企画小説 | ナノ


何でこうなってしまったんだろうか。

自問自答しても自分の中の答えは世間の答えではない。

故郷を出て数年、

芸能業界に入って数年、

生きる術で選んだこの道は、何も知らなかったあたしが唯一周りの環境に助けられてやっていけると思った場所だ。故郷で培った経験を応用して感性と努力で手に入れた知識で積み上げてきたもの。

どんなに努力をしても、どんなに辛い思いをしても、全員が全員快く受け止めて認めてくれる世界ではない。


それは故郷でも実感したものだ。


誰かが悪と言えば、それは悪なのかもしれないと人の心は伝染する。


火のないところに煙は立たないと言う。


例え、嘘偽りであろうとも人は誰かを陥れて生きていくもの。


それはこの業界に来て、一番実感した経験談だ。



だいぶなくなったと思っていたんだけどな、とあたしはスマホに入ったメッセージを見てため息を一つ吐き出して消えていった。


あたしが今いるのは自宅の自室、そこに燐はいない。燐はCrazy:Bでの仕事で地方に。数日は帰ってこない予定だ。この業界にいる以上、どちらかが家を開けることは珍しいことではない。

『今日の仕事終わった』
『そっちは大丈夫か?』

燐から届いたメッセージを見て、今回ばかりは燐が家にいないタイミングでよかったと思ってしまったあたし。

『お疲れ様、大丈夫』

『何もなかったよ』

と返す内容。送ったメッセージはすぐに既読になって燐が目にしてくれたことを知る。



あたしは一つ、燐に嘘をついた。



時間は容赦なく過ぎるもの。夜はずっと夜のままではない。どんなに自分の気持ちが落ちていようとも、立ち止まりたくても時間だけは過ぎて行き、容赦なく日が昇り朝が来る。気持ちも体も重いけれど、このままではいけないと思って、あたしは自分に言い聞かせて己を奮い立たせる。

昨日、事務所から入った連絡。

名字名前のゴシップ記事が出回っているという内容だった。

Knightsのみんなとの関わりが一番多いこともあり、最初はこういった記事がよくあったものだ。ただ、その頃はまだ表立っての仕事をあまりしていないこともあり、知名度が然程…ということ、自分自身が周りに興味関心がそこまで高くなかったこともあり、そんなに気にすることもなかった。けれど、今は違う。名字名前として活動するようになり、あたし自身にも応援してくれるファンがいる。所属している事務所にも周りにも迷惑をかけられない。何より、燐に心配をかけたくない、というのが一番だった。


事務所に行って、マネージャーから聞いた話はあたしの男癖についてのもの。


もう全然前のことだ、とあるプロデューサーに目をつけられたことがある。思い出しても吐き気がする嫌な想い出、それを助けてくれたのは燐だった。芸能界では女癖が悪いと噂されているプロデューサーは、メディアでは敏腕で有名な人で、表立って問題視されるような噂はなかったのはきっと芸能界の大きな力が関わったんだと思う。まあ、表立って出されたとしたら、あたしの活動にも影響があったかもしれないから静かに波風立てず過ぎていくならそれでよかったと思えるけれど、まさかこれが今になってぶり返すなんて誰が思っただろうか。


『名字名前は自分を売って知名度を上げたアイドル』


そこに書かれていたのは今の自分の知名度は自分自身を売って培ったもの、つまり枕営業ということ。もちろん根も葉もない内容だ、それなのにびっくりするぐらい詳しく書かれていて、よくもまあここまででっち上げたものだなと感心してしまう。その情報を早い段階で気づいて手を回してくれた事務所のスタッフさんたち。どうやら、斑くんのおかげらしい。彼には改めてお礼を言わなければと決めて、あたしは天を仰いだ。


燐の耳にはきっと届いていいない。


届いていたらきっと燐のことだから連絡して来るだろうから。その点では、ひーくんも同じかな。

嘘でもこんな話を耳に入れられたくはないというのが人間の心理。

あたしは何度目かわからないため息を吐くしかなかった。



一、二日経ったけどまだ燐は戻ってきていない。

メッセージとタイミングが合えば通話をするけれど、何一つ変わらない会話だけ。ニキくんがまたいろいろ食べててどうとか。あたしはそれを笑って聞き流す、声から悟られないように繕った。


このまま何も起きなければいいのに、と思う気持ちとは裏腹に何も起きない訳がないのが現実だ。


目の前には見知らぬ男の人。そしてあたしの手元にはその人から渡された名刺が一枚。

男はジャーナリストと名乗った。


「名字さんの話を聞かせてほしいんだ」
「はな、し…ですか」


優男、人当たりの良さそうな笑みを浮かべている、けれどどこか不気味さを感じさせるそれ。


「そう、名前ちゃんの男関係の話とか」


さっきまで名字で呼んできたはずなのに、サラリと名前を呼ばれたことも気がかりだけど、何より聞きたいと言われた話の内容にゾクリとさせられる。この男は何を言った?


