喪失と昏睡



ES内のとあるスタッフたちに一本の速報通達が入った。

ES内の階段で転落事故が起きた。


落下した人物は二人でどちらともESに所属するアイドル


その人物の名は、



COSMIC PRODUCTION所属 Crazy:B 天城燐音

NEW DIMENSION所属 水城優希









優希が目を覚ました時、目の前に広がるのは白い天井だった。何度か瞬きを繰り返し、自分は何故こんなところにいるのか、自分は何をしていたのかと記憶を辿る。上半身を起こせば、頭にズキっと痛みが走った。


「っつ…」


クラクラする頭を抱えていれば、意識を飛ばす前の記憶が蘇る。


「っ、り、」


(そうだ、あたしは燐と階段から落とされてっ…)



優希は慌てて部屋を見渡すが、どうやら一人部屋らしく周りには燐音の姿もなければ、情報となりうるものも何もない。まずここが何処かもわからないのだ。


「あ、良かった。目が覚めたのね」


扉が開き、優希の前に現れたのは看護師さんだった。その姿を見て、優希はここが病院だということを悟る。












お医者さんに全身の確認をされて、異常ないと診断さ、ホッとする。それから、話を聞きつけたマネージャーが駆けつけて、あたしを迎えにきてくれた。マネージャーには、事が事なだけに、まっすぐ帰るべきだと言われたけれど、あたしには確認したいことがあったから、無理を言ってESに戻ることに。


スマホなどの貴重品はマネージャーが持っていてくれたので、それを回収してあたしはエレベーターに乗り込んだ。向かうのは、7階にあるニューディの事務所、ではなくコズプロの事務所がある18階。ドクドクと嫌な心臓の音が鳴り響いて気分が悪い。息をするのに、先生からも問題ないと診断を受けたはずなのに今の体調と言えば、最悪なぐらい気持ち悪くて仕方ない。


「っ、はやくっ」


手汗を握り、今いる自分の階を知らせるライトを目で追いながら、今か今かと気持ちを走らせる。やっとの思いで、18階に着いた音がエレベーター内に響き、扉が開くと同時にあたしは勢いよく飛び出した。


コズプロの事務所入り口で、何処に行けばわからず右、左とキョロキョロしていれば、見知った顔があたしの視界を捉える。


「ニ、ニキくんっ!」
「優希ちゃん?!目が覚めたんすね…!」
「ニキくんっ、そんなことより、り、燐はっ」
「あ…、燐音くんっすか…、えっ、と、燐音くんも無事っすよ」
「燐はどこっ…!」


燐と同じメンバーのニキくんは、あたしの姿を見るなり驚きと安堵の表情を浮かべてくれる。やっぱりメンバーには今回の事件は行っていたようで、話が早くて助かった。ニキくんの両腕を掴み、揺さぶりながら燐の行方を問い詰めれば、ニキくんは突然歯切れが悪くなる。なんなら、視線も逸らされた。言葉と行動が噛み合ってなくて、あたしの中の不安は拭いきれない。



「えっと…、優希ちゃん落ち着いて聞いて欲しいんすけど」
「なんだァ〜、ニキきゅんはナンパ中かァ〜?」
「ちょっ、燐音くんっっっ?!」



あたしを宥めるように諭すように話すニキくんから出る言葉を一字一句聞き漏らさんと思いつつ、耳に全神経を集中させれていれば、あたしがずっと気になって仕方なかった燐が何事もなかったように笑いながらやってきたではないか。ケラケラと笑いながら、ニキくんに話すその姿はいつもの表用の顔であり、何やら慌てるニキくんを気にするわけでもなく、肩に腕を回してちょっかいをしかけていた。


「り、燐っ、体調は…ッ」
「ア〜?」


あたしが声をかけて初めて燐と目が合う。パチっとあった視線だが、何か違和感を感じた。いつもと違う…、何がと言われて何が違うのかまでは言葉に言い表せない。けど、燐はあたしに見せたことのない眼をしているのは確実だった。


「誰だ、てめェ」


息がヒュッとしたのを感じた。一瞬何を言われたのか分からなかった、理解できてからもなんの…、燐は何をこんな時に…、悪い冗談なのか。と思うが、燐は眼を細めてあたしを見る。それはまるで知らない何かを見定めるような視線。喉は乾き、心臓の鼓動が早まるのを自覚する。


「り、ん…」
「おねーさん、俺っちと初めましてっしょ!まぁ、俺っちのこと知ってるみたいだけどよォ…。コズプロの新しいアイドルとか?」


パッとアイドル仕様の笑顔を浮かべる燐はさすがプロ、と感心したいところだけど、今のあたしにそんな余裕はない。ペラペラと出てくる言葉は何度もあたしの頭を鈍器なもので殴られたように感じる。


ニキくんは苦虫を潰したような表情で燐から目を逸らし、黙ったまま。それがまた、あたしにとって現実だと突きつけられていることを実感させられた。



燐の中に水城優希という存在は微かも残っていないのだ。

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