喪失と昏睡の傍らで



「休んだほうがいいっす」
「ここを離れない」
「寝てないのでしょう、体を壊しますよ」
「優希が目を覚まさない事のほうが、どうにかなりそうだ」


仕事の合間を縫って、つきっきりで優希のそばに訪れる。ニキやメルメルにいろいろ言われもした。
けど、俺はここを離れるわけにはいかない。

だって、優希の目が覚めたとき、独りぼっちだったら、きっと優希はまた泣いてしまうだろうから。


だから、俺はなるべくそばにいてやりたい。


アイツに言われて気付くってのは、癪だけどなァ…。







あの日、







「ッつ…、優希…大丈夫かッ…」

階段から転落した、身体中に痛みを感じながらも自分のことより一緒にいた優希の安否をまず確認した俺の目の前に広がるのは、ぐったりと床に身を預けて目を閉ざしたままの優希の姿だった。


「…優希…、優希…?優希ッ…」



あの日から、俺の世界の色はまた消え失せる。




病院に運ばれ、診断としては脳震盪でありすぐ目を覚ますと言われていた。けど、そんな診断とは裏腹になかなか目を覚まさない優希。手を握っても感じる体温も見た目も何も変わらないというのに、その瞼が開くことがなければ、俺を映すことだってない。




俺たちが階段から落ちた理由は、前に優希を襲った腐ったプロデューサーが逆恨みによる行動だった。一度は絞めたはずなのに、懲りずにまたやらかしてきやがった。前回がぬるかったのだろう、と思うことにして完全に奴の居場所も何もかも潰してやった。

そんなことをしても優希は何も知るよしもない。昔ゴミ捨て場で見かけた絵本にあった内容を思い出す。眠る優希の唇にそっと自分のそれを重ね合わせてみるが、絵本の話のように優希が目を覚ますことはなかった。


「所詮、作り話だよな…」
















優希が目を覚まさないことが段々と受け入れられなくなってきて、仕事のスケジュールをめちゃくちゃ入れた。ニキたちには案の定心配されたけど、知らねェフリをした。何かに打ち込んで忘れたかったのかもしれない。休む間もなく、仕事、仕事、仕事をこなす日々。

仕事と仕事の合間にベンチに座ってペットボトルの水を口に含み、僅かながらの休息を取っていた。

本来ならば飯を食ったほうがいいのだろうが食欲はない。優希は目を覚ましただろうか…、と考えるもなんの音沙汰もないってことは、そういうことなんだろうと捉えて考えることをやめた。




「オマエ」


目の前に人がいるなんて気づかなかった。突然声をかけられて、俺は見上げた視線の先の人物を認識した瞬間に目を細める。普段の生活の中で基本的には接点のないはずなのに、よく見知ったソイツは憤然の表情を露骨に浮かべて立っている。


「なんで優希のところ、行かないんだよ」
「…」
「自分だけ悲観ぶってるのか」
「ぁア…?、」



カチンときた。コイツは何を見て、そんなことを言ってるのか、そんなことを言われなきゃならないのか。言われる筋合いのないことを言われて、思わず立ち上がってそいつの胸ぐらを掴む。俺よりも全然低い位置にある目線は強い視線で物怖じもせず、俺を射抜く。


「優希は弱い…、優希は絶対今頃一人で悩んでる」
「…」
「優希…苦手なんだ…一人で寝るのが…夜が…一人を実感する時…いつだってイヤな夢を見るって言ってた…」
「…ッ」
「思い出すって、出て行った日のこと…リンと離れたこと…、優希はいつだって自分のせいだって悩んでた…」




「おれは真実を知らない、けど。オマエたちを見ていて、優希が考えすぎなのも知った、アイツはそういうやつだ。オマエだって知ってるはずだ、なのに優希をオマエは一人にするのか」


胸ぐらを掴んでいた力が自然と緩む。コイツは優希のことを理解していることを痛感させられると同時にハッとする。

俺が優希のことを受け入れられず、仕事を入れることで忘れようとしていた。見ないようにしていた、優希がどう思ってるかも考えずに。



もしもこのまま目が覚めなかったら。

このまま優希は俺を認識しないままだったら…。

例えそこにいても、離れていた時とは別のもどかしさが心を埋め尽くす。

そんなことばかり考えて逃げていた。コイツの言う通り、ただ俺は悲観的になってた。



「優希のそばにいるべきだぞ」
「…悪かったなァ」


掴んでいた胸ぐらを解いて、素直に謝罪の言葉を述べれば、さっきまでの表情と打って変わって、困ったような笑みを浮かべる。


「おれは、優希のいうリンじゃない。おれは騎士であって優希の王子様でもなければ君主でもない」
「ハハッ、たしかになァ…。ありがとよォ…“レオくん”」

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