お願い




幼馴染の隼人から連絡がきたのは、高2の夏の終わりだった。
寮生になった隼人と話すのは二年半ぶりで、懐かしい反面、何の用だと不審に思った。
電話の向こうからは相変わらず飄々とした声が聞こえてくる。

「久しぶりだな、元気にしてるか?」
「うん、元気は元気だけど……。」
「なんだよ、ノリが悪いな。」

ケラケラと笑う声は楽しげで、温度差を感じる。
高校でもいい成績を出してると聞くし、あっちは順調なんだろう。

「あのさ、来週空いてないか?」
「来週ったって、いつよ。」
「土曜かな、こっちでちょっとした祭りがあるんだ。」

隼人はその祭りに誘ってくれたけど、わざわざ行くほど大きな祭りでもない。
日帰りは難しそうだし面倒臭いし、断ろうとした。
でも隼人はしつこく食い下がってきた。

「頼むよ、一時間でもいいからさ。」
「むしろ一時間のためだけに行くのがヤダよ、めんどくさい。」
「なんでもおごるぜ?」
「隼人ほど食い意地はってないっての。」

何度断っても引き下がらない隼人に、私は根負けした。
隼人が宿を取るという条件で、私はその祭りに行くことにした。



お祭り当日、隼人が友達を連れてくるというので一応浴衣を着てみたり、髪に簪を刺してみたりとそれっぽい格好をした。
私を迎えに来た隼人は前より少し幼さが抜けて大人っぽくなっていた。

「待たせたな。」
「いいよ、そんなに待ってない。」

ヘラヘラと笑う姿は昔のままで、なんだかホッとする。
隼人の後ろにちらりと見えた人影と目が合うと、ドキリとさせられた。
細くつり上がった眉と目は、私を睨んでいるように見える。
友達というからてっきり福富くんかと思っていたのに、どうやら違ったようだ。

「雛美、紹介するな。こっちは同じチャリ部の靖友。靖友、雛美だよ。」
「あ、初めまして。雛美です、よろしくね。」
「よろしく。」

なんだか不機嫌そうな顔をして、靖友くんは顔を背けてしまった。
もしかして私、場違いなのかな?
そんね若干の居心地の悪さを感じながらも、私たちはお祭りへと向かった。




お祭りは小規模で、こじんまりとした印象を受けた。
だから尚更、自分が呼ばれた意味がわからない。
それでも祭りの雰囲気というのは心をはやらせるもので、私はワクワクした。

「ねぇ隼人。何食べる?私、綿あめと広島焼きと……あ、金魚すくいとヨーヨーもやりたい。あとじゃがバターとイカ焼き。」
「おいおい、そんなに一気に食えないだろ。」

ケラケラと笑う隼人につられるように、靖友くんもくすりと笑った。
何だ、笑うと結構可愛い顔するんじゃん。
屋台はあちこち行列だらけで、私たちはそれぞれ分かれて並ぶことにした。
ただ私は土地勘が無いのと、隼人があちこち見て回りたいというので私と靖友くんペアと隼人の単独に別れた。
隼人が行ってしまってから、私は話題がなくて困っていた。
一緒にいた時はなんとなく話を合わせることが出来たけど、共通の話題なんて見つからない。
かといって隼人の友達に悪印象を持たれるのは本意ではない。
金魚すくいやヨーヨーといったアトラクション的なものをする時はまだいいけど、食べ物の列に並ぶ時は会話が途切れてしまう。
どうしたものかと頭を悩ませていると、靖友くんから話しかけてくれた。

「さっきさァ、色々食いたいモン言ってたけど、全部食えんの?」
「え?あー……多分無理かなぁ。綿あめは持ち帰るにしても、せいぜい食べれて二種類くらい?でも残ったら隼人に押し付けるから大丈夫!」

そう言った私に、靖友くんは俯いたかと思うと頭を下げた。
いきなりのことに戸惑う私に、靖友くんは申し訳なさそうな声でこう言った。

「悪ィ、新開とは合流する予定ねェんだ。」
「うん?」

言われたことの意味がわからず首を傾げた私のに、靖友くんの表情は曇っていく。
一体どうしたんだろう。
もしかして、隼人に何か……?

「その……新開は、福チャンたちと合流するからァ。」
「あぁ、やっぱり福富くんたちも来てるんだ。会うの久しぶりだなー。」
「いや、そーじゃなくてェ。」

靖友くんは頭をガリガリと掻いて小さなため息をつくと、私に向き直った。
そして私が呼ばれた理由を話してくれた。
隼人の部屋にあったアルバムを勝手に見たこと、そこに私が写っていたこと。
そしてその私に会うために、靖友くんが頭を下げたこと。
隼人ががどうしてもと食い下がった理由も、呼ばれたのが小さなお祭りだったのも、全てこの口実のためだったらしい。
理由を聞いてぽかんと口を開ける私に、靖友くんは苦笑した。

「やっぱ、ダセェよな。」
「いや、そういう訳じゃ……ただ、なんかそう言うの初めてで。ごめ、ちょっと混乱してる。」

靖友くんの目が、哀しげなものに変わった。
胸が締め付けられるように痛んで、息が苦しい。
靖友くんのこんな顔、見たくないよ。

「悪ィ。忘れてくれ。」
「え?」
「今日会えただけで、充分だ。」

その言葉に、違和感を感じた。
私の中にあった小さな思いが、湧き出るように強くなる。

「……じゃないよ。」
「悪ィ、なんつ」
「私は、充分じゃないよ。靖友くんにまた会いたいし、もっと話がしたいし……靖友くんのこと、もっと知りたい。」

何が私を突き動かしたのかはわからない。
ただ靖友くんの笑った顔が頭に焼き付いてしまったんだ。
楽しげで、優しくて、それでいて無邪気なその笑顔に私はいつの間にか引き込まれてしまったのだ。
靖友くんは呆気にとられたようにポカンとした後に、ハッと笑い出した。
その笑顔は嬉しそうで、私の胸をちりちりと焦がすようだ。
ハメられた、そう思ったはずなのに。
今は隼人に感謝すらしてる。
この出会いをどうか、輝けるものに出来ますように。


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