重ねた視線の先に


※「優しさのかけら」の続きです。


あの日から私は少しずつ銅橋くんと話をするようになった。
プリントを回す時にちゃんと顔を見るようになったし、見かけたら挨拶もするようになった。
そうして過ごすうちにだんだんと免疫が出来たのか、不思議と強くなくなっていった。

「おはよう。」
「おう。はよ。」

席に座っていた銅橋くんに声をかけると、何だかいつもより元気がなさそうだ。
私をちらりと見て力なく笑い、すぐに視線を落としてしまった。
その姿が胸をざわつかせて、私は銅橋くんの方を向いて座った。

「どうか、したの?」
「なんでもねぇよ。」

少しぶっきらぼうに放たれた言葉が前より鋭く感じないのは、銅橋くんがいつも目線を合わせてくれるからかもしれない。
銅橋くんはいつだって、私が見上げなくてもいいくらいまで目線を下げてくれていた。
その優しさがとても嬉しかった分、私も銅橋くんを元気にしてあげたい。
そう思ったら、つい口を突いて出た。

「いつもと違うよ、何でもなくないでしょ?……私には、話せない?」
「話すようなことじゃねぇよ。」
「それでも、聞きたいのは……だめ?」

自分でもしつこいのはわかってた。
だけどその落ち込んだ理由をどうしても知りたい。
いつもの笑顔が見たい。

「クソっ。……部活やめただけだから気にすんな。」
「えっ?やめちゃったの?」
「悪ィかよ。」
「だって……私、まだ銅橋くんが自転車に乗ってるの見たことない……。」

いつか乗ってるところがみたい、そう思っていたけど恥ずかしさから中々赴くことが出来なかった。
それなのに、もう見れないなんて。
そう思うと目頭が熱くなって私は顔を伏せた。
そんな私の頭にポンっと手が置かれ、そっと顔を上げると銅橋くんがうっすらと頬を染めていた。

「また、乗るからよぉ」
「うん。」
「観にこいよ。」
「うん。いく。」
「泣くんじゃねぇよ。」

気まずそうにしながらも笑ってみせる銅橋くんの目に、さっきまでの哀しさはない。
そのことに安堵しつつも、今度は自分の涙が止まらないことに焦った。
悲しみを拭った優しさは私の胸に染み渡り、嬉しさが広がる。
色んなことが一気に起こって混乱した私の涙は、まだポロポロとこぼれ落ちていく。
そんな私を見て銅橋くんは珍しく取り乱したかと思うと、私の手を引いて立ち上がった。
そして私は銅橋くんに連れられて教室を出た。



どれくらい時間が経ったのだろう。
遠くで鐘の鳴る音がして、授業をサボってしまったのだと気付いた。
銅橋くんは私が泣き止むまでずっとそばにいてくれて、少しずつ部活をやめた経緯を話してくれた。
これが初めてでないということにも驚いたけど、銅橋くんの荒っぽさにも驚かされた。
私の前ではそんな素振り見せたことはないし、優しく接してくれている。

「銅橋くんは、いつも優しいよ。」
「そんなことねぇよ。」
「あるよ。じゃなきゃ私、未だに銅橋くんを怖がってたはずだし。」
「そりゃお前……小鳥遊だからだろ。」
「私がチビで格下に見えるから?」
「違ぇよ、なんつーか……小鳥遊といるとこう、イライラしねぇんだよ。」

イライラしない、そう言ったくせに何だか腑に落ちないような顔をして銅橋くんは頭を掻いた。
言葉を探しているんだろうか、「あー」「んー」と短い言葉を吐きながら何度も舌打ちをしている。

「安心する、ってこと?」
「あーそれだよ、それ。だから小鳥遊は別にいいんだよ。」
「じゃぁ、私がもっと近くにいればイライラしない?」
「はっ!?」

そう言って距離を詰めると、銅橋くんは後ずさった。
こんな大きな人を私が追い詰めてるのかと思うと、なんだか少し楽しくなってきてしまった。
一歩、また一歩と歩みを進めるたびに銅橋くんは下がっていく。

「ちょ、待て!何してんだ!」
「何も?近づきたいだけだよ。」

にっこりと笑ってみせると、銅橋くんは顔を真っ赤にした。
いつもの凛々しさは影を潜め、可愛く見えてくる。
そうしているうちにとうとう壁際まで追い詰めてしまった。
壁に背をぴったりとつけた銅橋くんは、私から顔を背けた。

「もう下がれねぇ。」
「うん。」
「小鳥遊が下がれよ。」
「私が下がらなくても、銅橋くんなら私を簡単に押しのけられると思うよ?」
「なっ、んなことできっかよ!」
「どうして?」

いつもよりドキドキと高鳴る胸は、私を高揚させていく。
銅橋くんの表情や言葉が私を魅了する。
そっと銅橋くんの胸元に指を当てた。
私と同じように、鼓動はとても早くてドキドキする。

「何がしてぇんだよ……。」
「銅橋くんのそばに、もっといきたい。」
「もう、十分だろうが。」
「ううん、もっと。」

強請るように見上げると、強く引き寄せられた。
その力強さに驚きつつも、ぴったりとくっついた体から感じる体温に溶かされていくようだ。

「これで満足かよ。」
「うん、とっても。」

強く引き寄せたくせに、優しく抱きしめてくれるこの腕が私はとても好きだ。
そう伝えると、銅橋くんは笑った。

「小鳥遊が好きだっつーなら、もう暴れたりしねぇよ。」

優しく笑う彼に、私はいつしか恋をした。
きっと銅橋くんも同じ気持ちだろう。
だけどまだ口にするにはもったいない。
もう少しだけ、このふわふわした幸せな関係を楽しみたいから。
いつか口にすることができたら、そのときは。
笑って返事を、してくれますか。

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