喪失と昏睡3



ひーくんに言われた言葉に対して、あたしは何も言えなかった。

「わかった」とか「嫌だ」でさえ言えなかった。

肯定すれば、燐といれなくなる。
否定すれば、燐だけでなくひーくんまでも悩ませる。

あたしがわがままを言う資格だってないはずなのに、何も言えないのはあたしには肯定する勇気も否定する度胸もないから。



ただ、気づけばあたしはひーくんから背を向けてその場から逃げるように立ち去った。




なんでこうなってしまったんだろう、そう思っても変えられない現実。そばに居るばっかりに、燐に迷惑をかけて嫌な思いをさせて、そばにいない方がいいのでは、と何度も考えては手放せないのは自分の方だ。ぐるぐると同じことばかり考えて答えは見出せない。




廊下を歩いて曲がろうとした時、燐の声が耳に入る。いつもなら気にしないで、曲がって顔を合わせるのに、それができずに気づけば足を止めてしまった、まるで隠れるように。

今思えば、隠れなければ聞かなくてもよかったのかも知れない。


けど、そんなことを今思っても遅いのは明確で。



「おね〜さん結婚しよ」


いっそのこと、あたしの記憶も消えていればよかったのに。記憶がないとは言え、聞きたくない言葉だった。


全身の力が抜けて、頭の中は真っ白。悲しみや寂しさより、心の中を占めるのは虚無だけだった。




涙は出なかった、力も入らない。今自分がどこにいるのかも、何をしてるのかも分からない。こだまするのは、さっき聞いたばかりの燐の言葉。視界に入ったのは燐とあんずちゃんだった。燐はあんずちゃんに言っていた。あんずちゃんがどんな返事をしたのかは知らない、その前にその場を立ち去ってしまったから、返事は聞きたくなかったから。けど、


「燐のそばにいる理由も、思い出してもらう理由もなくなった…」


燐は今の生活のその先を見出そうとしてる。眩しいぐらいの楽しそうな笑顔を浮かべて。記憶がなくなっても何不自由なさそうな表情。それもそうだ、あたし一人の記憶がなくっても支障なんて何もないはず。


支障があるのは、あたしの方だ…。



気づけば、視界が歪む。ぐらりとしているのは自分の体と気づく。

あぁ、そういえば、食事らしい食事をしたのはいつが最後だろう…。

何も楽しさを感じられない一人の食事は味気ないもので、食欲すらわかないことを理由に食べていなかった気がする。他人事のようにそんなことを考えながら、そこであたしは意識が途絶えた。
















あたしは今寝ているんだな、と何故か自分のことを他人のように理解していた。真っ暗な世界の中で、ポツンと膝を抱えて座ってる。まるで、里を出たばかりのことを思い出させるように。


自分は一人なんだ、
甘えてはいけない、
頼ってはいけない、
大切なものを作ってはいけない、


さみしい、
くるしい、
つらい、
あいたい、


けど、会えない。


ぐるぐるといろんな感情が渦を巻いている。


「休…だ…がいいっ…よ」
「こ…を…ない」
「…て…いの…し…う、…を…しま…よ」
「…のほ…が、ど…に…な……うだ」


燐の声がする。


大好きな燐の声。



安心する、けど、今聞くと胸が苦しくなる。燐が辛そうな声に聞こえるのは…、なんで…。



あんなに楽しそうに笑っていたのに、あたしのことをわからなくても、燐は眩しいぐらいの笑顔だったのに、

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