VD2021後編



※燐音視点


いつものように、鍵穴に持っていた鍵を差し込んで開けてみれば、まだ誰も言えない薄暗い部屋の光景。スマホを一旦取り出して見るも、真新しいメッセージ通知があるわけでもないため、とりあえずいつものように上り込んだ。



勝手に取り出したミネラルウォーターのボトルのキャップを捻り、口付ける。冷えたそれはゴクゴクと喉の音を立てながら体に取り込まれていく。
多分、まだ時間はしばらくあるだろう。なんとも言えないモヤモヤした気持ちを抱えたまま、時が過ぎるのを待つことにした。





あれから、どれぐらあの時間が経っただろうか、不意に扉がガチャガチャと鍵を回す音が耳に入ってくる、俺はその音を待ち望んでいたために、平常心を保ちながらも流行る気持ちで玄関に足を運ぶ。鍵を回し切る音の後、ドアノブが回転し、キィ…と鳴りながら目の前で扉が開く。開いた先には、ずっと待ち望んでいた優希の姿。優希が俺の存在を認識する前に、俺は片手をやや乱暴に掴んで自分へと引き寄せた。

突然の出来事への驚きと俺の存在を認識してまた目を見開き、優希が今自分の置かれている現状の把握のための脳の処理が終わる前に逃げられないように思いっきり腕の中へと閉じ込める。


「…り、ん…?」


腕の中でもぞもぞと動く優希は、なんとか顔を出して、不思議そうに俺を見る。俺がなんでこんなにもモヤモヤしているのか、なんてきっと知らないだろう。そう思ったら、モヤモヤが更に大きくなった。この気持ちを全て出したら、楽になるかもしれないけれど、そんなのは所詮押し付けであり、曝け出すのが何よりも怖い。グルグルと自分の中で更に感情が入り混じり、言葉に入らぬことまで吐き出しそうで、それが嫌で優希の唇に噛み付くように口付けた。


「ンッ…」


まさか突然キスされるなんて予想ついてなかった優希は驚きで目を見開く。そのまま口を割って入れた舌を絡ませれば、段々と目をとろんとさせて、力が抜けていくのがわかった。口を離すころには、完全に頬は紅潮させて肩を動かして酸素を取り込もうとする。一人で立つのが難しいのか、抱きしめていた腕にしがみついていて、たまらなく愛おしさが込み上げてくる。


「っ…り、ん…どうしたの…?」


優希は気づいてないのか、気にしてないのかわからないが、口の端から流れた唾液がいやらしくて、頬に右手を添えて親指で一拭いをし、そのまま目蓋にチュッとキスを落とす。


「俺のは…?」
「…なにが…?」
「…バレンタインの」


優希は一瞬、目をぱちくりさせるも、すぐに意味合いを理解したのか、添えていた右手に自分の手を重ねてきた。


「ちゃんとあるよ、燐専用の」



そのまま手を引かれ、ソファーに座るよう両肩を押されるがまま体を沈める。帰宅したばっかりだというのに、カバンも適当に置いたまま、パタパタとキッチンの方へ行ってしまった。それも束の間、すぐさま戻ってきた優希は寮で一彩が食べていたものと同じ可愛くラッピングされたマフィンと小さな箱を手にしている。



「ひーくんに会ったんでしょう?」
「一彩のやつ、俺にはあげねェって」
「うん、ひーくんからもらったら、あたしからあげる楽しみがなくなっちゃうから、ダメだよって止めたの」


横に座って、だから、ごめんね…?と見上げてくる優希。俺はてっきりないのかと、本気で焦り凹んでたわけだから、ただの勘違いだと知り、喜びと恥ずかしさがごちゃごちゃに掻き乱れるのを誤魔化すように自分の髪の毛をぐしゃりとかいた。


「燐だけのものだよ」


優希は持ってきた箱をあければ、シンプルに一口サイズにカットされたチョコレートが並んでいた。その一つを指で掴み、「あーん」と言いながら、そのまま俺の口元に持ってくる。

俺はチョコを言われるがまま口に入れれば、少し咀嚼し口の中の体温に触れただけで、じんわりとチョコは溶け出し甘ったるい味が広がる。しかし、味で感じるのは甘ったるいチョコのそれだけではなかった。


「ン…、酒入ってんのか」
「ふふっ、正解。燐のためのブランデー入り生チョコ」


甘さに混じって感じるのは酒のアルコール成分。ただの甘さではなく、アルコールもあってこっちの方が食べやすい。俺の好みをわかっての優希の手作りにさっきまで胸の中にずっといたモヤモヤが気づけばいなくなっていた。

また一つ、チョコを手にして口元まで運んでくる。だから俺はその細い手首を掴んで、次は指までパクりと含む。口の中でチョコは溶け出し、指が離れていることもわかっているが、溶けたチョコをそのままながしかみながら、優希の指を舐め上げる。


「うっま」


溶けたチョコがついていたであろう指を綺麗にして口から出せば、優希は顔を赤らめて、むぅとした表情を浮かべている。


「ゆび…」
「せっかくの優希の手作りチョコ、ついてたから、綺麗に食べねェとなァ…」



美味ェよ…って素直に伝えれば、嬉しそうに良かったと笑みを浮かべる優希。俺はそれを見て、また一つ箱に入った生チョコをひょいっと口に放り込む。

そのまま咀嚼せず、優希の後頭部に手を回し引き寄せて、口を塞いだ。溶けたチョコを舌に乗せたまま、優希の舌に絡ませれば口の中で互いの唾液とチョコが入り混ざる。


「…、っ、ふっ…」
「…んっ…ほらっ、美味いだろ…?」
「、っ…り、んっ…」


目をトロンとさせて、先ほどより赤みを増した表情で見上げてくる姿があまりにも可愛く愛おしさが込み上げてくる。

肩まで揺らして酸素を肺に送ろうとする優希の両手が力なく俺の両頬に添えられる。
 

「燐…大好き…」
「ン、知ってる」 


だって俺も好きだから、その言葉を乗せてまた優希に唇を重ねた。

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