VD2021中編



※一彩視点



朝、星奏館の門のところで姉さんから受け取った紙袋を共有ルームで広げてみた。

中にはたくさんのお菓子が入っていて、どれも美味しそうなものばかり。元々声をかけていたひなたくんが、横から並べたお菓子たちを見て「すっごい!」と声を荒げている。


「優希さんの手作り!」
「うむ!ちなみに、これもひなたくんの分もだよ」
「えっ、個別にもあるの?!うれしい〜!ありがとう!」


姉さんに言われた通り、ひなたくんの名前が書かれているマフィンと呼ばれたケーキを差し出せばひなたくんは嬉しそうに受け取ってくれた。それを見て、僕も胸のあたりがポカポカと嬉しくなるのがわかる。


「なっははっ!優希ちゃんもだいぶ作ったっすね〜、個別分と星奏館に住んでるみんなの分って感じっすかね…?」
「うむ、しかし誰がいるか分からないから、居合わせた人たちにあげれば良いと言っていたよ」
「りょーかいっす。で、これがHiMERUくんとこはくちゃんの分っすね、あとで会うから渡しておくっす!」


ひなたくんとは反対側にいた椎名さんも、椎名さんたちのお菓子を受け取ってくれた。ちなみに、椎名さんいわく今、テーブルに並べてある共有のお菓子はガトーショコラと言うらしい。チョコレートケーキの一種らしく、キレイな丸い形をしているので、まずは切り分けるっすよ〜と言いながら、包丁などを取りに行ってしまった。


「優希さんって、器用だよね。去年もこうやってお菓子作ってくれてたんだよ」
「そうなんだね!昔故郷にいた時も、姉さんはいろいろ作ってくれたんだ。今はたまにご飯を食べさせてもらってるよ」
「ほーんっと弟さん、優希ちゃんのこと大好きっすよね。燐音くん怒らないんすか?」
「うむ、何故か怒られるんだ!」
「やっぱり…!」


包丁とお皿を持ってきた椎名さんは、なはは〜と何故か苦笑いを浮かべていた。僕はいつも通り、昔みたいに姉さんとくっつくのが好きなだけなんだが、何が問題なんだろうか…?姉さんもやってくれるのに、僕には正直理解できないよ。



  



「あまーい!美味しい〜!!!」
「うむっ、姉さんの手作りはやっぱり美味しいね!」
「ガトーショコラと一緒に、コーヒーも入れてあるっすからね」


椎名さんがキレイに切り分けてくれたため、僕たちはみんなで姉さんの作ったガトーショコラをモグモグと食べていた。姉さんのいろんなご飯を食べさせてもらってたけど、このガトーショコラも美味しいな!さすが姉さん!

兄さんもだけれど、姉さんは僕よりも全然外のことを知っているから尊敬する。


そういえば、姉さんからもう一つもらったものがあった、と思ってそばに置いておいたマフィンと呼ばれるものが入った袋を見つめた。



「椎名さん、ひなたくん、このマフィンってやつはガトーショコラと同じようなものなのかな?」
「うーん、マフィンもケーキの一種みたいなものだけど」
「多分、それレモンのマフィンっすよ。優希ちゃんの得意菓子っす」


レモン…!その単語を聞いて、僕は胸が高鳴るのを感じた。椎名さんに言われてマフィンをよく見てみれば、上のところには何かツヤのあるものがついていて、更によく見てみれば細かくなった黄色い繊維質のものが乗っているのが見える。


「優希ちゃん、国内産レモンに拘って、皮もレモンの汁も果肉も使って作るんっすよ〜!これがまた絶品っす!」
「僕、レモンが好きなんだ!」
「そっかあ〜だから、一彩くんのマフィンは2つなのかな。レモン好きって覚えてたんだろうね」


確かに、よく見てみれば、ひなたくんのも椎名さんのもマフィンは一つだけ。僕のだけ2つ入っている。姉さんが本当に覚えていて、だったとしたら僕はとても嬉しいよ。姉さんはいつもこうやって僕の好きなものを与えてくれる。