「名前ちゃんって言えば、いろんな男性アイドルとの繋がりがあるよね。同じ事務所でビック3と言われるKnightsとか、彼氏はコズプロの問題児とも言われたCrazy:Bでしょ。見事なまでのネームバリューばっかり」
「…」
「名前ちゃん、地方から出てきてこの業界に入ったってのも知ってる。最初からKnightsのコネとかあったっぽいし、歳下の男からすれば歳上の女の人っていろいろ魅力的だもんね。天城燐音くんもさ、結構ヤンチャやってきたんでしょ」
「なにを」
「彼、MDMで問題起こしたことあるし、コズプロも手を焼いてる部分あるらしいね。あと、プロデューサー相手に手を上げたって話も聞いてるよ」
「っ、それは…!」


さすが芸能界とも言うべきか。男の言葉に反応をしないようにしていたあたしもこの言葉を聞いて無反応でいられるわけがない。男が言ってきたことは自分のことのために燐がしてくれたあの件だろう。男はどこまで情報を手に入れているのか、その情報をどこまで正確に知り得ているのか。いや、話題は盛り上がった方が良い、例え正確な情報を得ていても関係ないのかもしれない。


「悪い話、書かれたくないよね」
「…それは」


ずるい、ズルい、狡い、

本当に外の世界はなんて広くて深くて混沌としているんだろうか、と考えてしまう。その中で生きるあたしは無力に等しい。男の言うようにKnightsのみんなに出会えたという縁があったから、今のあたしはここにいられる。下心なしでの関係性で付き合ってきたけれど、やっぱり側から見れば男の言うとおりにこう見えてしまうんだろうなと思わずにはいられない。

だから、燐だって。


「燐のこと、昔のことを今更掘り返さないでください」
「うん、今知りたいのは名前ちゃんのことだから」


男は薄っぺらい笑みを浮かべる。あぁ、もう本当にズルい。それでも、縋らずにはいられない。



「名前のこと知りてェからって、俺っちのことエサにすんのってどうなんだよ」


突然自分の後ろから聞こえた声に息を呑む。


「名前の話だって、ジャーナリストならわかってんだろ、何面白おかしくしようとしてんだ、こっちだって被害者だ。そんな名前をなんで食い物にしようとすんだよ」


後ろから回された腕に抱き寄せられて、ふわりと香るのはここ数日感じなかった嗅ぎ慣れた香水の香り。



「何でそんな話ばっかり書くかねェ。嫁や家族食わせるため?じゃあ、しょうがねぇ」


ギュッと込められた腕の力があたしのことを安心させてくれる。


「って言うと思ったか?」


低く精神に重く響くような燐の声はその場一帯を飲み込むように重苦しくピリついた空気が一気に広がった。そして緊張していた糸がプツンと切れそうになったし涙が出そうになったけど、あたしはその腕をギュッと抱きしめて堪える。


それから男は舌打ちを一つしてその場を後にした。燐に抱きしめられたまま、離れられずにいるあたしを燐は優しく包んでくれる。


「アイツ、悪い話で書くで有名な奴なんだよ」


そのままの状態で燐がポツポツと話し出す。


「俺も散々書かれたけど、まあ時期的に事実だしな〜って流してたからなァ」
「り、ん」
「だけど、名前のことはちげェだろ」
「っうん、」


数日ぶりの燐の声と体温とここ数日にあった出来事からのストレスも相まって堰き止めてあったものが一気に溢れ出す。


「なんで平気つったんだよ」
「だって、」
「名前はいつも抱え込み過ぎるんだよ」


燐に心配をかけたくなかった、燐に迷惑をかけたくなかった、だけど燐に言われたいつもという言葉に、いつも、って思い返せば確かにとしか言いようがなくて何も言えない。燐の困った表情がとても苦しそうでその顔をあたしがさせていると思ったら、本当に申し訳なくって居た堪れなくなる。


「名前は俺が頼りねェ?」
「そんなことないッ」
「だったら、もっと甘えて頼ってくれよ…」


燐の泣きそうな声、息苦しそうな表情。さっきまでの強気な挑発的な発言を放った面影もない。背中を丸めて燐の腕腕が全身があたしを包む。大好きで迷惑をかけたくないのに、いつもこうだ。うまくいかなくて、燐を困らせてるのに離れられないあたしは、


「ここは故郷じゃねェ。俺も名前も立場なんてない、名前はもっと」


その後知った話だけれど、燐はどこから今回の情報を得たのか。情報を流したのもまた斑くんだった。あぁもう本当にみんなの優しさが身に染みる。燐に心配かけたことも迷惑かけたことも本望ではないけれど、燐の言う通りあたしはもう少し考え方を変えなければと思い知らされた。ここは故郷じゃない、あたしたちは外の世界で生きている。燐が大好きで迷惑かけたくなくて、と思っていたけれど故郷のように燐を立てて生きる場所ではない。理不尽も汚いこともたくさんあるけれど、あたしも燐も同等なのだ、と。


「燐、ありがと」
「ん」


ねえ、燐。

燐の言ったようにすぐに変われないけれど、燐が言ったようにここは故郷じゃないから、あたし自身成長できるように頑張るね。

それでやっぱり同等に、もし今回みたいに燐が何かあった時にはあたしが手助けできるように、と心に決めた。


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