昔に戻る時間を共有



とある商店街。特別栄えてるわけでもなく、人数だって多くないのだが、ここにはいろんなお店があり、いろいろとコアなものを取り扱っている。懐かしいお店を横目に、人一人分しかない幅の小道を抜ければ、見えてきたのは一件のカフェ。あたしは店内を覗いて、あまり人がいないことを確認して扉をひけば、カランカランと音が響く。


「いらっしゃい、優希ちゃん」
「お久しぶりです、マスター」


中から出てきたのは、物腰が柔らかそうなおじさん、もとい、このカフェのマスター。ここは、あたしが昔バイトしていた元バイト先ってところだ。


「優希ちゃん、この前のテレビ見たよ、頑張ってるね」
「えへへ、ありがとうございます…!いろいろやらせてもらえるようになったんですけど、なかなかここに来れなくなっちゃって」
「いいんだよ、優希ちゃんの頑張ってる姿は目に入ってくるからね」


内装は何も変わっておらず、店内には静かに流れる音楽。カウンター側の椅子を少し引いて、あたしはそこに座るとマスターはカウンターの中で何かの準備をしている。

このカフェはあたしにとって癒しであり、原点だ。故郷を出て、右も左もわからないあたしを受け入れてくれて、身の回りのことを教えてくれた家族が月永家だとすれば、外での常識世界を教えてくれたのはここのマスターだとあたしは胸を張って言える。初めてのバイトで、社会人としても外の常識としてもまだまだ未熟だったあたしを嫌な顔せず教えてきてくれたのだ。今思い返せば、本当にたくさんの迷惑をかけたなと思う。だって、買い出し一つも最初は行けなかったし…。

今思い出しても、やはり申し訳なさがジワジワと込み上げてくるが、マスターはそれこそそれを気にしていることを怒るので、口にはしないけど。そんなことを思い返していれば、お店の扉がカランカランと来店者を知らせる音がする。

つい昔の癖で、言葉を口に出しそうになり口元を閉ざすが、目線は自然と向けてしまっていて驚いた。


「あっれ〜優希ちゃんも来てたんすね!」
「ニキくん」


お店にやってきたのはキャップに黒いマスクをしているけれど、見慣れたニキくんだった。もしかして今日オフなのかな、って思っでいれば、ニキくんは「マスター、こんにちはっす!」って挨拶しながら身に付けていたものを外して隣に座る。


「優希ちゃんとここで会うの久々っすね」
「そうだね、最近はESばっかだもんね。ここで会うと懐かしくなるなあ。ニキくん、いつも食べながらバイトしてたもんね」
「なっはは〜懐かしいっすね!僕、すーぐお腹減っちゃうから、マスターにはホントに感謝っす!」


気づけば、マスターはあたしとニキくんに飲み物を準備してくれていて、ニキくんに関しては何か食べ物も作ってくれてるようだ。もらったコーヒーカップにミルクなどを入れてくるくるとティースプーンでかき混ぜる。透明度の低い茶褐色にミルクの白が入り混じり、色がだんだんとマイルドになる。口をつければ、鼻に擽るコーヒー特有の香りとミルクが入ったことにより、緩和されたであろう苦味が口の中に広がった。


「そうだ!優希ちゃん、今日ここで会ったこと、燐音くんには内緒っすよ?!」
「うん、わかってるって」
「もぉ〜燐音くんが知ったら絶対また僕怒られるっすからね〜」


ニキくんは先ほどから、表情の喜怒哀楽がコロコロと変わる。笑ったと思えば、慌てたり、そして今なんて泣きそうな顔をしている。そう思うと、ニキくんは昔よりも表情が豊かになったなって感じる。表情はコロコロ変わるようになったし、Crazy:Bを知ってからだけど、周りとの関係も増えたんだな思ったら、嬉しくなった。昔のニキくんは、あたしとは別の意味で外の世界からすれば変わり者だったと思う。短い時間だったけど、ここでバイト仲間として過ごしてきた時間の共有があるからこそ、安心と嬉しさが込み上げる。まあ、あたしがそう思ってるなんてつゆ知らず、ニキくんは横で「ほんと、不可抗力っす!!!」なーんて嘆いてるけど。


「優希ちゃんとバイトしてたの後々バレた時だって燐音くんめっちゃ怖かったんすからね〜…」
「うん、なんかごめんね、」
「まさか燐音くんが探してたのが優希ちゃんだって思わなかったし、ほんともぉ〜」
「あたしもまさかニキくんが燐と一緒にいるなんて思わなかったからね」


バイトしてた頃っていえば、あたしも多くを話すわけでもなく、むしろ話せることの方が少なかったわけで、ニキくんだって自分のことをベラベラと喋るタイプでもなかった。ただ、一個差という同じ年代ってことと、あたしがいろんなことを知らなかったこともあって、ニキくんからもいろんなことを教えてもらった。割と料理に関しては、ニキくんから教わったことが多くて、今では自炊する際にとても助かっている。


「じゃあ、今度ニキくんにお菓子作ってあげるね」
「ホントっすか〜?!嬉しいっす!!!」
「ニキくんにあげるの、おこがましい気もするけどね」
「そんなことないっすよ〜!優希ちゃんの作るお菓子美味しいっす!」


ニコニコした笑顔に瞳をキラキラと輝かせてマスターが作ってくれたサンドウィッチを頬張る。美味しそうに食べる姿が見ていて、これまた癒される。静かに流れる店内の音楽に、決して人は多くないこのカフェ。お世話になったマスターに昔一緒に過ごしたニキくんとこうやって過ごす時間も良いなって思える。ただ、この事を燐が知ったら、またニキくんがいじめられちゃいそうだから、内緒にしておこう。

そう決めて、あたしはまたコーヒーカップに口付けた。

[ ]









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -