企画小説 | ナノ


テーマ:もしも彼女が小さくなったら



俺、松野千冬は腕を組み、考えていた。


「ニャア〜」


ペケが鳴き声を一つあげる。


「にゃー!」


そしたら、つられて鳴き真似をする小さい女の子。



「ぺけ〜!」


ペケを慣れない手つきで抱っこするから、ペケの体がダランと変に宙ぶらりん。ペケが嫌がって引っ掻いたりしないかな、と思いつつ一応大人しくしてるので大丈夫か。



「みてみて!ぺけだっこできるの!」
「すごいね、名前ちゃんは」
「うん!おねえちゃんだからね!」



落とすのが先かペケが逃げるのが先か、どっちに転んでもおかしくないというのに、当の本人はそんなこと考えても見ないだろうな。現に今も俺に本人曰く抱っこしている状態を自慢気に教えてくれるし、本人はすごく嬉しそうに笑っている。



おねえちゃんだから、と言いながら。



俺の目の前にいるのは、小さな4.5歳ぐらいの女の子、名前は場地名前さん。あの名前さんと同一人物だ。



信じられないが、同一人物だ。




なんでこうなったのか、もう訳がわからないけど、気づいたらこうなってた。小さな名前さんがいて、何故か俺が面倒を見ることになっている。小さな名前さんは俺のことは知らない。つまり、俺が付き合っている名前さんの記憶がないらしい。代わりにあるのは恐らくこの年齢当時の名前さんの記憶らしく、聞いてみると「おかーさんはね、けーすけのめんどーみなきゃいけないの」なんて言っていた。つまり、この頃から名前さんはお姉ちゃんとして身の回りのことをなるべく一人でこなそうとして、人様に甘えることなく自分なりに自立しようとしていたんだなと思う。




「名前ちゃん、ペケがすごく辛そうだから離してあげて?」
「はーい!ぺけ、だいじょーぶ?」



年齢の割には聞き分けがいい名前さんは、ぱっと手を離してペケを自由にしてあげる。大人からすれば雑なやり方だけど、ペケも猫だ。落とされる形とは言え、自由になったことにより床に無事着。名前さんはしゃがんで、ペケに顔を思いっきり近づけて大丈夫?なんて聞くけど、ペケが運良く鳴くわけでもないので、俺が代わりに「大丈夫だよ〜」と答えてあげれば、嬉しそうにぴょこんと立ち上がる。


「ちふゆ!ぺけだいじょーぶだって!」
「ははっ、良かったな」
「うん!」



あー名前さん、小さい頃ってこんな感じだったのか、可愛いな。








「おにいちゃん、だーれ?」


それこそ数分前、小さくなった名前さんと会った時、名前さんは俺を見て言った。


「俺は松野千冬って言います」
「んー?」
「ちふゆが名前です」
「ちふゆ、?」
「ちふゆです」


俺の名前を何度も復唱して、千冬という名前を自分の中に落とし込む。


「ちふゆ!かっこいい!」


あぁ、もうこの笑顔見たらそれだけで俺はもう幸せすぎて堪んないかもしれない。


「名前ちゃんは何歳?」
「名前は、よんさい!もーすぐごさい!」
「名前ちゃん、一人かな?」
「名前はひとりじゃないよ!」
「じゃあ、他に誰がいるのかな…?」
「おかーさんとね、けーすけがいっしょだよ」



名前さん、人懐っこ過ぎて聞けばなんでも教えてくれるから俺の方が不安になってしまう。今もどの程度、自分のことがわかっていて周りへの認識がどうなっているのか確認するためにも質問してみたけれど、どうやら年齢通りの認識になっているようだ。


「けーすけって誰かな?」
「けーすけはね、名前のおとーとなの!かわいいんだよっ!」


ええ、もう名前さんが可愛いです…っ。なんて言えず、俺はなんとかニヤける表情筋を堪えてつつ手で口元を隠していれば、名前さんに「どーしたの?」って聞かれたので適当に誤魔化しておいた。


「名前ちゃんは、圭介くんと一緒にいなくていいの?」
「うん、おかーさんがみてるから」


名前さんが場地さんのことを大切にしているのは昔からだった。だから、今一人でこうやっていることに不安はなくても、家に戻りたいんじゃないかなって思って聞いてみたのだけれど、少しだけ名前さんの雰囲気が変わった気がする。



「名前のせいで、けーすけかぜひーちゃったから…」



この記憶は本当にあったことなのだろうか、多分そうなんだろうな。さっきまでニコニコと笑って楽しそうにしていた名前さん。場地さんのことも楽しそうに話していたはずなのに、みるみるうちに表情が崩れて小さくなってしまったのは多分俺の質問ミスだ。



「名前さん」
「おか、さんがね、けーすけみてるから、名前…ひとりでもへいき…名前、おねえちゃんだから」



言葉とあべこべな表情。平気と言いつつ、表情は全然平気そうではない。泣きまではしないけれど、涙を堪えるような表情。唇をキュッと結んで、まるで泣かないもん、と自分に言い聞かせているようだった。



「名前ちゃん、おいで」



笑っていた時だったら、こうやって両手を広げてあげればすんなりと飛び込んできてくれたのに、今はピクリとも動かない。自分の服をぎゅっと両手で掴んですごく辛そうな表情で俺を見つめるだけ。多分、今の名前さんの中では自分のした事が許せなくて何を言われるのか怖いんだろうな。名前さんから歩み寄れないのなら、俺から行けばいい。だから、俺は名前さんが不安にならないように少しだけ笑ってギュッと抱きしめてあげた。



「名前さんはえらいですよ」
「…ん」
「圭介くんの心配だってできるし、早く良くなってほしいから一人でいたんすよね」



事あることに呟いていた、お姉ちゃんだから。あれは自分に言い聞かせている言葉だったんだろう。自分はお姉ちゃんだから、自分は我慢すればいい、我慢については無自覚な気もするけれど。こうやって名前さんは一人で抱えて大丈夫と言い聞かせて生きてきたんだろうな。だから、名前さんは甘え下手でいざとなると素直になれないという本質に触れられた気がする。



「場地さんがなんで風邪ひいちゃったか、俺はわかんないですけど、そうやって言える名前さんはすっごい優しいお姉ちゃんってことはわかりますよ」
「…ちふゆ、名前…は、おねえちゃん…?」
「はい、ちゃんとお姉ちゃんです」



俺の言葉を聞いて、少しでも抱えた荷が降りればいい。不安そうに俺を見上げる名前さんに諭せば、泣きそうにしていた瞳が揺れた。そのまま泣いちゃうかな、って思ったけど俺の胸にガバッとダイブして抱きついてきたから、多分これはいつもの照れ隠し。



「名前さん、一人だと俺寂しいから一緒にいてください」
「…、ん。名前、ちふゆといっしょにいる…!」
「ははっ、ありがとうございます」
「ちふゆ!おままごとしよっ!」



まるで今までのやりとりがなかったかのように名前さんはまた元気になってくれた。弱気な自分はいなかったと思わせるほどだ。それを見て俺はホッとする。



「ちふゆはおとーさんね!名前はおかーさん!」
「俺たち夫婦ですね、わかりました!」



今はおままごとだけど、いつかこんな未来を本来の名前さんと迎えられたらなって思ったりしたのは心に秘めておこう。


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