小さな手と君の笑顔



※燐音視点
※幼少期


物心ついた時から、周りからは“燐音様”と呼ばれるのが当たり前だった。まだ一彩が生まれる前、母上のお腹は大きくなっていて、稽古を終えた俺は母上の身の回りの手伝いをしていた。里の中を歩いていれば、母上と俺を呼ぶ声がする。ふと、視線を送れば見知った女が俺たちを見て、微笑んで立っていた。


「燐音様、皇后様のお手伝いですか」
「ふふっ、そうなの」
「さすがですね、燐音様」


確か、女は水城と言ったはず。母上に聞いた話では、里の神楽の使い手。儀式、祭などで舞を踊る時に必ずいる人だった。母上に「今日は、燐音様にもご挨拶したくて」と話しており、母上は母上で「あら、いらっしゃったのね」と何かを見て笑っているが、一体なんのことだろうか訳がわらない。


「ほら、燐音様にご挨拶しなさい」


ここでずっと俺は自分よりも高い位置にいる大人たちにしか視線を向けていなかったことに気づく。と、言うのも水城の足元から、自分と背丈があまり変わらない女の子がひょっこりと顔を覗かせる。

里の衣服に身を包むその子は、初めて見る子で水城の足にしがみつきながら、俺のことをじっと見つめる。


「燐音様、私の娘の優希と言います。燐音様のひとつ下なんですよ」
「そうなんだ、優希…」


優希と言った名前を口にすれば、少しだけ彼女の目が見開いた気がする。が、先ほどから何も言わないので、正直何を思ってるのか、逆にわからなすぎる。


「優希…?」


水城も不思議に思ったのか、名前を呼ぶが変わらず反応はなく、俺もどうするべきなのか悩んだ時だった。優希は水城から手を離して、隠れていた足元から出て歩み寄って来る。その瞬間、何もないところで突然優希の足元が躓いてしまい、前に体が傾いた。


ボフッと音を立てて優希は、目の前にいた俺の胸に飛び込む形で倒れ込み、突然のことに俺の纏っていた衣服を思いっきり鷲掴み。それを見ていた母上は呑気に「まぁ!」驚きの声を上げていて、それとは真逆なのが水城であり「優希?!?!燐音様?!?!」とあわあわと視界の端で動くのが見えた。


「燐音様っ、大丈夫ですかっ…?!」
「え、あ、うん…。俺は大丈夫…」
「申し訳ありません…!優希っ、ほら、早く燐音様から離れなさい…!」


水城は、抱きついたままの優希の背中をぽんぽんと叩いて俺から離そうとするが、優希は変わらず動く気配がない。突然躓いて、そのまま顔面から飛び込んで来てしまったので驚いて状況がわかっていないのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えを巡らせていれば、突然ガバッと顔を見上げるものだから、次は俺が驚いた。


「り、ん」


さっき躓いだことも、俺に飛びつく形で倒れたこともまるでなかったかのように、へらりと笑って俺を見てくる。さっきまでの無表情も嘘みたいに、あぁ、この子はこんな風に笑うのかと思った。


「優希…!燐音様と呼びなさい…!」
「りーん…?、」
「ちがいますっ、優希」
「いや、いいよ…。水城」


水城は慌てて、優希の呼び方を訂正しようとするが優希は違いがわかってないのかキョトンとしている。だけど、俺が静止の声をかければ、水城はまた驚きの反応を見せた。だから、母上に「いいよね、?」と聞けば、母上は「燐音が良いのなら、それで構わないですよ」と言ってくれる。


「りん、」
「優希、よろしくな」
「うんっ」



名前を呼べば、また嬉しそうに眩しい笑顔を向けてくれた。




今思えばこの時から俺は優希に惹かれていたんだろう。


里では、みんなが俺を当たり前のように“燐音様”と呼ぶ。

そう呼ぶくせに、自分よりも上から見てくる大人たちの目線がどうも好きになれなかった。


でも、この時、初めて俺は俺より下の位置から、こんなにも近くの位置で俺の名前を呼んでくれた優希に胸が熱くなった。


躓いたと言う理由とは言え、一人で立ってられず、俺にしがみついて立ってる優希のその手が純粋な意味で、天城燐音ではなく、ただの燐音自身を見てくれている人がいる、今現在も必要としてくれてるんだなと実感する。



だからこそ、俺は優希を大切にしたいと思った。俺自身を見てくれている優希を、この手を、優希がいるこの場所を守らなければならないと自分の存在価値と今後を自覚した瞬間だった。

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