夏の始まり



夏なんて大嫌いだ。
暑いし、ジメジメするし。
汗ばんだ体はペタペタと気持ち悪い。
どれだけボディシートで拭いたって、綺麗になった気がしない。
そして何よりも嫌なのがあいつらだ。
一週間しか生きられないとか言うけど、これでもかってほど鳴き続けてる。
見た目もグロテスクだし、抜け殻なんておかしなものを残すのも気持ちが悪い。
煩くて暑苦しくて……夏なんて大嫌いだ。




いつも通りの強い日差しとねっとりとまとわりつくような湿気に晒されながら、私は学校へ向かって歩いていた。
朝シャワーを浴びたというのに、もう汗びっしょりで制服が張り付いて気持ち悪い。

「早く帰ってシャワー浴びたい……。」

まだ学校についてすらいないのに、ついそう漏らしてしまった。
ただでさえ暑いのに、蝉の声がそれを増長させるようだった。
恋の季節だかなんだか知らないけど、私の知ったこっちゃない。
ただ耳障りな鳴き声と羽音が私を苛立たせていた。

「うるさいなぁ……。」

そう小さく呟いた途端、背中にトンッという衝撃が走った。
誰かに叩かれたのかと振り返って見たけど、知り合いらしき人影は見当たらない。
背中を、嫌な汗が伝う。
背中がほんの少しだけ重くなった気がする。
恐る恐る振り返って、私は悲鳴を上げた。

「いやああああああああっ!!」

背中には透明の羽をしたソレがしっかりとしがみついていて、私をじっと見ていた。
慌てて目をそらしたのに、ヤツはあろうことか私の背中を登り始めた。
必死に体を揺すっても落ちることなく、それはどんどん上へ登って行く。

「やだ!やだ!やだ!やめて!!」

そんな叫びも虚しく、ヤツが私の首元に来そうになった時だ。
私の前に誰かが立ちはだかって、私をぎゅっと抱きしめた。

「なっ!?」
「ちっとはおとなしくせい。こいつらは何もしよらんじゃろ。」

頭上から降ってきた声に聞き覚えはない。
だけどその声は優しくて、ふと見上げるとニッと笑った。

「もう大丈夫じゃ。」
「えっ?あの……?」
「蝉、怖かったんじゃろ?もう逃がしたけぇ大丈夫じゃ。」

そう言ったその人は私を抱きしめていた手を離して、そばに置いてあった鞄を手にとった。
どうやら助けてくれたらしいと、その時やっと気づいた。
沢山いるはずの人は誰一人私に見向きもしなかったのに、この人は自分の鞄を置いてまで蝉を振り払ってくれたのだ。

「す、すみません!ありがとうございますっ!」
「そんな礼言われるようなことしとらんじゃろ。」
「いえ、私本当に虫がダメで……助かりました。」

深々と頭を下げる私に、その人はニッと笑って頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「気ぃつけてな。」

そう言い残し行ってしまいそうになり、私は慌てて腕を掴んだ。

「あのっ!お名前と学校を……!」
「ワシか?ワシは呉南工業高校の待宮栄吉じゃ。」
「待宮さんっ……!本当にありがとうございました!」

またニッと笑ったその顔に、胸が高鳴る。
ひらひらと手を振って行ってしまった後ろ姿を見ながら私は確信した。
私はきっとあの人に恋をする。
夏の暑さなん手をもう感じない。
ただ高鳴る鼓動だけが、私を熱くさせた。
夏はまだまだ、これからだ。


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