コンビニ店員Aの証言3



今日は待ちに待った休日。しかも、ただの休日ではない。何もすることがなくダラダラと過ごすいつもとは違うのだ。


とある本屋さんの前の通り、そこに俺はやってきている。周りを見渡せば、たくさんの人。間違いないと確信はあるが、本屋の入口そばに準備されているプレートを念のため確認する。

そこに書かれているのは、水城優希握手会という文字。


そう、俺は今日、水城優希の握手会に来ている。入場規制により、時間帯が決められているため早めに来たところで意味はないが、場所など確認もあったし何より流行る気持ちが止められなかった。



「あ〜楽しみッッッッ!!」
「ウム!」


男性ファンが多い中、可愛らしい見た目の子がいる。よくよく見れば男の子であることはわかったし、何より俺は彼を知っている。ALKALOIDの白鳥藍良だ。ドルヲタという事は有名だが、水城優希も好きだったのか。そして横にいる奴を見て更に驚いた。横にいるのは彼と同じユニットの天城一彩。なかなかに個性的な喋り方とトークだったのが印象的だったが、しかし俺の中での認識はそれだけではない。 


(あの日の男はやっぱり天城一彩…)


以前バイト中に水城優希と一緒に来ていたところ、見覚えがあると思っていたがその時は思い出せなかった。その後、テレビで見かけた時もしやと思ったが、それも今日確信に変わる。白鳥藍良とはまた違った意味合いでの興奮気味な天城一彩は、キラキラとした目で自分のであろう握手会の整理券を眺めている。普通なら、誰しもがこれからの僅かながらの時間に興奮して滲み出てしまうものだろうが、彼は違うだろうと俺だから思ってしまう。









列に並べる該当時間になって、待機列の最後尾を探す。ズラっと並ぶ待機列を横目に歩いていけば、御目当ての最後尾が見えてホッと胸を撫で下ろした。けど、そんなの束の間の気持ちにしか過ぎない。


(ウッソだろ…)



俺は自分の目を疑った。待機列の最後尾、キャップに黒いマスクをした男、俺はこいつを知っている。髪色こそは黒いが、本来の色は違うはず。待機列の最後尾でポチポチとスマホをいじっているため、下を向いているがこいつは間違いない、





-----天城燐音だ。






いつぞやのバイト中に来た時に来たのも間違いない、天城燐音で今ここにいるのもそうだ。さっき見かけた弟の天城一彩と白鳥藍良とは完全に別行動なのだろうか。というか、まず何故ちゃっかり参加してるのかといろいろツッコミたいところだが、ここで騒ぐほどの度胸もないし、そこまでする必要がまずないので俺は黙ってその後ろに並ぶことにした。


心の中で何度も俺に気づきませんようにと願いながら少しずつ進んでいく待機列。本屋の入り口に入り、店員の誘導されるがまま進んでいけば、視界の端に握手会を今まさにやっているであろう現場が見えてくる。と、言ってもまだ敷居があって、直視できないようにしているのは、本人と参加者のための配慮だろう。気づけば目の前にいる天城燐音の存在を他所に、回ってくるであろう自分の順番を思えば気持ちが早まる。


(やっと見えたッ…!)



水城優希が見えた時には、2人手前の人のタイミングの時だった。目の前には横長のテーブルが置いてあって、今回発売された写真集が横に平積みにされている。ニコニコと握手をしてから、その写真集を受け渡すまでが今回の流れとなっている。丁寧な対応で、相手が話す言葉にしっかりと耳を傾けていてまっすぐ見つめてくる瞳が綺麗で自分の番ではないのに思わず息を飲んだ。


(言うことはまとめてきたから、落ち着け)



何度も言葉を思い浮かべて復唱し、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。


いよいよ自分が次の番になる瞬間、




裏を返せば俺の前にいる天城燐音の番であることを忘れていた。




水城優希の目の前に立つ天城燐音。俺の位置から天城燐音の表情は全く見えないのでわからないけれど、水城優希と言えば完全に外向きの顔が崩れて、ビックリした表情を浮かべてポカンとしている。


完全にフリーズしてしまっている水城優希は、天城燐音に手を握られてハッとした瞬間、周りに聞こえない声で何か言ったのはわかる。その言葉を理解したであろう水城優希は普段見ることはできないぐらいの眩しいぐらいの笑顔を浮かべていたのを、俺は見てしまった。





結局あの後、その笑顔に魅入られた俺は自分の番になった時に自分が何を言おうとしてたのかも頭からすっぽ抜けてしまってグダグダの握手会参戦となってしまった。


しかし、運がいいのか悪いのかわからないけれど、水城優希のめちゃくちゃ可愛い外向きではない、きっと素であろう幸せを噛み締めたような笑顔を見れたので良しとする。

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