優しさのかけらを集めて





意地悪で、ドライで、口が悪くて。
頭が良くて、冷静で、何でもそつなくこなす。
それが、私の幼馴染。




「けーちゃん。」

声をかけると、嫌そうに眉をひそめて振り向く彼。
いつも通りのその塩対応が、私には心地いい。

「倖乃、その名前で呼ばないでって何度言ったらわかるの。バカなの?」
「ごめんごめん、蛍くん。」

幼い頃、人見知りもあり言葉が遅かった私は”けいくん”と呼べなかった。
代わりに、私は彼のことを”けーちゃん”と呼んでいた。
しかし、小学生に上がるとそれは揶揄いの対象になってしまった。
嫌がる彼に言われるまま、私は呼び名を変えた。
でも私、本当は変えたくなかったんだよ。
私だけが使うその呼び名が大好きだったんだよ。
そんなことは言えないまま、私は笑ってごまかす。

「それで、なんなの。」
「あ、そうそう。
 昨日の宿題でちょっとわからないところあって、教えて欲しくて。」
「…どこ?」

そう言って蛍くんは私が持っていたノートに目を移す。
本当は、わからない所なんてない。
それでも蛍くんと話す口実のために、私は時々こうして教えを乞う。

「全く…テストはできるくせにこんなのもわからないの?」
「テスト頑張るために、わからない所はすぐ教えてほしいんだよ!」

蛍くんは渋々、私に教えてくれた。
私はこの時間が大好きだ。
蛍くんを独占できる数少ないこの時間が、愛しくてたまらない。
私のノートに目を落とした蛍くんは、少し声のトーンを落とす。

「ここは…ほら、こっちのこれを使って…」

いつもは高くて合わない目線が私より下にあるのが不思議と心地よくて、私はノートではなく蛍くんを見ていた。
ふんふん、と適当に相槌を打ちながら、その愛しい時間に酔いしれる。
でもそんな時間、長くは続かない。

「ちょっと、聞いてるの?」
「え、あ、うん!聞いてるよ。」
「ならいいけど…あとはもう自分でできるでしょ。」

眼鏡を直しながら顔を上げた蛍くんは、いつもと同じ目線に戻ってしまう。
もうちょっと見ていたかったな。
そう思いながらも、不自然にならないよう私は問題を解き直す。
元々分かっているとはいえ、蛍くんは教え方が上手だと思う。
教えて貰った方が理解力が上がる気がするもん。
そんなことを考えていると、後ろからふいに声をかけられた。

「ツッキーって、藤丘さんに教えるときは優しいよね。」
「別に、普通でしょ。」
「日向たちに教えてる時はもっとスパルタじゃない?」

首をかしげる山口くんに、蛍くんはとても嫌そうな顔をする。
日向くんたちの話題はタブーなのかな。
空気を読んだのか、山口くんは話題を変えた。
私はそのすきに宿題を終わらせて、立ち上がる。

「蛍くん、教えてくれてありがとう!
 今度何かお礼するね。」
「別に何もいらないし。」
「そう?部活の差し入れとか…」
「余計な事しないで。」
「ツッキー、そんな言い方しなくてもっ…」

山口くんが慌ててフォローしてくれるけど、私は笑って返す。
だって蛍くんのこれはいつものことだから。
塩対応なんて慣れっこだ。

「いいのいいの!気にしてないよ。
 まぁ、部活の差し入れはともかく今度お礼するから!
 ほんとにありがとね。」

私は心配してくれた山口くんに軽く手を振って自分の席へ戻った。





放課後、委員当番だった私は図書室にいた。
眩しいけど温かい日差しが入るここは、とても気持ちが良くて。
誰もいない図書室で一人ぼんやりしていたら、いつの間にか眠ってしまった。
気づけば下校時間が迫っている。
私は慌てて戸締りをして校門へ向かった。
外はもう暗くなっていて、街灯が少ないせいか少し不気味だ。
一人で帰るのやだな、もう少し早く出るべきだった…。
俯いて歩いていると、突然肩を掴まれた。

「ちょっと!」
「ひゃっ!!」

驚いて振り向くと、蛍くんが息を切らして立っていた。
状況が飲み込めない私に、蛍くんは息を整えてから問いただす。

「こんな時間に何してるの。」
「あ、図書室で寝ちゃって…。」
「何で一人で帰ってるの。」
「もう誰もいなかったから…」

そこまで言うと、大きなため息が聞こえた。
あぁ、怒ってる。
蛍くんはスマホを取り出して何か操作をしたあと、私を見た。

「ほら、帰るよ。」
「え?蛍くん部活は?」
「もう終わった。」
「山口くんと帰らないの?」
「倖乃を連れて帰るって今連絡したから。
 早く帰らないとおばさん心配するでしょ。」

さっさと歩き始める蛍くんの後を追って、私も歩き出す。
蛍くんとは歩幅が違って少し早歩きになってしまった私に気づいた蛍くんは、少し歩みを緩めた。
普段とのギャップに、何だかにやけてしまう。
ねぇ、蛍くん。そういうとこだよ。
ホントにもうずるいなぁ。
彼が優しいことは、私しか知らないの。
でもそれでいい。
まだ独り占めしていたいから。





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