可愛いのは誰だ



私の日課は、自転車部を覗くこと。
部活を頑張って汗を流す男の子は何よりかっこいいと思うし、自転車部には知り合いも多かった。
今日もいつも通り練習を見に行くと、隼人に抱きつかれた。

「雛美!今日も俺を見に来たのか?」

隼人はいつもこの調子だ。
いつものことすぎて、ドキドキすらしない。

「隼人だけじゃないけどね。でも今日は少し見たら帰るよ、駅前のクレープ屋の限定が今日までだから。」
「俺の分は?」
「残念でしたー。」

そう言って振りほどくと、今度は後ろから頭をはたかれた。
振り返ると不機嫌そうな荒北がいる。

「てめぇ邪魔なとこつったってんじゃねぇよ、バァカ。」
「バカは荒北でしょ!小テスト36点だったの知ってるよー。」
「ッセ!帰れ!」

顔を真っ赤にしながら今度はデコピンされる。
でも痛くはない、そしてこれもいつも通りだ。

「荒北、小鳥遊に手を上げるなと何度言ったらわかる。」
「福チャン!だってこいつがっ。」
「先に手を出したのはお前だろう。」
「今のは俺も靖友が悪いと思うぜ。」

寿一に怒られてショボンとした荒北は犬みたいで見てて面白い。
だからつい、いつもからかってしまうのだけど。

「助けてくれる寿一ホント神様だわー、誰かさんとは違うわー。」

わざとらしくそう言うと、女の子をかき分けてやってきたのは東堂だ。

「雛美ちゃん!山神ことこの俺を呼んだかね!」
「別に東堂を呼んだわけじゃないよ、寿一が神様だって言ってただけ。」

っていうかこの距離でよく聞こえたな、地獄耳か。
いつも通り、いつものメンバーで話していると遠くから泉田くんがやってきた。
どうやら寿一に相談があったらしく、寿一を筆頭に一人、また一人と部活に向かって行った。
ヒラヒラと手を振りながらそれを見送ると、ふっと影ができた。
ふりかえると、そこには黒田くんがいた。

「あの、ちょっといいすか。」
「うん?なにー?」

あまり話したことはなく、呼び止められたことに少し驚く。
荒北が言ってたようにちょっと邪魔だったかな?

「あのっ……その、先輩たちの誰かと、付き合ってんすか。」
「え?私が?」

こくりと一度だけ頷く黒田くんの目は真剣だった。
なんだか蛇に睨まれたカエルの気持ちがわかる気がする。

「ま、まさかー!何で?」
「いつも仲良さそうなんで、練習も毎日きてるし。」

そう言いながら黒田くんは口元を手で隠した。

「仲はいいけどねー。寿一と隼人は中学から一緒だし、東堂とは委員会が2回も一緒だし、荒北とは3年間同じクラスだし。仲悪い方が不思議でしょー。」

あいつらいつも一緒にいるから自然とね、と付け加えると黒田くんは黙ってしまった。
なんだろうこの間、というか私はなぜこんなことになっているんだろう。
居心地悪いなぁ、こんな時に限ってみんな練習行ったあとだしなぁ。
帰ろうかな、そう思った時だった。

「あのっ」
「は、はい?」
「俺じゃ、ダメすか。」
「……何が?」

真剣な目に、またも身動きできなくなる。
思考も停止して、黒田くんが何を言っているのかさっぱらわからない。

「好きなんです、俺と付き合ってもらえませんか。」
「わ、私が?黒田くんと??」
「はい。」

黒田くんの顔は耳まで真っ赤で、目はずっと私を見てる。
いつから?なんで私?ぐるぐると考えていると、時間だけが過ぎて行く。
先に黒田くんが口を開いた。

「ダメ、すか。」
「え、う、ううん??」

先ほどとは打って変わって、捨てられた子犬のような悲しい顔をされて慌てて返事をしてしまった。
あれ、私今なんて言ったっけ?
黒田くんの顔がパッと明るくなった。
尻尾があったら振り切れてるんじゃないかと思うほどの変わりように、吹き出してしまう。
黒田くんはまた、ちょっと不安そうな顔をした。

「あの、何かおかしいすか。」
「ううん、黒田くんって可愛いね。」
「……可愛いのはあんたの方ですよ。」

ポツリとそういって黒田くんはまた口元を手で隠した。
あぁ、この子なんて可愛いんだろう。
めちゃくちゃ甘やかして、撫で回したい。

「ねぇ、下の名前なんていうの?」
「雪成っす。」
「ゆきくんね。これからよろしくね?」

可愛くて、見ていると自然に笑顔になれる。
ゆきくんは子供みたいなキラキラした笑顔で私を見てくれて、なんだか照れ臭い気持ちになった。

「雛美さん、って呼んでいいっすか。」
「うん、いいよー。敬語もいらないし。私たち、付き合ってるんでしょ?」

そう言うと、また顔を真っ赤にして口元を手で隠した。
この動作がたまらなく可愛い。
そうこうしていると、遠くから荒北の声がする。

「おい黒田ァ!さっさと着替えろボケナス!」

どうやら部活が始まるらしいのに、ゆきくんはまだ制服のままだった。
慌てて送り出すと、途中でゆきくんが振り返った。

「雛美さん、帰り送りま……送るから!待ってて!」

その言葉に笑顔で返すと、ゆきくんは走って行ってしまった。




部室から最初に出てきたのは東堂だった。
私に気づいたらしく、ヒラヒラと手を振りながら近づいてくる。

「こんな時間まで残っているのは珍しいな。」
「おつかれさまー。今日はちょっと人を待ってるのよ。」
「ほう?誰を待っているのだ?」

ガチャっと音がして、今度は隼人と荒北が出てきた。
お疲れ、と声をかけると2人もこちらへやってきた。

「雛美!どうしたんだ?クレープは?」
「今日はやめたんだー。」
「お前が菓子やめるとか明日雪でも降んじゃナァイ?」
「荒北うっさい!」
「待ち人はこやつらではないのか。寿一か?」
「「待ち人??」」
「寿一じゃないよ、2年の」

そう言いかけたとき、隼人たちの後ろにゆきくんがいるのが見えた。
ヒラヒラと手を振るとこちらに気づいたようで駆け寄ってくる。

「雛美さん!」
「「「黒田?」」」

3人は声のした方を振り返り、首を傾げる。
ゆきくんは会釈すると私の横にぴったりとくっ付いた。

「ゆきくんおつかれー。」
「あざっす。お待たせして……待たせてごめん。」
「いいよー、元々部活見てるのは好きだし。」

そんなやり取りをしている私たちを見て、3人は口をあんぐりと開けてとても滑稽な顔をしている。
さて帰ろうかというところで、隼人に肩を掴まれた。

「雛美!どういうことだ?」
「ん?何が?」
「なぜ黒田と帰ろうとするのだ!」
「あぁ、今日から付き合うことにしたの。じゃ、また明日ねー。」

少し赤くなっているゆきくんを促すと、3人に小さく会釈して歩き出した。
後ろが何やら騒がしいけど気にならない。
だって私の隣には、にこにこと笑う可愛いゆきくんがいてくれるから。




ゆきくんが可愛いだけじゃないとわかるのは、また別のお話。


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