喪失と昏睡の後で



目を覚ましてから、改めて精密検査を終えて、異常がないことは確実となった。しかし、眠っていたことによる筋力の低下など、まだ無茶は控えるようにとのことで、自宅療養を言い渡された。


「…ん」


自宅療養という名の待機を命じられて、引きこもっているのだが、今の現状といえば向かい合うように抱きしめられたまま身動きの取れない状態である。肩口に顔を埋められているため表情は見えないが、見慣れた赤い髪の毛が頬や鼻に触れてくすぐったい。


少しだけ自由の効く手でその髪を撫でてあげれば、気持ち良さそうにもぞもぞと動きながら擦り寄ってくる。


「おいコラ、いい加減離れろ」
「むっ、久々の姉さんなんだよ」
「久々の姉さんは俺っちの嫁ってことわーってンのか…?」
「もちろん!」


澄んだ曇りなき瞳で肯定するひーくんに、燐はおそらく口元を引き攣らせてるだろう。何ゆえ、あたしの位置からでは後ろに立っている燐が見えないのであくまで憶測でしかないが、なんとなく察しはつく。

あたしが目を覚ましたことにより、同じく心配してくれていたひーくんが会いに来てくれた。出迎えて早々に抱きしめられてから、ずっとそのままである。あたしが動かないでいれば、突然密着していた体を引き剥がし、目が合うと安心したようにまた抱き締めてくる。元々、一緒に家にいた燐もひーくんが気にしていたことを知っていたので、深く何も口出しをしなかったのだが、さすがに痺れを切らしたのは声色ですぐに理解した。


「お兄ちゃんのなんだけど」
「でも、僕の姉さんでもあるよ」
「ッそれは…!」
「ま、まぁ2人とも待って…!」


何やら、兄弟喧嘩のようなものになりかねない、いや、むしろ燐が一方的に怒りを露わにしそうな雰囲気だったので、仲裁のための言葉を投げる。昔はこんなことなかったのにな、なーんて思い出しつつ、少しだけ上半身を自由にしてくれたひーくんが不思議そうな表情であたしを見つめてきた。頬を優しく撫でてあげれば、嬉しそうに目を細めてくれてそれがまた可愛らしいとお姉ちゃん心を擽られる。


「姉さんに触れると落ち着くんだ」
「落ち着く…」
「小さい頃困った時、辛い時、嫌な時、いっつも姉さんが優しく抱きしめてくれて、気づいたら気にならなくなってたからね」







「今回姉さんがたくさん悩んでたみたいだから、僕も同じようにギュッてして姉さんの嫌な気持ちをなくしてあげたくてね!」


だから、もう少しこうしてよう!なーんて眩しいぐらいの澄んだ笑顔で言うものだから、胸の内が熱くなる。ひーくんは、ひーくんなりにあたしのことを気にしててくれて、心の内の何か抱えているものに気づいていたのだろう。昔あたしがやってあげたように、自分も同じことをしてくれていたのか。あの頃はあたしよりも小さな体ですっぽりと収まっていたのに、今ではあたしよりも背は伸びているし男の子らしくがっしりとしてしまい、もうあたしの腕の中に収まらない。

むしろ、あたしがひーくんの腕の中に収まってしまう状態だ。


「ひーくん、ありがと」
「姉さんのためなら」
「ほんと大きくなっちゃって。でもそろそろ、燐が本当に怒っちゃうから離れようか」
「…優希」
「むっ、兄さん怒らないでほしいな!」
「誰のせいだよ…」



昔の自分もひーくんみたいになんでも言葉にして行動してたのにな。大人になるにつれ、いろんなことを知り、気にするようになり、それが気付けば自分を塞ぎ込ませてたんだなと実感する。ひーくんみたいに変わらず、素直な気持ちを表してくれるのに、なんであんな夢を見てしまったんだろう、と自責の念がぐるぐると渦巻く。ふと、頬に柔らかい感触を感じて視線を流せば、少しだけ不安そうな表情を浮かべたひーくんの顔がかなり近い位置にあって息を飲む。


「姉さん、僕ももう姉さんより強くなったから」
「ひーくん」
「兄さんのことも僕のことも頼ってほしいよ」


「だから、そんな顔をしないで」と口にする。正直、抱え込むことはもはや癖になってしまって今すぐ変えられることじゃないけれど、


「…うん…、ありがとう」


少しずつまた変わっていけたらいいなって思えるんだ。


「一彩」
「なんだい、兄さん」
「さりげなく、優希に何してンだよ」
「昔、姉さんがやってくれたみたいに接吻を」
「ひーくんも燐も一回静かに…!」

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