椎名さんも美味しいって言っていたのを聞いて、僕は袋から一つ取り出してかぶりついた。


「んっ!美味しいよっ…!」


口に含んだ瞬間に鼻をくすぐるレモンの香り。表面からもマフィンの中からも香りがするのに、甘さもあってとてもレモンに包まれているようで幸せである。


「優希ちゃんの作るマフィンは、表面にもレモンの果汁を溶かしたシロップをかけてるから、香りが最高なんっすよね〜」
「めっちゃ詳しい…!」
「なははっ、僕の場合、一度食べたら再現できるっすからね」


ふむ、姉さんが気に入ったらまた作ってくれると言っていたから、これは是非お願いしたい!もう一つ残ってるけど、食べるのがもったいない、と思った。噛み締めるように口に含んだレモンのマフィンを咀嚼していれば、「おっ、美味そうなの食ってるじゃん」という聞き慣れた声が耳に入ってくる。


「ひひはん!!!」
「うん、口の中のもの食べながらしゃべンなよ」


振り返ってみてみれば、予想通りそこにいたのは兄さんだった。兄さんは椎名さんな皿に乗っていたガトーショコラを行儀悪くも素手で取り上げて、そのまま食べてしまった。


「ちょっと、燐音くん?!?!それ僕のっす!!!」
「兄さんも人のを取るのは良くないよ」
「ニキのものは俺のもの〜ってな!きゃっはは☆」
「まあまあ、燐音先輩。ケーキはまだいっぱいありますから、これどうぞ」
「おっ、ヒナは気が利くなぁ〜♪」


ひなたくんが使ってないお皿に残っていたガトーショコラを乗せて兄さんに手渡す。それを嬉しそうに受け取った兄さんは空いてるところに適当に腰掛けて、新しいケーキをまた一口、パクりと口にした。


「ンで、これどうしたんだよ」
「うむ、姉さんの手作りだよ!」
「…優希の?」


さっきまでニコニコしていた兄さんだったけど、僕が姉さんのことを口にした瞬間にピタリと動きが止まってしまった。なんなら、椎名さんも「げっ」って言いながら動きが止まってしまったのは何故だろう?


「なんで、優希の作ったお菓子があんだよ」
「優希さんがバレンタインってことで、今朝届けてくれたんだって!それで、みんなでどーぞってこのケーキ食べてるってわけなんだよね」
「燐音くん、不可抗力っすからね!不可抗力っす!!!」


何故か椎名さんは慌ててるし、兄さんはギッと椎名さんを睨んでいる。うむ、兄さんも食べたかったのかな?そうだ、姉さんの手作りだからね。そう思ってもう一つ、あったレモンのマフィンを兄さんに渡そうと手に取った、けど、朝姉さんに言われた言葉を思い出したら、僕は言葉を口にはできなかった。


「ごめんよ、兄さん」
「ア?何がだよ」


突然僕が謝罪を口にしたことが理解できなかったのだろう、兄さんをはじめとする椎名さんもひなたくんも不思議そうな表情で僕を見つめてくる。


「姉さんに、兄さんにはあげるなと言われていたんだった」
「んぐっ」
「弟さん?!?!」


姉さんは自分から渡すと言っていたからね、今この瞬間一緒に同じものを共有できないのは寂しいけれど、姉さんとの約束だからと思って僕は我慢した。
それなのに、ひなたくんは何やら喉を詰まらせたような声を出すし、椎名さんは驚きの声を上げてその場で立ち上がってしまった。

兄さんに関しては、珍しく面食らった表情のまま硬直状態。


「兄さんの分のマフィンはないけれど、ガトーショコラは食べていいと言っていたよ!」

姉さんの言われた言葉をそのまま言っただけなんだが、何故か兄さんはその場に項垂れてしまった。

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