棒だけど優しくて大好きなこの声で、こんなに怯える日がくるとは。

「その鳥は言葉を話すのか。」
「あ、えっと。インコは人の言葉を理解してるんじゃなくて、真似してるだけで。意味は理解してないと思う。」
「鳥が話していることは小鳥遊が普段話していることと言うことか。」
「そ、そういうことになりますかね……。」

まさかこんな形で告白することになろうとは、夢にも思わなかった。
福富くんの顔が見れない。
それでも容赦無く言葉は降り注いだ。

「それは小鳥遊から俺への好意と受け取っていいのか。」
「ちょ、福チャンストレート過ぎィ。」
「う、うん。」
「そうか。」

暫く沈黙が流れる。
断るならきっぱり断って欲しい。
荒北くんが何か言いたそうにこちらを見ているが、言葉にはなっていない。
これはもう、帰っていいんだろうか。
もう帰ろう、涙が目から溢れる前に。
そう思って顔を上げると、福富くんと目が合った。

「善処しよう。」
「へっ?」
「小鳥遊からの気持ちに善処する、と言ったんだ。」
「えっと、あの、それは」
「こいつと付き合うってことかァ?」
「そうだ。」

予想外すぎる答えに頭が真っ白になる。
気がつけば頬を涙が伝って行った。

「嫌なのか。」
「ち、ちがうよ!でも、なんで……?」
「中学の時からだ、お前はいつも俺が出るレースに来ていた。」
「知って、たの?」
「最初に気付いたのは新開だ。それからはレースのたびに小鳥遊を探していた。」

真っ直ぐに私を見つめる目。
私は知っている、福富くんは嘘をつかない。
夢じゃ、ないんだ。

「何か問題があるのか。」
「ううん!これから、よろしくね。」
「これからも、だ。」

そう言って福富くんは少しだけ笑った。
ほとんど見たことがないその顔は、荒北くんと私と福富くんだけの秘密。






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