企画小説


移動中の天気は正直あまり良いとは言えなかった。だけど、最後の最後に天が味方してくれたようで、移動手段として使っていた乗り物から降りてしばらくした時には雲の合間から日差しが差し込んでいた。


「晴れて来て良かったな」
「うん、傘持って来なくて正解だったね」


空を見上げて本当に一安心していたら、隣にいた燐も嬉しそうに笑ってる。その表情を見て、あたしまで嬉しくなるから本当に良かった。
今日は二人揃ってのオフ。いつもならのんびり過ごすけれど、今日は特別。昨日はなるべく可能な限り早く寝て、今日も朝早く起床して家を出た。ちなみに周りには朝早いというのに、人が多い。みんな同じ場所に向かって一直線に歩いていく。みんな足取りが早く気持ちが先走っているのが見てとれる。それもそのはず、あたしだってあたしたちがやってきたのはあの有名な夢の国だからだ。


「行くか」
「うん」


あたしも燐も周りの目を気にしての服装ながら、オフを楽しむための一歩を敷地内へと足を踏み入れた。


今日に向けて、たくさん調べた。たまにやっているメディアでの特集も見たし、ネットの情報も収集したけれど、楽しみ方がたくさんあって正直なところ、どう楽しむべきかから悩んでしまったほどだ。アトラクション、パレード、グリーティング、目的によって回り方も変わるとのことで、調べれば調べた分だけハイレベルなことまで出てきたりもして、初心者なあたしたちにはちょっと違うかなと思ったのが本音だったり。初心者としていろいろ楽しみたい気持ちはあるものの、アレもコレもと決めてもきっとこなせないだろうから、あたしたちはとりあえず最低限ここはやりたいを決めて過ごすことにする。


さすが絶叫系、スマホで待機列の情報をチェックしてみたけれど三大マウンテンと呼ばれる乗り物は待機列がすごい。ここは確かにオススメと書かれていたけれど、ある程度回ってからどれにするかを決めれば良いかな。と、いうことで真っ先に乗ったのは小さな人形たちが歌う中を船で回るものだったり、童話の世界を回る乗り物だったり。


「あ、これ」
「行ってみる?」
「ん、面白そう」


燐が目を止めたのは黄色いクマで有名なお話のアトラクション。ちょっと待機列はできていたけれど、結局どこも待たなければならない。燐が珍しく足を止めてまで気を取られたのたら乗るしかない。たしか、ハニーポットに乗ってハチミツ探しの旅をするという内容だったはず。自ユニットが蜂モチーフなだけにこれに惹かれたのかなと思ったら可愛い。


「クマ飛んでるじゃん!」
「わ、!」


ハニーポットに乗り込んだあたしたち。移りゆく景色は瞬きさえもったいないものだった。行く先々で黄色いクマがぷかぷかと移動していく、かと思えばオレンジ色のトラが出てきてピョンピョン跳ねたかと思えば自分達のハニーポットもピョンピョン飛び跳ねて驚かされる。これ、横移動だけじゃなくて縦にも動くの?!と予想外すぎて、思わず驚きの声をあげたら燐が横で笑ってた。
ハニーポットがクルクル、あっちへこっちへと移動を繰り返し、最終的にクマがハチミツを見つけて大喜びだったオチ。体が嵌ってるけどそれで本人が良いなら、良いのかな、ただ何となく既視感のような…と思っていたら、「なんかニキみてぇだな」と燐がいうものだからつい噴き出してしまった。ちなみに確かに、と納得の意味でである。



アトラクションやパーク内のテーマごとに分かれているから目移りするし、細かいところまで見てしまってはキリがないほどに無限に楽しめる。ところどころでキャラクターたちがいたりして、周りに人がいっぱい集まっていたり。一緒に写真を撮ってたりする人もいて良いな、と思ったけど、あんな人だかりの前で写真を撮ることはさすがにできないと思って諦めた。気づけば移動してやって来たのは三大マウンテンの一つであり、それを見てあたしと燐は次の乗り物をこれに決める。キャーキャーと上がる声は楽しそう。三大マウンテンの中でこれは落下型らしい。絶叫系は未経験ということもあって、これが果たして怖いのか楽しめるのかも未知数だが、事前の恐怖心はあまりなかった。待機列の間も次にどこに行こうか、何を食べようかと二人でスマホとマップを見比べたり。みんな同じ方向を向いて列を成してるおかげで、前の人が後ろをわざわざ振り向くこともなければ、後ろの人があたしたちを覗き込むようなこともしない。だから、人がどんなに周りにいようとも二人でくっついて話している光景はきっと他のカップルとあまりわからないだろうし、バレる心配もあまりしてなかったり。まあ、バレてしまった時はその時だと開き直るしかないのだけれど、やっぱり周りの目を気にして楽しむのと気にせず楽しむなら、気にせず楽しみたいのだ。


