flower





「福富くん、好きです。」

暑い夏の日、ふと耳にしてしまった告白。
裏庭なんて誰も来ないだろうとベンチでゴロゴロしていると、そんなセリフが聞こえてきた。
慌てて身を隠して覗いてみれば、女の子は学年で人気上位に入る可愛い子だった。
顔を真っ赤にして福富くんを見上げるその目はまさに恋する乙女で、なんとも愛らしい。
しかしその子を見る福富くんの表情は喜ぶどころか、少し困っているようにすら見えた。
そしてゆっくりと口を開いて、彼は頭を下げたのだ。

「すまない。」
「私じゃ、だめ?彼女いないんだよね?」
「彼女はいない。だが、好きだと思っていない相手と付き合うことは出来ない。」

なんというか、真面目な彼らしい返答だ。
女の子は目に涙を溜めて、走り去ってしまった。
それを見送る私と福富くん。
そして彼はあろうことか、私の方へ歩いてきた。
隠れる場所なんてない。
冷や汗がたらりと垂れる。
福富くんはまるでそこに私がいたのを知っていたかのようにやってきて、ため息をついた。

「覗きか?」
「そっ、そんなつもりないよ!私がいたとこに福富くんたちが……。」

我ながら言い訳くさいセリフだと思う。
でも慌てる私を見て福富くんはクスリと笑い、行ってしまった。
あんな顔、初めて見たかも。
なんだかそれが私の目に焼き付いて、中々消えてはくれなかった。



あの日から、ことあるごとに福富くんを目でおってしまった。
もう一度あの優しげな笑みが見たいと思うのに、全然笑わないどころか普段は表情ひとつ変えない。
自転車部の人たちと一緒にいる時も、長い付き合いだという新開くんといる時も福富くんはその表情を崩すことはなかった。
もしかしたら表情筋が硬くて動かないとか?
そう思い始めた頃、先生に呼び出されて職員室へ行くと福富くんがいた。
福富くんは私をちらりと見ると視線を戻して、何やら話し込んでいるようだ。
私は、と言えば進路調査のことで先生にしこたま怒られた。

「一体なんだこれは。」
「進路希望……ですかね?」
「進路希望で"お嫁さん"ってお前ふざけてるのか。」
「だって行きたい大学ないんです。魅力を感じないっていうか、やりたいことが見つからないっていうか……。」
「お前の学力ならどこでも思うところに入れるだろ?専門とかはどうなんだ。」
「興味ないですねー。」
「じゃぁ一体何に興味があるんだ。嫁に行く当てはあるのか。」
「行く当てはないですけど、興味があるとすれば……」

ちらりと福富くんを見ると、まだ変わらず話をしているらしい。
こんな話聞かれるのはやだなぁ。
そう思いながらも先生の話をはぐらかしていると、先生は大きなため息を一つついた。

「3日やるから、もう一回書き直せ。」

そう言って返された紙は、頼りなくひらひらとしていて私のようだと思う。
いつも適当に流されて、楽な方へと進んできた。
勉強は嫌いじゃないし、苦手でもない。
だけど好きなわけでもなく、これと言ってやりたいこともない。
高校生というこの楽な時間がずっと続けばいいのに。
そう思いながら職員室を出ると、福富くんに肩を叩かれた。

「ずいぶん怒られていたようだが。」
「え?あぁ、うーん。まぁ。」

どこまで聞かれていただろうか。
墓穴を掘りたくないがために誤魔化そうとすると、福富くんはまたクスリと笑った。
その姿に鼓動が早くなる。
そしてつい、聞いてしまった。

「福富くんは……どこいくの?」
「進路か?」
「うん。」

福富くんは少し悩んでから、一つの大学名を上げた。
出来ればそこに行きたい、というその言葉は固い決意にも感じられる。
その目は真剣でまっすぐて、いつかその先に自分がいられたらと思う胸が締め付けられるようだった。
その時私の進路は決まった。
私が今、興味があるもの。
それは福富くんだけだから。



それからというもの、私は真面目な生活を心がけた。
成績に響かない授業もちゃんと出席したし、テストもちゃんと勉強してから受けた。
おかげで成績は一気に上がり、先生達を驚かせた。
最初は志望校に行けるわけないと言われた私が、今ではA判定を貰えるほどだ。
そうして自信が出来てやっと、私は福富くんと同じラインに立てた気がした。
言うなら今しかない。
そう感じて私は福富くんを呼び出した。
うまく行くと思っていたわけじゃない。
だけど今ならダメになっても、また頑張れる気がした。
高校を卒業しても、その先がある。
5日振り向いてもらえればいい。
その種を撒きたくて、私は告げることにした。
あの日と同じ場所で福富くんは待っていてくれた。
あの日と違うのは、相手が私であることだけだ。

「ごめん、待った?」
「今来たところだ。」
「そっか、呼び出してごめんね。」
「構わない。」
「あのさ、」

言おうと決めたはずなのに、うまく言葉を紡げない。
ここにきてやっと緊張し始めたのか、指の先からすっと冷えて行くようだ。

「えっと、あの、」
「どうした?」
「……福富くんは、好きな子いるの?」
「……?あぁ。」

テンパったからって聞くんじゃなかった。
私は頭を殴られたような衝撃を受けて、何もかもがどうでもよく感じてしまった。
今言っても言わなくても多分何も変わらない。
それならいっそ、引っ掻き回してしまおう。
そんな黒い思いを止めることができずに、私はその思いを口にしてしまった。

「そっか。私さ、福富くんのこと好きだったんだよね。だけどまぁ、仕方ないよね。うん、ごめん。」
「どういうことだ?」
「振られるのは仕方ないよね仕方ないなって話だよ。」
「何を言って……泣いているのか?」

気がつけば涙が頬を伝い、ポタポタと垂れていた。
慌てて俯いたけどそんなのはもう遅い。
袖でゴシゴシと拭うと、ふわりと抱きしめられた。

「すまない、何を言っているのかはわからないんだが。泣かせるつもりじゃなかったんだ。」
「やっ、ごめ。私が悪いから、ほんと。ごめっ……。」

止めようと思えば思うほど溢れる涙は、福富くんのシャツを濡らしてしまう。
慌てて離れようとすると、こんどは強く抱きしめられた。

「えっちょ……濡れちゃうよ。」
「構わない。」
「いや、好きな子に見られたら誤解されるって!」
「見られることはない。」

そう言い切った福富くんを見上げると、またあの顔でクスリと笑った。

「好きな子はここにいるからな。」

種を撒きにきたはずなのに、あの日種を撒かれたのは私の方だったのだ。
そして成長した芽は、今は大きな花を咲かせている。
だってこんなにも福富くんへの想いが溢れてる。
あなたの視線の先に、私がこれからもいられますように。


story.top
Top




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -