まだ知らない未来



ある撮影の仕事が入った。仕事の内容は割とよくある内容でオファーにより入ってきたものである。オファーをしてくれた相手は業界で有名な男性プロデューサー。



「優希ちゃん、お疲れ様」
「お疲れ様です」


撮影はトントンで進んでいた。スケジュールを押すことなく、許容範囲内での時間が過ぎていった。撮影も無事終わり、スタッフの皆さんからお疲れ様でしたと声をかけられる。それは撮影スタッフだけでなく、必然的にオファーをくれたプロデューサーからも声はかかった。


「やっぱり、優希ちゃんを選んでよかったよ」
「それは良かったです、ありがとうございます」


笑顔を顔に貼り付けて、やってくるプロデューサー。正直、あたしはこの人が苦手だった。今回初めての仕事だというのに、何故こう思ってしまうのか。それにはちゃんとした理由がある。あたしは別に興味はないけれど、この業界だ。嫌な話だって耳に入るもの。



「また、機会があったら、よろしくね」
「はい、その時は是非…」


(あってほしくないな…なんて言える訳がない)


というのが本音だった。











前回の仕事から数日が経ち、あたしは打ち合わせでESに来ていた。あたし個人の仕事であり、マネージャーに関しては先に打ち合わせ場所に行っているということもあって必然的に一人である。そういう時に限って、ことは起きるものだ。


「やあ、優希ちゃん」
「プロデューサー…こんにちは」


あの日以来、初めて例のプロデューサーと鉢合わせてしまう。またあの貼り付けたような笑顔で、だんだんと縮まる距離。気づけば、パーソナルスペースにまで入ってきていて正直今すぐにでも逃げたいと本能がサイレンを鳴らす。しかし、あたしにはそんなこともできず、あわよくば誰か通らないかな…と願ってもそれも叶わず。


「優希ちゃんにこの前やってもらった仕事ね、すごい好評だったんだよ」
「ありがとうございます…、」
「それで、次に大きな企画があってね。是非、優希ちゃんにお願いしたいと思うんだけど」
「え…っ、と」
「だから、今度…どうかな?」


肩を握られ、囁くように放たれた言葉が、吐息が。伝わる体温が、全てが気持ち悪い。このプロデューサーが何を言ってるのか、何を意味しているのか。


振り払いたい、けれど体が動かない。どうしようどうしようという言葉しか浮かばない。何も言わないあたしを良いことに、プロデューサーが更にあたしの頬に触れる。頭が真っ白になっていた時、「優希さん?」と不意に聞き覚えのある声があたしの名前を呼んだ。その瞬間に意識がハッとして、声がした方を見たら、そこにいたのはHiMERUくんだった。


「優希さん、探しましたよ。打ち合わせの時間に遅れてしまいます」
「…ぁ、え、っと、ありがとう…」


HiMERUくんは、チラリとプロデューサーの方に視線を向けたがすぐにあたしに視線を戻して淡々としゃべる。言われてる言葉を咀嚼しきれず、完全にHiMERUくんからの言葉にそれらしい言葉で返した。目の前での会話を聞いてプロデューサーは、少しのため息をつくと「また話の続きは今度ね」と言葉を残して去っていった。


(助かった…HiMERUくんが来なかったら…)


考えただけで、ゾッとする背筋。いなくなったことにより、新鮮な酸素が体に取り込まれていくことを自覚し始めて、今まで呼吸すら忘れていたのではないのか…と思ってしまった。


「ありがとう、HiMERUくん」
「いえ、HiMERUは優希さんが来ないとマネージャーさんたちも困ってますので」
「あれ…、そういえばなんで打ち合わせの事知ってたの…、?」
「先程、優希さんのマネージャーさんとお会いした時に聞いたのです」


時間、本当に間に合わなくなりますよ?と言われて、スマホで時間を確認してみたら、打ち合わせまでもう時間があまりなかった。それはそれで吃驚せざる終えず、あたしはHiMERUくんにドタバタで改めてありがとうと述べてその場を後にした。


(今日のこと…HiMERUくん、燐に言ったりするのかな…)


燐に知られたら、燐はどう思うのかな、という気持ちを抱えながら、結局この出来事はマネージャーにも言えず、時間だけが過ぎていった。

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