私が買ったもの



なんてことない、いつも通り変わらぬ毎日。
そんないつも通りの休日の朝、突然の電話で目が覚めた。
休みなのにいったい誰だ、そう思いながら手に取るとディスプレイには従兄弟の名前が表示されている。
近くに住んでいるとはいえ、学生と社会人では時間もあわずもう何ヶ月も連絡を取っていないはず。
何かあったのかも、そう思って電話に出ると情けない声が聞こえてきた。

「雛美ちゃぁん……。」
「おはよ、どうかしたの?」
「腹減った……。」

何だそれは……。
そんなことで電話してくるなと思いつつも、理由を聞いて呆れた。
レースに勝ったからと自分へのご褒美に焼肉に行ったのだという。

「仕送生活なのにいいご身分だことー。」
「だって勝ったら祝いたくなるだろ?」
「そうじゃなくってさ。」
「うん?」
「祝って欲しいなら私がしてあげるから。ほら、ご飯食べに行こうよ。1時間後に迎えに来て。」

可愛い弟のような彼を甘やかすのはよくない、そう思いつつも変化の少ない生活を送る私にとって隼人は絶好のスパイスだ。
せっかくの休日、楽しく過ごせるならそれにこしたことはない。
電話口の向こうではしゃぐ隼人に時間を守るように伝えると、私は手早く支度を始めた。



30分もすると、またスマホが鳴る。
どうせ隼人だろうと思い放置していると、今度はインターホンが鳴った。
さすがに出ないわけにも行かず、ドアを開ければ目をらんらんと輝かせた隼人がにこにこして立っていた。
"1時間後"、そう言ったはずなのにこの子ったら。

「雛美ちゃん!おはよう!」
「はいはい、おはよ。」

軽くあしらうように部屋へ通すと、先ほどまでの威勢は消えてなんだか小さくなっている。
インスタントのコーヒーを前においてあげると、くるりとこちらを向いた。

「怒ってるのか?」
「なにが?」
「その……早くきちまったこと。」

言いづらそうにボソボソと話す姿は大きな体に反して愛らしく、昔の姿を思い出す。
クスリと笑った私を、隼人は不思議そうに覗き込んだ。

「怒ってないよ。いつものことでしょ?」
「けど……」
「悪いと思うなら次からは時間守りなー。こっちだって準備してるんだからさ。」
「わかった。」

そう言いながら、きっとまた次も早くくるんだろう。
忘れっぽいのかおバカなのか、だけどそんな所が可愛いだなんて私も年をとったものだと思う。
学生の頃は輝いていた毎日が、就職した途端に色褪せた。
まだその輝きの中にいる隼人が羨ましくてたまらない反面、眩しくてまっすぐ見られない時がある。
だからこそ、時々誘ってくれるたびに私は隼人と出かけるのだ。
その輝きの中に少しでも戻りたくて。
それが大抵バイキングでさえなければ、もう少し色気があるんだけどなぁ。
そんなことを考えながら手早くメイクを済ませて、机に突っ伏していた隼人の手を引いた。
パッと顔を上げて嬉しそうに笑う姿に、私の頬も緩む。
さぁ、今日はなにを食べようか。




私たちは歩きながら、なにを食べるか相談した。
お祝いと言ったらお肉なんだけど。
焼肉は食べたと言っていたし、どうしようか。
スマホでいろいろ探してみたけど、これという店が決まらない。

「隼人はなに食べたいの?」
「雛美ちゃんの食べたいのでいいよ。」
「だって隼人のお祝いだからさー。」

ふと足を止めて、財布を開いた。
中には数枚の諭吉さんと、小銭が少々。
大丈夫、お給料も出たしボーナスも残ってる。
そしてここには、魔法のカードもある。

「よし、じゃぁ前に行きたがってたあの店いこ!」
「え、でも俺かなり腹減ってて」
「いいから!好きなだけ食べな!」

以前行きたいと話しつつも、敷居が高いからと行かなかったしゃぶしゃぶの専門店。
あの時は持ち合わせがなかったけど、今なら大丈夫。
私は隼人を引きずるようにしてその店へ入った。




お店の中は内装も凝っていて、とても素敵だった。
外から見るよりずっと豪華なその個室に驚きつつもメニューを広げると、隼人は一番安いのを指差した。

「俺、これにするよ。」
「お腹減ってるんでしょ?」
「けど……やっぱりここ俺にはもったいないっていうか」

居心地悪そうにそう言うと、隼人は俯いてしまった。
お祝いだというのに、主役がこれでは仕方がない。
どうせ私に遠慮しているだけだ、それなら……。
私は隼人の意見を無視して適当に頼んだ。

「ちょ、雛美ちゃん!」
「なに?私が払うのよ。文句言わずに食べなさい?」
「けど……」
「残したら許さないから。」

隼人は嬉しそうな、でも複雑そうな顔をしていたけどそれも料理が来るまでの間だけだ。
次々と運ばれてくるお肉や野菜に目を輝かせて、私をチラチラと伺っている。
それがまるで待てをさせられている犬のようで、私はついつい笑ってしまう。

「おめでとう、お疲れ様。さ、食べていいよ。」
「いただきます!」
「はい、どうぞ。」

牛肉に豚肉、各種野菜に豆腐や湯葉。
お肉はどれも程よく脂の乗っていて、とても甘い。
ちらりと隼人と目があうと、満面の笑みを浮かべていた。

「これ、すげー美味い!」
「うん、お肉なのに甘みがあって……優しい酸味のポン酢が美味しいね。」
「そうそう。野菜も新鮮でシャキシャキだし、本当……ありがとな。」

とろけそうな笑顔でそんなことを言われ、私は俯いてしまった。
相手はあの隼人だというのに、小さな頃から知っている姿とのギャップに戸惑う。
幸せそうに食べる隼人のために追加オーダーをするたびに、遠慮する姿にキュンとした。
昔は遠慮なんて言葉、知らなかったくせに。

「いいから、食べなよ。」
「けど、雛美ちゃんもう食べないんじゃないのか?」
「私はもうお腹いっぱいだよ、隼人みたいには食べれないし。」
「なら俺も」
「今日は!隼人のために来たんだよ。お祝いなんだよ?しっかり食べて、また頑張ってよ。あ、その代わり。次はレースの日教えてね、応援に行くし。」
「絶対連絡するよ、約束だ。」

いつの間にこんなに男の子になっちゃったんだろう。
そのうち私の知らない子と付き合ったりして、デートとかするのかな。
そう思うと胸の奥でチクリと刺されたような痛みを感じた。
なんだろう、この気持ち。
けどその痛みは隼人の幸せそうな笑顔にかき消されていった。



「もう食えねぇ。」

隼人がそう零すまで、私はオーダーし続けた。
本当にお腹がいっばいなんだろう、椅子の背にもたれかかってお腹をさすっている。
よくもまぁ、こんなに入ったな。
積み上げられた皿を見てクスリと笑ってしまった。
最後に柚子のシャーベットを食べて、私たちは店を出た。
諭吉さんでは足りなくて魔法のカードを召喚してしまったけど、この幸せそうな顔が見れるならまぁいいか。
そう思って財布をしまうと、ちらりと領収書をみた隼人がさーっと青ざめていく。

「わ、悪い。俺っ……。」
「いいんだって。それにさ、私が買ったのは何もしゃぶしゃぶだけじゃないんだよ。」
「えっ?」

美味しいご飯と、それを嬉しそうに……幸せそうに食べる隼人。
そんな隼人といるためなら、こんなの別に苦にならない。
私の日常に輝きと彩りを。
私の人生に、隼人という花を添えて。

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