後輩



初めて黒田くんに会ったのは、1ヶ月ほど前だ。
委員会の伝言で泉田くんを尋ねたところ不在だったため、居合わせた黒田くんにお願いした。
黒田くんのことは元々泉田くんから聞いていてすぐに分かった。
黒田くんも泉田くんから聞いているのか、私が名乗ると「あぁ、アンタが。」と納得したようだった。
学年も部活も違う私たちの出会いは偶然で、それで終わるはずの縁だった。
それがどうしてだろう。
あれからというもの、毎日のように黒田くんに出会う。
下駄箱、移動教室、お昼休みに放課後。
いつも気まぐれに移動する私の生活に規則性なんて殆どないのに、なぜか見つかってしまう。
ただそれが嫌悪にならないのは、彼が私を先輩と呼んでくれるからかもしれない。
帰宅部の私には後輩なんていない。
だからこそ"先輩"と呼んでくれる彼は貴重な存在だった。
そして今日も、黒田くんは私の元へやってきた。

「小鳥遊先輩、こんなとこにいたんすか。」
「よく分かったね〜、誰も来ないと思ってたのに。」

お昼休み、学校の裏側にある小さな池のほとり。
校舎から遠いこともあって、誰も寄り付かない場所だった。

「そりゃ……探しましたから。」
「うん?何か用事?」
「別にっ、何もないっすけど。今日は放課後会えそうにないんで。」
「あー、何だっけ。大会に出るメンバー決めるレースだっけ?」

そう言えば今朝から、荒北くんや福富くんがそんな話をしていたような。
自転車部は練習もきつそうだし大変だなぁとしか思ってなかったけど。
そんな私の隣へ腰を下ろすと、黒田くんは私の顔を覗き込んできた。

「詳しいっすね。塔一郎ですか?」
「んーん、福富くんとかが話してたの聞いただけ。」
「そっすか……。俺、クライマーのレースに出るんすよ。それで勝ったらインターハイに行けます。俺絶対勝つんで、俺が勝ったら……」

黒田くんはそこまで言うと、視線をそらしてしまった。
待てど暮らせどそれ以降口を開かない黒田くんに、痺れを切らした私は彼の顔を覗き込んだ。

「勝ったら、何?」
「っや、えっと……勝ったら、俺の話聞いてもらえませんか。」
「いや、別に勝たなくても聞くけど。どうかした?」
「今はまだ言えないんで。明日、また会えますか。」

その日私は、初めて黒田くんと約束をした。
明日のお昼休みこの場所で。
黒田くんはそれだけ言い残すと行ってしまった。
今は言えない、かぁ。
まるで少女漫画のような展開に、私は苦笑した。

「あんなモテそうな子が、まさかね。」

口に出してから気付いた。
黒田くんはカッコイイし、多少口は悪いけど優しい人だ。
そんな人が、どうして私に?
疑問とともに湧き上がる想いは、私の顔を染めて行く。
黒田くんはいつの間にこんなに私の中に入り込んでいたんだろう。
どうか、黒田くんがインターハイへ行けますように。
私はただ願うことしか出来なかった。



翌日のお昼休み、私は同じ場所で待っていた。
パンを買ってきたのに、口にする気にならない。
不安と期待が入り混じり、落ち着いて座っていることもできない。
しばらくそうして待っていると、がさりと音がして黒田くんがやってきた。
その表情は暗く、私と目が合うと困ったように笑った。

「待たせてすみません。」
「ううん、それば全然いいんだけど……。」

空気が重たくて、会話が続かない。
私から結果を聞いていいんだろうか。
沈黙の中悶々とする私に、黒田くんはまたあの哀しげな顔で笑った。

「俺、負けたんすよ。」
「えっ?」
「昨日のレース、負けました。一年のクライマーにすごいやつがいて。」
「そ、そっか……残念だったね……。」

落ち込む彼に、なんて声をかけたらいいんだろう。
気の利いた言葉なんて浮かばない、だけど私はどうしても伝えたいことがある。

「またさ、来年があるよ。大丈夫、黒田くんならきっと行けるよ。インターハイ。」
「来年じゃ、ダメなんすよ。」
「どうして?」
「来年じゃアンタが……小鳥遊先輩がいないじゃないですか。」

少し怒ったようにそう言って、黒田くんは私を睨みつけた。
そのあとはっとしたように顔を伏せてしまう。
そして小さな声で囁くように零した。

「見て欲しかったんすよ、小鳥遊先輩に。俺、アンタが好きなんで。」

顔を上げた黒田くんはまた哀しげな顔をしている。
私の予想は当たっていた。
だけどこんな顔をさせるために、今ここにいるんじゃない。
私は黒田くんをぎゅっと抱きしめた。

「私も、黒田くん好きだよ。来年のインターハイ、観に行くよ。箱根じゃなくたって、黒田くんが出るなら行くよ。だからもう、そんな顔しないでよ。」
「はっ?……え?」
「黒田くんが、好きだよ。」

驚いた黒田くんは私を引き剥がすと、まじまじと私を見つめた。
にこりと笑って見せると、その切れ長な目から涙がこぼれた。

「何、言ってんすか。ほんとに、アンタは……」
「だめ?」
「ダメじゃないですけど……。」
「じゃぁいいでしょ。来年も再来年も、黒田くんが出るなら観に行く。だから私と付き合ってよ。」
「ちょ!それ俺のセリフっ。」

慌てる黒田くんを、私はもう一度そっと抱きしめた。
控えめに伸びてくる腕が体に触れて、なんだかくすぐったい。

「ね、黒田くん。」
「なんすか。」
「好きだよ。」

そう囁けば、真っ赤な顔をして彼は言う。

「俺もですよ。」

照れ屋な彼の素直な一言は、私にスッと染み込んで行く。
悔しさをバネに出来る黒田くんなら、きっと来年は。
その時は誰より近くで応援してるから。
これからも、ずっと。



story.top
Top




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -