夏の香り




一年の夏、隣のクラスから鼻をくすぐるようないい匂いが漂ってきた。
花や石鹸とは違うその香りは、制汗剤のような作り物の匂いとも違う。
ただその時の俺は周りのやつなんてどうでも良くて、その匂いの出処を確かめる気にはならなかった。
そうして二年になった夏、またあの匂いが俺の鼻をくすぐった。
匂いをたどって視線を動かすと、窓際に座った小鳥遊と目が合った。
小鳥遊は俺を見て首を傾げた。
女子に匂いの話がタブーなことくらいわかってる。
そんなのは妹で嫌という程経験してきた。
だから俺は首を横に振って視線をそらした。
けどそれからと言うもの、小鳥遊からは毎日あの匂いが漂ってきた。
朝は強く、昼頃薄れたかと思えば午後にはまた強くなる。
そのサイクルから恐らく香水の類だと思い、思い切って声をかけた。

「なァ。」
「うん?」
「何か……匂いしねェ?」
「は?」

言葉を間違えたことはわかった。
けど何て聞けばいいのかわからない。

「いや、その……いい匂いすんだけどォ。」
「いい匂い?……あぁ、これかな?」

そう言って小鳥遊は小さなスプレーを取り出した。
やっぱり香水か、そう思っていると小鳥遊は徐にそれを俺に吹き付けた。

「うわっ、何すんだテメー!」
「いい匂いって言うから。」
「だからって香水なんてつけんじゃねェよ!」
「は?これ香水じゃないけど。」
「ハァ?」

話を聞けば、それは虫除けなのだと言う。
肌が弱くて虫刺されがかなり腫れる上、普通の虫除けは合わないのだと言う。
だからって手作りするかよ、普通。

「荒北もさー、肌弱いでしょ。」
「まぁ……気にしてねェけど。」
「時々、蚊に刺されて傷にしてるもんねー。」
「ハ、ハァ?してねェし!」
「してるよ、ほら。こことか。」

そう言って小鳥遊は俺の腕を引き寄せると、反対の手で首筋をなぞった。
確かにそこは昨晩から痒くて何度も引っ掻いて傷になってしまっていた。

「っせ!触んな、くすぐってェだろ。」
「これねー、虫刺されに効くから。あげるよ。」

そう言って取り出したのは小さな容器に入ったクリームだった。
聞けば、それも手作りだと言う。
にこにこと嬉しそうに作り方を話す姿は、クラスで見るクールなイメージとは少し違っていてドキリとさせられる。

「前から思ってたんだよね。ちょいちょい掻き傷作ってたから気になってて。沁みないからさ、騙されたと思って使って見てよ。」

"ね?"なんて言って首を傾げる姿は俺を狂わせるのに充分だった。
普段なら言わないような言葉が口から滑り出て行く。

「じゃぁ小鳥遊が塗ってくれよ。」
「へ?」
「沁みねェんだろ?」

小鳥遊はポカンとしたかと思えば、クスクス笑って俺の手からクリームを受け取った。
そしてまた俺の腕を引いて屈ませると、細い指で丁寧にクリームを塗った。
それがやけにくすぐったくて身をよじると、すかさず腕を掴まれてしまう。

「沁みないでしょ?逃げないの。」
「くすぐってェんだよ。」
「我慢、我慢。」

塗り終えた小鳥遊は満足そうに笑いながら手を離した。

「どうよ。」
「どうって……すぐにはわかんねぇだろ。」
「沁みないでしょ?」
「アー……まぁ……。」

首元からいい匂いが漂ってきて、少し気恥ずかしい。
小鳥遊と同じ匂いが自分からしているのが不思議な気分だ。

「本当に効くからさ、あげるよ。虫除けもあげる。だからさ」

"肌綺麗なんだから掻き傷作っちゃダメだよ"なんて言って笑う小鳥遊に、俺の顔は熱くなった。
女じゃねェんだから別にいいだろ。
ほっとけよ。
そう思いつつも、口にすることは出来ない。

「あ……あんがとねェ。」
「いえいえ。なくなったらまた言ってね。」

嬉しそうに笑う小鳥遊の笑顔が眩しくて。
またその笑顔を向けて欲しくて。
同じ香りになれるなら。
これを使うも悪くないなんて思わされる、暑い夏の日。


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