お忍び花見



仕事に向かう途中、暖かくなって公園に小さな蕾から広がりを見せる桜の木々が目につく。風に揺られて舞う花びらは、春の訪れを実感させるにはとても十分だった。世間はお花見ムード。気温も上がってきて、晴れていれば良いお花見日和だ。しかし、あたし自身迂闊な行動は取れないので、諦めるべきかとうーんと唸る。けど、できるなら諦めたくない。



「あ、そういえば」


一つだけ、思いついた。
これなら、大丈夫だといいな。















「オシャレなとこじゃねェの」
「イヤじゃない…?」
「ン〜、むしろイイっしょ。ただよく知ってたなァって思ってな」
「この前仕事でね。ねえ、チーズの盛り合わせとか自家製ピクルス美味しそうだから頼みたいな」


ダウンライトで、薄暗い店内。かろうじて同じテーブルに座る人たちの顔は認識できるが、他の座席の人たちは人影しか認識できず、顔までははっきりと見えない。

クラフト紙のような触り心地のメニュー表に並ぶ料理を眺めて、何を食べるか決めていく。このお店は、先日仕事の打ち上げと称してやってきたカフェバーだ。こじんまりとしたお店で、落ち着いた雰囲気の店内はダウンライトの効果もあってだろう。平日ということもあり、店内の人はあまり多過ぎず、ところどころ空席があるが、予約と要望を出しておいたので、窓際の席を準備してくれていた。


「花見したいって言った時はどうすっかなァって思ったけどよォ…よく思いついたな」
「だって、せっかくならゆっくり楽しみたいから…」
「ありがとな」


肘をついて笑みを浮かべながら、あたしを見つめる燐にやっぱアイドルなのに迷惑だったかな…って考えが脳内を過ぎる。けど、そんな心配とは裏腹に、燐は優しく頬を撫でてくれる。


「夜桜もまた普段と違ってキレイだしな」


そう言って外に視線を移せば、窓の外に広がる桜並木。店は川沿いにあるのだが、その川沿い並ぶ桜は街灯に照らされていて、日中とはまた違った美しさを醸し出している。

そう、花見をするために思いついたのは夜桜を楽しむこと。あたしも燐も成人済みでお酒も嗜むわけで、特に燐はお酒も好きだし、食べ物はパスタやピザが好きらしいから、このカフェバーならダウンライトで店内も明るくないし、メニューに関して言えばクラフトビールもあるし食べ物もそういったものが揃ってるのでぴったりだと思った。


「こういうお店は優希の方が詳しいよな」
「たまたまだよ、仕事で知る機会があるだけだもん」


クラフトビールのメニューを眺めながらボソリと燐が呟く。本当にたまたまだ。たまたま、打ち上げやら撮影やらで来る機会があるだけ。けど、何やら浮かない表情の燐を不思議に思っていれば、メニューを見つめていたはずの燐の目と視線が交わる。


「仕事で来てンならいいけどよォ…、あまん妬かせンなよなァ」
「そんなに信用ない…?」
「ンや、心配なんだよ」


そんな心配しなくても、あたしはちゃんと燐のものなのにと思ったけど、あえて言葉にはしなかった。




    







「ふふん」


お店でクラフトビールを楽しめたし、美味しい料理も舌鼓して気分はふわふわして気持ちいいものだった。お店を後にして川沿いを歩けば、街灯に照らされる桜が少し儚くて美しい。ひらひらと舞う花びらがより儚さを引き立てる。


「あんま、勝手に先行くなよ」
「ん〜だいじょーぶ」
「大丈夫じゃなさそうだから、言ってンだけどな」


ふわふわと気分はいいが、燐が思ってるほどそんなに酔ってないよと思う。でも燐はいつだってあたしが思う以上に心配してくれるし気にしてくれる。そんな思いも嬉しいことだから、あたしは素直にそれに従うだけ。数歩後ろを歩く燐の元に小走りで近づいて、そのまま胸元にダイブした。


「っと」


突然のことでもしっかりと抱き留めてくれる燐にギュッと擦り寄った。優しく撫でてくれる手が心地よくて、あぁ幸せだなと実感させてくれる。


「燐」
「ンー?」 
「来年も、一緒にお花見しようね」


そっと燐から離れて思いを言葉に乗せて呟いた。燐は一瞬キョトンとするも柔らかく微笑んで目を細める。


「来年とは言わずに毎年しような」


夜桜をバックに視界に入るその姿はあまりにも儚くて美しくて、誰にも見せたくないなと思った。来年も、と言える幸せを噛み締めながら。

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