企画小説 | ナノ


アイドルになるために出てきたばかりの頃、これからの未来を信じてた。キラキラした世界の中で輝きながら、アイドルとして過ごし、俺は失ったモノを見つけられると信じてた。

アイドルになりたかった、あの存在に憧れていた。

憧れを共有した、一番大切だった人に。

そして大切な人を失った、自分のせいで。

だからこそ、俺は俺自身で見つけなきゃいけなくて、ガムシャラだったあの頃。


いつだっただろうか、インタビューの人に聞かれた。


「燐音くんが思う恋愛観を教えてください」


恋愛観。


恋愛観とは、何か。


俺にとって恋愛とは。



なんなんだろうか。







燐と一緒にいた時のことだった。

一緒にカフェに立ち寄って、新作のドリンクを買ったあと、ブラブラしながら帰る予定だった。あたしはずっと気になっていた念願のそれが手に入って心躍るけど、燐は何も買わずに終了。せっかくなら、何か買えば良いのにと思いつつ、燐を見ればスマホを片手にあたしの写真を何枚か撮っていた。
そういえば、燐は些細なことでもこうやって写真に残す時がある。こちらにポーズを求めるわけでもなく、本当に日常的な場面を切り取ろうとする。二人で一緒に撮ることもあるけれど、二人よりあたしだけを撮ることの方が断然多かった。燐がそれで楽しそうならそれでいい。


燐が顔見知りの人だろう。


あたしが知らない人と顔を合わせるなり、燐から挨拶をしかけていた。話し方的にそこそこ話したことあるのかな、と思える印象。相手の方が明らかに歳上なのに、どこか低姿勢というか。二人の会話を大人しく聞きながらストローを口に咥える。


「俺っちは良いけど、名前は俺っちの可愛い嫁だからゴシップみたいに取り上げんなよ」
「ちょっと燐のもあたしはあんまり」


突然燐が言い出したゴシップの単語を聞いて、ハッとする。この人は記者か何かそういう仕事をしているのだろう。つまり、燐はこの人と仕事でそういう出会いをしたことがあるということで、あたしが把握してないってことはあたしたちがまだ会う前の話だろう。燐の自分は良いって言い方が引っかかって、ついあたしも口出しをしてしまったら、「良いんだよ」って諭されてしまってこれ以上何も言えなくなった。



それから予定通り二人で家に帰ってご飯を食べでいつものようにゆったり過ごす時間。
燐はグラスに氷を入れてお酒を注いで割ったものをのんびりと楽しんでいる。その横に座って燐に寄りかかってボーッと一緒にテレビを見るこの時間が好きだ。


「りーん」
「あ?」
「そういえば、日中に会った人って」
「あぁ」


テレビは可もなく不可もないバラエティ、ボーッと見る程度がちょうど良い内容で、真剣に見ていたわけではないあたしは、ふと日中のことを思い出して燐に聞いてみた。答えてくれるかはぐらかされるか分からないけれど、聞いてみないことには意味がない。そう思って尋ねてみたら、燐はすぐに察して「昔、インタビューしてきた雑誌の人」と答えてくれた。


「記者さんじゃないんだ」
「芸能雑誌な、俺がまだ新人だった頃だからだいぶ前だよ」


と、言うことはあたしが郷を出てからしばらくしてのこと、燐が郷を抜けてニキくんと会ってからアイドルになったばかりと言うことだから、単純に計算しても今より数年前のこと。あたしたちが互いを知らない期間のこと。
当時の雑誌は何年も前のものだろうから、バックナンバーを探そうともきっとない可能性の方が高い。燐はどんな質問を受けたのだろうか、それに何で答えたんだろう、どんなページだったんだろう、って疑問が浮かんでは消えていく。
燐に擦り寄って瞳を閉じて脳裏に浮かんだ言葉を口にせずにいたら、燐の方から逆に体重をかけてくる。
お酒の入ったコップを確か持ってたと記憶しているから、危ないんじゃないかなと思って顔を上げてみたら至近距離の燐の顔。その表情を見てあたしは思わず言葉を詰まらせてしまった。


「り、ん?」


だって燐の瞳がゆらゆらと揺れていて、気のせいでなければ涙を溜めてたから。

泣いてるの?と言いたいけれど、言葉にしちゃいけない気がしてなんとかそれを呑み込み、そっと燐の頬に手を添える。



「質問された内容に、恋愛観について聞かれた」


燐の声は消え入りそうな大きさ。



「表向きはアイドル目指してた俺だけど、ずっと名前がいなくなったことが受け入れられなくて、恋愛について何で質問するんだって思ってさ。恋愛するつもりはねぇって答えてた」
「うん」
「俺にとって大切な異性は今も昔も名前だけだから、他の誰と恋愛すんだって思えてよ。こっちはアイドル目指してて、故郷にいた時と同じようにみんなに合わせて受け答えなんざどうとでもできると思ってたのに、この時だけは取り繕うことができなかった」


まるで溜まった涙が溢れないように、燐は少しだけ震えた声でゆっくりと息を吐き出す。


「名前に会いたくて仕方なくって、今思えばプロ失格だなって思う出来だったんだわ」
「そっか」


燐の中の糸が切れそうになったみたいで、とうとう燐はあたしに身を預けるように抱きついて顔を隠してしまう。あたしは大きいはずなのに、小さくなってしまった燐の背中をポンポンと小さい子をあやすように撫でるだけ。
当時はあたしもいっぱいいっぱいだったけど、こうやって燐の気持ちを聞くとあたしの胸も苦しくなる。

時間がどんなに過ぎても、今は一緒にいられてもこの過去は変えられなくて、忘れられない記憶と感情だ。


「あたしにとっても大切な人は燐だけだよ」


大切に思える異性として好きなのは今も昔も変わらず燐だけ。昔からずっと一緒にいるのにこんなにも好きが募るのは何故だろうって思えるほどに、色褪せず飽きることなく好きになっていく感情。きっと燐も同じに思ってくれてると信じてる。だから、あたしの前だけで見せてくれる弱さも泣き顔も全部全部愛おしい。



「今も昔も俺の中でずっと名前しかいねぇから、ああいう質問に答えられるものは今もねぇよ。言うならぜーんぶ、名前一択だ」



あの時燐の言ってた言葉、最初は何のことだろうって思ってたけど合致が行く。あたしはこんなにも愛されているんだと実感させられると同時に、この愛を燐にいっぱいこれからも伝えていきたいと思う瞬間でもあった。



もし、あなたにとっての恋愛観を聞かれたとしたら、今ならきっと君の名前を胸張って言えるだろう。

だって自分には、君しかいないのだから、と。



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