やっと自分達の番になって、座ったのはまさかの前から二列目。キャストさんが「お手荷物や手元に気をつけてくださいね」と誘導してくれる。そういえば、乗り物に乗るたびにキャストさんたちだけはしっかりとあたしたちの顔を見ているはずなのに顔色も変えずに他の人たちと同じ対応をしてくれる。バレてない?と錯覚するほどに、だけどそんなことはないはず。ここまでいろんなキャストさんたちと絡んできたけれど、そこまで無名ではないと思ってるからこそ、ここのパークのキャストさんたちの質の高さを改めて実感した上で感謝した。


「怖い?」
「わかんない、けどドキドキしてる」


キャストさんたちの対応に感動していたあたしを怖いと思ったらしい燐が声をかけてくれる。その優しさにあたしはドキドキよりもこの時だけは嬉しさに頬が緩んだ。


と、いうのもほんの数分前の出来事。


お互いに余裕があった、恐怖心がなかったのも事実だし、どんな感じかというワクワク感もあったけど、今は違う。


「ちょっと、これは聞いてなかったなぁ」


乗り物自体は良かった、急落下したり楽しかったのだけれど、完全にサーチ不足だった出来事が起きていて笑うしかない。


「めっちゃ濡れたじゃん」
「燐も髪の毛ぺしゃってなってる」
「あーどうすっかな」


そう、まさかの水濡れアトラクションだった。乗ってる最中に思いっきり水を被り、驚きありつつその時はもうその瞬間瞬間を楽しむことに没頭していて気付かなかったが、乗り物が再び発車地点に戻るため緩やかな走行に切り替わった時、段々と頭が冷静になり今がその時。お互いに、頭から服まで見事濡れてしまい、髪の毛も服も体に張り付いている。燐の崩れた髪型を少しでも、と思ってちょっとだけ前屈みになってくれた燐の前髪を指で掻き分けてあげながら、うーんとうわ言のように考えてますな声を漏らしていた。たまたまだ、目についた他の人たち。それを見てあたしは一つの提案をする。


「かわいい…!」
「名前も似合ってんじゃん」


二人でお店に入って買ったのはパーク内限定のTシャツだ。被り物はさすがに、って思って買ってなかったけれど、今回は不可抗力な水濡れにより対策を余儀なくされて行ったのはお着替え。燐は緑色をベースに男の子キャラクター、あたしは紫をベースに女の子キャラクターのTシャツをそれぞれ購入。ポップで鮮やかな色使いがされていて、普段なら着ることを悩むこのデザインもこの場所だから着れるものだろう。服は乾いたし、髪も自然乾燥である程度乾き始める。なんなら、燐は一緒に買ってあったやっぱりここじゃなきゃ使えないデザイン性のあるサングラスもちゃっかり着用しているのだけれど、それがまた似合っていた。


「うっしゃ!んじゃ、次また行くか」


最初来た時もワクワクしていたけれど、アトラクションに乗ってちょっとしたハプニングに見舞われて着替えを挟んだこともあり、より何かが吹っ切れた気がする。心のどこかでやっぱりお互いに人目を気にしたりしてたのかもしれない。燐は着替えて気持ちもリセットされたかのように、あたしに手を差し伸べてくれるから、


「うん」


あたしもそれに応えるために喜んで燐の手を取った。


陽が落ちるまで、自分達のしがらみも忘れて年甲斐もなく時間を忘れて遊び回ったし、パレードを見て一緒にキャラクターたちにもいっぱい手を振った。バケットと味にめちゃくちゃ悩みながら、最後の方でポップコーンやお土産を購入。ちなみにひーくんにもお揃いで同じシリーズのTシャツを買って行ってあげたらすごい喜んでくれてたし、ニキくんがすぐにポップコーンをペロリと平らげてしまったことに笑ったのは予想通りの出来事だったりする。


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