星の降る夜に




昔から門限が早くて厳しくて、夜に外に出ることなんて許してもらえなかった。
お祭りも夕方まで、大人と一緒でも18時には帰宅するよう言われて育った。
そのおかげで私は夜にすごく憧れていた。
星空の下を歩いて見たい。
それが私の夢だった。



そうして入学した箱学では寮生活が始まった。
みんなは門限が早いって文句を言っていたけど、うちより全然遅い。
おまけに天文部というのがあって、天体観測の許可さえ取れば夜でも外に出られるのだという。
私は迷わずその部へ入った。
ところが天文部と言うのは名ばかりで、幽霊部員の巣窟だというのを知ったのは部活が始まってからだ。
顧問の先生もあまり関心がないらしい。
資料室のような部室には私の憧れていた星空の世界が広がっているのに、そこにいるのは私だけだった。
嫌になったらやめよう、そう思っていたけど知れば知るほど私は星空に惹かれて行った。
そうして夏が近づいた頃、私は先生に許可をもらって天体観測をすることにした。
部室には古いけど望遠鏡もある。
寮母さんにも許可をもらって、私は憧れの夜空の下へ向かった。



寮母さんが夜食にと作ってくれたおにぎりを片手に、私は星を眺めていた。
学校が少し山にあるおかげか、外からの光は少なくて望遠鏡がなくてもよく見える。
キラキラと輝く星たちが、もしかしたら今はもう存在してないかも知れないなんて信じられない。
暫くそうしていると、ふと喉が渇いたことに気づいた。
近くに自販機があったはず。
私は荷物を広げたまま財布だけ持って自販機を目指した。
辺りは暗くて、夜の学校は少し不気味だ。
一人なのを少し心細く思いながらも自販機につくと、先客がいるのに気づいた。
時刻はすでに門限を過ぎている。
先生のようには見えないけど、もしかして幽霊……?
そんなことを考えていると、その人影がこちらを向いた。

「ヒッ……。」
「アァ?何してんだテメー。」
「えっ?あれ……荒北くん?」

よくよく見ればそれはクラスメイトだった。
ホット胸をなでおろし自販機に近づくと、荒北くんは舌うちをした。

「何してんだって聞いてんだけどォ。」
「え、あっ。ごめんね、部活で星を見てたの。」
「星ィ?」
「そう、天文部。天体観測してたんだ。荒北くんは?門限すぎてるみたいだけど……。」
「ハッ、関係ねェだろ。」

荒北くんはめんどくさそうにそう言い残すと行ってしまった。
寮を抜け出してきたのかな。
いつものリーゼントじゃない荒北くんは何だかいつもよりカッコ良く見えて、これは夜の魔法かもしれないなんて思った。




その翌週も、天体観測の途中で自販機に行くと荒北くんがいた。
私を見つけるとめんどくさそうにしながらも、少し話を聞いてくれた。

「それでね、望遠鏡使うと本当に世界がキラキラしてて……吸い込まれちゃいそうなんだよ。」
「あっそ。で、小鳥遊は誰と見てんだよ。」
「ん?私一人だよ?」
「アァ?部活じゃねェのかよ。」
「他の人は幽霊部員みたい。活動してるのは私だけなんだ。」
「物好き。」
「あは、そうかも。あ、でも一人だから荒北くんが来ても大丈夫だよ。今度こない?」
「気が向いたら行ってやってもいい。」

そう言いつつも、荒北くんは少し笑って帰って行った。
夜に会う荒北くんはいつもより穏やかで、優しい気がする。
クラスでは誰も寄せ付けないような雰囲気なのに、変なの。
やっぱり夜には何か魔法があるんじゃないかと思わずにはいられなかった。



そして翌週、荒北くんはやっぱり自販機にいた。
前より時間が遅くなってしまったからいないかもと思っていたのに、会えたことがなんだが嬉しい。

「ねぇ、今日は望遠鏡で見てみない?」
「めんどくせぇ。んなもん使わなくても充分見れんだろ。」

そう言いながら空を見上げる荒北くんは、眠たそうにあくびをした。
それがとても可愛く見えて、私はつい笑ってしまった。

「このままでも綺麗だけど、望遠鏡だともっとすごいよ。ね、少しだけでいいから。」

最初は一人で満足だったのに、私はいつの間にか誰かと共有したいと思ってしまった。
荒北くんはめんどくさそうにしながらも断ることはせず、一緒に星を見てくれた。

「ね、すごいでしょ。」
「アー……まぁ。」
「毎日こんなに綺麗な空のしたに私たちはいるんだって思ったら、なんか幸せだと思わない?」
「めでてー頭してんなァ。」

そう言いながらクツクツ笑う荒北くんは少し楽しそうだ。
私たちは門限を過ぎているのを忘れて夜遅くまで話していた。




その翌週、生憎の雨に見舞われて私は朝から憂鬱だった。
夜まで降り続くという予報は外れることなくお昼も降り続いていて、これでは夜になっても星どころか月だって見えないだろう。
机に突っ伏して落ち込む私の目の前に、ひらりと何かが舞った。
何かと思い手にとると、"プラネタリウム"の文字が目に入る。

「やる。」
「えっ?」

慌てて顔を上げると、荒北くんが傍らに立っていた。

「この雨じゃ今日は見れねェだろ。それ行ってくればァ?」
「いや、でももらえないよ!お金払うしっ。」
「いいからァ。学校終わったら絶対行けよ。」
「一人で?」

いつも一緒に星を見ていたせいか、一人で見ることにさみしさを覚えた。
手元のチケットに視線を移すと、頭上からため息が聞こえる。

「だからァ……プラネタリウムで待っててやんよ。」
「それなら一緒に行こう?」
「そんなことしたら根も葉もねェ噂が立つだろうが!ボケナス!」
「……私とじゃ嫌?」

何か問題でもあるのかと問えば、荒北くんは大きなため息をついた。
そしてガシガシと頭をかくと、舌うちをする。

「わぁったよ!一緒に行きゃいいんだろ。」
「うん!じゃぁ学校終わったら校門で待ってるね。」

いつも通りめんどくさそうにしながらも、うっすら頬を染めた荒北くんは夜に見る姿を連想させた。
魔法にかかっているのは、きっと荒北くんだけじゃない。
だってこんなにも胸がドキドキと煩いのだから。
夜の魔法は、今この瞬間も私の中に。



story.top
Top




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -