企画小説 | ナノ


あたしは今、キッチンにいる。目の前にはコンロの上に乗せたヤカン。一旦沸騰させてから少しだけ冷めた白湯が入っている。



「姉貴!!!!」
「ちょっと待って」
「待てねぇ!!!早くしろッ」
「いや、だから待ってて!」



リビングから聞こえるのは圭介の声。普段、こんな風に声を荒げる方が珍しい、今や圭介が声を荒げるのって一虎やマイキーに対して何か物申してる時ぐらいな気がする。大人になってからは珍しくなってしまったのだけれど、まあその原因もわかっているから別に慌てる必要は何もない。



「今準備してるから〜」
「姉貴!早くッ!」
「はいはい、」


もう、圭介のバカでかい声がいろいろと拍車をかけてる気もするけど、言ったところでまた何か言い返される気がする。なのであえて突っ込むこともやめて、準備に集中して手を動かす。哺乳瓶に白湯と粉ミルクを入れて蓋をして振って溶かして。温度もちゃんと適温か自分の腕の内側に垂らして確認。問題ないことを確認した上でリビングに戻れば、思わず笑ってしまった。


かの有名な東京卍會の壱番隊隊長だった場地圭介。喧嘩も強くて名を轟かせていたはずの男が今、狼狽えて困惑してバタバタと同じところをウロウロしているではないか。誰がこんな姿を想像できるだろうか?



「姉貴ッ!早くしろッ!」
「もう、わかってるよ〜。子供の名前お待たせ」



その原因は全て腕の中にいる小さな命、子供の名前にある。先ほどから、圭介の腕の中に収まっている子供の名前は、部屋中に響き渡るほどギャアギャアと泣き声をあげていた。その理由は空腹によるもの。なので準備していた哺乳瓶のちくびを子供の名前の口に入れてあげれば、待ってましたと言わんばかりに吸って飲み始める。



「お、収まった…」
「そりゃ収まるよ、お腹減ってたんだもん」



圭介は面白い、全てにおいて新鮮な反応を示してくれるから。ミルクの準備をし始めた時も、子供の名前の目が覚めてぐずり始めたからなのだけれど、寝ている間はそれはもうマジマジと子供の名前のことを物珍しそうに眺めていた。甥っ子を可愛がる立派な叔父である。だけど、子供の名前が目が覚めてしまって、準備するにあたって、圭介に子供の名前を託していたらもう圭介の方がドタバタしていたという。



「…すげぇ、飲んでる!」



いやだから飲むって、お腹減ってたんだから。














「場地さん、すんません。子供の名前さんの面倒見てもらっちゃって」


千冬は帰ってくるなり、圭介に頭を下げてた。
オムツが減ってきていたから、千冬に買い物をお願いしていたタイミングで圭介が来たので、入れ違いになっていた上に圭介に手間をかけたことを申し訳なさそうにしている。そんな千冬の腕の中にはミルクを飲み終えた子供の名前がいて、肩口にタオルを乗せて背中をポンポンと叩いてゲップを出そうとしている。



「いいんだよ、むしろ千冬スゲェな。子供の名前、すっげぇ泣くじゃねぇか」
「まだ生後1ヶ月ちょいっすからね」
「スゲェよ、お前」



スゲェスゲェってワンパターンだな、圭介は。圭介はそれこそアタフタして困惑していたけれど、あたしたちだってまだまだ新米パパママだ。少しずつ夜泣きの回数は落ち着いてきたとはいえ、まだわからないことも慣れないことも多い。唯一、メンタル的な救いは自分の親もそうだけど、千冬のお義母さんも協力的であること。


「俺もまだまだっすよ。抱っこするのも一人じゃまだ慣れてねぇし、」
「そうかぁ?俺より全然うまいだろ」
「そりゃ、千冬も毎日子供の名前の面倒観てるからね」
「自分の子供なんで、そりゃ見なきゃ」


何より大きいのは千冬自身も一緒に子育てをしてくれていることだ。仕事については、圭介がシフトの調整をしてくれている、所謂育休みたいに、出勤時間とか日数とか。そう、みんなが協力的だということだ。



「しゃべれねぇけど、手間の掛け方って動物と似てるし、やっぱ可愛いっすよ」
「千冬のこと尊敬するわ」



ペットショップをやってるので通じることがあるようだけれど、なんかズレてるんだよね、二人の会話。そんなことを思っていれば、タイミングよくケポッ…とゲップが出た子供の名前。口から少しだけ垂れたミルクを拭ってあげて千冬から子供の名前を受け取った。


「出たね〜、子供の名前」
「あ〜ッ」


最近、目で物事を追っかけるようになったり、両手をパタパタと動かすようになった子供の名前。こうやって話しかければ、声だって出すようになったので、子供の変化も早い。



「圭介もこんな時あったんだよ」
「…」
「ちょっとそんな微妙な顔しないでよ、みんなあるんだから」



思い出すのは自分の幼少期。

圭介って新しい家族ができた時のことだ。
自分も小さいながらに、新しい家族が来てお姉ちゃんとしてめちゃくちゃ嬉しかったし何でもしてあげたいって思った記憶が焼き付いている。それを言うと圭介はすごく複雑な表情を浮かべるけど。




「場地さん…」
「あ?」
「子供の名前も名前も可愛すぎて俺幸せっす」
「お、おう…」


千冬が何か言ったみたいで、圭介がちょっと困惑してたけどなんだろう。最近の千冬はスマホ片手に写真を撮ることがグンと増えたので、今手元にスマホがあってもまーた子供の名前の写真撮ってるんだろうな。



「そういえばペケも慣れてきたみたいで気づいたら子供の名前と寝てるんだよね」
「そうなんすよ!場地さんちょっと見てください、これなんすけど」
「それこの前見ただろ…!」
「いえ、昨日撮ったばかりの新作です」



ほら、案の定千冬は新しい子供の名前の写真を見せようとしていて笑ってしまう。圭介は定期的に見せられているようで、反論したけど千冬はドヤ顔で返すからさすがの圭介も黙ってしまった。



「可愛くないっすか〜?!」
「これはかわいいな」
「ですよね!ちなみにこれは一緒に寝落ちてた名前との写真で」
「ち!ふ!ゆ!」


思わず大声をあげてしまったら、子供の名前がびっくりして「ぁ"あ"あ"あ"」と泣き始めてしまう。慌てて「ごめんね、びっくりしちゃったね」とあやしてあげれば、「姉貴、何やってんだよ」と圭介に言われてしまうし、千冬には「俺が見ようか」と言う。誰のせいだ誰の!


だってどさくさに紛れて弟に自分の写真を見せる気持ちを察してほしい。弟からしても姉の写真を今更見せられても反応に困るって言うのに。


でも、裏を返せばそれだけ千冬に大切に思われていることだから、幸せな悩みかぁ…と噛み締めた。


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