盲目の罠(にわなずな様リクエスト)

《2》

寿一に動きが出てから二週間もする頃には、私のそばに荒北くんがいることが当たり前になっていた。
最初は授業の合間に教科書を借りに来たりするだけだったのが、今は用もなくやってきてはおしゃべりして帰っていく。
荒北くんとは何を話しても楽しくて、私はよく時間を忘れてしまうほどだった。
寿一たちの誘いも、以前なら"荒北くんがいるから"と断っていたのに今はその逆だ。
部活が短い日に遊びに行くと聞けば喜んでついて行ったし、もちろんとても楽しかった。
そうした日々の積み重ねの中で、時折ふと疑問に思うようになった。
寿一と二人でいる時に、何か物足りなさを覚えたのだ。
それが何なのかは分からないけど、前とは何かが違う。
寿一と二人でいても話すのは私ばかりで、相槌はあるものの会話が広がらない。
前はそれが当たり前で、それでも良かったのに。
私はどこかで、荒北くんと比べてしまっていた。
荒北くんといる時は、どんな話でも広がってとても楽しくて……。
口角を上げて笑うあの笑顔が、急に恋しくなってしまうのだ。
荒北くんと出会って変わったのは寿一じゃない。
変わってしまったのは、私の方だった。



自分の気持ちを自覚してしまってから、寿一と過ごすことに罪悪感を持つようになった。
二人でいることが怖くなり、極力誰かを誘った。
そんな思いを知らない荒北くんは前と変わらず私に接してくれて、その優しさが私をどんどん惹きつけた。
そんな私の想いが態度に現れるまで、そう時間はかからなかった。

「小鳥遊、そろそろ"荒北くん"って呼ぶのやめねェ?」
「うん?名前で呼ぶってこと?」
「そォ。福ちゃんも新開も名前だろ。」

2人とは付き合いが長いから……そう思いつつも、"靖友くん"と呼びたい気持ちもある。
ただ恥ずかしさが先走り、なかなか声に出来ない。
ごにょごにょと言葉を濁す私を見て荒北くんはクツクツ笑い、こっちを向けとでも言うように頭にポンと手を置いた。

「雛美。」
「ひぇっ。」
「なンだよその声。」

まっすぐ私を見る荒北くんの頬はなんだかいつもより赤く見えて、私もつられて赤くなった。
名前を呼ばれることがこんなにも恥ずかしくて嬉しいなんて。
俯いた私を、荒北くんが覗き込んできた。

「雛美はァ?」
「えっ?」
「呼ばねェの。」
「え、あ……や、靖友くん?」

"疑問系かよ"と文句を言いながらも、嬉しそうに笑うその姿に胸が締め付けられた。
やっぱり私、靖友くんが好きだ。
そう思った瞬間、目から大粒の涙が落ちた。
どうしよう、どうしたらいいんだろう。
寿一に合わせる顔がない。
靖友くんだって私に協力してくれただけで、まさか私が好意を持つなんて思ってもないだろう。
私がダメにしてしまった。
私さえちゃんと出来ていれば、誰もおかしくなることなんてないのに。
それでも溢れる想いは止まらなくて、その想いに促されるように涙はとめどなく零れた。

「ちょ、おい!何で泣いてンだよっ」
「な、でもなっい。」
「ンなワケねーだろ!」

力強く引き寄せられて、その胸に収まってしまった。
ふわりと香る荒北くんの匂い、シャツ一枚隔てた向こう側の体温、私を抱きしめるその腕。
全てにドキドキして、私は何が何だかわからなくなった。
気がつけば驚きと高揚で涙は止まっていた。
それでも荒北くんの腕は解かれることなく、時折私の頭を撫でた。
それが心地よくて、離れがたくて……
私は靖友くんの背中へ、そっと腕を回した。
そんなことをしたら拒絶されるかと思ったのに、靖友くんは変わらず私を抱きしめてくれていた。
優しくて穏やかな時間が流れる。
お互い何を話すでもなく、身を寄せ合ったまま。
だけどそんな甘いひとときは長くは続かない。
ガラリと教室のドアが開いて、慌てて確認するとそこには寿一がいた。
見たことがないほど目を見開いていて、私と靖友くんを見比べている。
私は気まずさから靖友くんから離れようとしたけど、靖友くんの手はそれを許してくれない。

「や、靖友く」
「福ちゃんどうかしたァ?忘れもんでもあんの?」

靖友くんは別段慌てる様子もなく、ヘラヘラと笑っている。
それを見た寿一の表情は段々曇っていき、ゆっくりと私たちに近づいてきた。
そして力強く私を引き寄せるとまっすぐ見据えて、怖い顔で言い放った。

「何をしている。」
「え、何も……」

"何もしていない"そう言おうとしたけど声にならなかった。
私の気持ちはすでに靖友くんにあって、そんな彼と二人で抱き合っていたのだ。
何もしていないわけがない。
そのまま俯いた私の顎に触れると、寿一は強引に唇を重ねた。
今まで寿一からそんな風に求められたことなんてなかった。
今までなら嬉しいはずなのに。
今の私には嫌悪すら湧いてしまった。

「やっ、やだ!」

私はそのまま寿一を突き飛ばしてしまった。
悲しそうな、虚ろな瞳と目が合う。

「俺では……俺では力不足なのか。」
「ちがっ……」
「ならなぜ拒む。」

何も言えなかった。
"違う"なんて嘘だ。
私は嘘つきだ。
項垂れた私の頭をポンポンと二回ほど撫でると、寿一は頭を下げた。

「気づかなくてすまない。辛い思いをさせた。……荒北、雛美を頼む。」

そう言って寿一は教室を出て行った。
なんとも言えない雰囲気が漂う中、靖友くんが口を開いた。

「良かったのかよ。」
「良かったも何も……」
「福ちゃん、傷ついてんだろーなァ。」

傷を抉るような言葉に反論したかったけど、その資格は私にはない。
甘んじて受け入れよう、そう思った時だ。
やさしく引き寄せられて、また抱きしめられた。

「手放す気ねェけど。」
「……は?」
「やっと手に入れたモン手放すわけねェだろ。」
「え、ちょ、どうい」

問い詰めようとした口は靖友くんの人差し指で閉じられる。
そして靖友くんはニヤリと口角を上げて笑うと、私にそっと囁いた。

「誰にも渡さねェ。」

最初から靖友くんの計画だったのだと、その時やっと気付いた。
あの時私に近づいたのも、仲良くなったのも。
優しかったあの全てが、綿密な計画の一つに過ぎなかったのだ。
それに気づいてしまっても、もう後戻りなんて出来ない。
こんなにも私に侵入してきた靖友くんを追い出すことなんて出来ない。
彼に求められなくなるその日まで、私の呪縛は解けることなんてないだろう。
私には刺激的な毎日が、待ち構えているのだから。





にわなずな様よりリクエスト頂きました
「福富→荒北で掠奪物」でした。
どういったラストにするかとても悩んで完結に時間がかかってしまいました;
申し訳ありません。
楽しんで頂けましたら幸いです。
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