花の名前を君の笑顔をともに。





昔、学校の教科書に”花の様に笑う”なんて例文があって、バカらしいと思っていた。
人間が花のようって何だよ。
意味わかんねェ。
ずっと、そう思っていた。
あいつに出会うまでは。




眼下に散る桜を眺めながら、真新しい制服を纏った新入生に目を向ける。
去年までは自分もあんな風だったのだろうか。
楽しそうに笑いあう姿が初々しく、入学当初の自分とは違う姿に少し羨ましく思う。
ぼんやりと眺めていると、下を歩いていた新開と目が合った。
こちらを見てへらりと笑う顔は癇に障る。
それでも無視するほど無下に出来ないのは、チームメイトだからか福チャンの旧友だからか。
ひらひらと適当に手を振ってやると、全力で返してくる新開が鬱陶しい。

「靖友!!」

デカい図体でぶんぶんと手を振らなくても、もう十分に視界に入っているというのにアイツは…。
呆れていると、新開が振り回した手がふと後ろにいた奴に当たった。
新開と一緒のせいかえらく小さく見えたそいつは、恐らく新入生なんだろう。
ペコペコと頭を下げる姿が玩具みてェだな。
そいつが新開に促されて、スッと顔を上げて笑った瞬間に顔に熱が集まった。
小さく会釈して視線を逸らしたはずのそいつから、俺は目を離すことが出来なかった。
なんっだよ、今の。
目の前に散る、淡い色の花びらが彼女を彷彿とさせる。
桜の花の様に柔らかに笑うその姿が、あまりにも儚くて。
そいつが見えなくなるまで、俺は見続けることしか出来なかった。




あの日、新開はあいつとぶつかっただけだと言っていた。
名前もクラスもわらかねェそいつを探すのは容易じゃない。
ただでさえ顔が怖ぇとか言われてんのに、用もねェ1年生のクラスを覗くなんてカッコ悪くて出来ねぇ。
悶々としながらも、”塔一郎に会いに行く”という新開を捕まえては、1年生のフロアへ足を運んだ。
そんな時だ、泉田と新開が話すその向こうにあいつを見つけたのは。
親し気に話す相手も、見たことがある。
俺は新開の話を遮って泉田に問いただす。

「おい、あいつ誰だ。」
「え?…あ、ユキですか?」
「靖友、黒田は自転車部だろ?」
「ちっげェよ!黒田としゃべってるやついんだろォ!?」
「あぁ、小鳥遊さんですね。お知合いですか?」
「別に…そんなんじゃねェけどォ。」

首を傾げる泉田に、案外新開の方が察しがいいらしい。
ただ余計なお世話であるのは言うまでもない。

「塔一郎、彼女はその…黒田の彼女なのか?」
「あ、違いますよ。多分クラス親睦会の話だと思います。あの二人は実行委員なので。」

その問いにホッとしつつも、面倒な奴にバレてしまった。
恐らく今までこうして付いて来ていた理由も全て理解したんだろう。
ニヤニヤと笑う新開はやけに機嫌が良さそうだ。
ばつが悪くなり視線を逸らすと、その先には彼女がいた。
以前と違い楽しそうに笑う姿は白いちっせぇ花を散りばめたみたいだ。
こちらに気づくこともなく、嬉しそうに笑う姿に少し胸が苦しくなる。
近づいた気がしたのに、遠くなっていくようで。
俺は居た堪れなくなり、その場を後にした。





それからは、時折彼女を見かけるようになった。
正確には、見つけられるようになった。
近くで見ることが出来た分、どれくらいの背格好か髪型なんかを覚えたからだ。
よく笑う彼女は、いつも花の様に笑っている。
その顔を見ると、名前も知らない花が頭に浮かぶ。
人の笑顔にはこんなにも種類があるのかと思うほど、彼女の笑顔はいつも新鮮だった。
そんな時、購買に向かう途中の自販機で彼女を見かけた。
人気のない自販機の前でうろちょろとする姿は小動物のようで愛らしい。
しかし一向にジュースを買う様子がないのが気になり、俺はそっと近づいた。

「…何してんのォ?」

出来るだけ怖がらせないように。
そっと声をかけたはずが、彼女はびくりと体を震わせた。

「えっあ、えっと…先、どうぞ。」

そう言って困ったように笑う姿に、困惑する。
買いたい訳じゃねェんだけど…。
何ていうべきか考えあぐねていると、彼女の手元に千円札が握られているのが見えて、理由を察した。
この自販機は、札が入らないのだ。

「手、出して。」
「え?」
「手ェ。何もしねェから。」

恐る恐る出された手に、そっと500円玉を置いた。
驚いたようにパッと顔を上げた彼女の頬は心なしか少し赤みをはらんでいて、胸がキュッと締め付けられる。
ついニヤけてしまいそうな口元を、そっと手で隠した。

「あ、あのこれっ」
「やる。」
「いや、そんな訳には…先輩、ですよね?私1年で小鳥遊雛美って言います。
 明日お返ししたいので、クラスとお名前教えて貰えますか?」

必死に訴えかけるその目に、断れるはずもなく。
500円なんて、話すきっかけを作るためなら返すなんて程のモンでもねェけど。
それでも彼女からかけられたその言葉に浮かれてないと言えば嘘になる。
また会える。
笑いかけてくれる。
それがなんつーか、むず痒くてたまんねェけど。
いつか笑いあえる日がくるだろうか。
いつか、お前の笑った顔は花みてェだなんて言ったら笑ってくれるだろうか。
今はまだ、互いの名前しか知らないけれど。
まずは、教えてくれないか。
今日は何を飲みたかったのか。
君の好きを、一つずつ拾い集める様に。



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荒北さんの言う「白くて小さい花」はかすみ草をイメージしています。
多分、桜とかバラとか分かりやすい花以外は名前を知らないかもなぁと思ってあえて名前を出しませんでした。
荒北さんが、よく笑う女の子に恋するお話でした。


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