微睡みの中の記憶



空中庭園は風もなく、青空が広がっていて過ごしやすかった。そこで適当に目についたベンチに座る。次の仕事は舞台。手には受け取ったばかりの真新しい台本。ペラペラとめくって、パタリと閉じた。この内容…、あたしにやっていけるかな…。そんなことを思いながらそっと目を閉じた。

















「こんなところで何やってるの?」
「ん〜♪〜♪〜♪」


涼しくなった季節。ママさんに頼まれて買い物に行ってきた帰り道、いつもなら通り過ぎる公園の中に見覚えのあるオレンジ色の頭を見つけた。オレンジ色の彼はどこから拾ったのか、少し屈曲した木の棒を地面にガガガっと擦って何かを書いている。その彼に声をかけても、彼自身の耳には届いておらず、どうしたものかと物思いに耽る。


「あっれ、優希、何してるんだ?」
「うん、そのセリフ、数分前あたしがレオくんにかけた言葉だよ」
「そうなのか???全然知らなかった!待って、優希が何でいるか考える!」


そう言って、次はうーんと唸り出す。さっきまで書きまくっていたものは、五線譜と音符。彼はレオくん、今あたしがお世話になっているおうちの男の子。彼は作曲することが得意と教えてくれた。


「レオくん、今日はカレーなのに買い忘れしちゃったママさんに福神漬け買ってきてって言われたの」
「え〜優希、言っちゃダメだろ?!せっかくの霊感(インスピレーション)が…!って、そっかあ、カレーか〜!じゃあ、カレーの歌でも作ろう!」
「レオくん、もうすぐ夕飯だから帰ろう?」


また作曲を始めそうだったレオくんの袖を引っ張る。レオくんはそんなあたしの表情を見て、ぴたりと止まり、うーんと悩んだ後「わかった」と了承してくれた。その瞬間に持っていた木の棒をポイっと適当に放り捨てる。


時間的にも日が沈む頃のため、住宅地の中の道だが人通りは少ない。そんな通りをレオくんと2人で歩く。早くもなく遅くもなく、無意識のスピードで、買ったばかりの福神漬けを入れたビニールをぶら下げて。レオくんは横で何かわからないけど、何かの鼻歌を歌いながら歩いているのもいつものことだ。

「優希、眠れないのか?」


完全にボーッとしていた。突然、レオくんに話しかけられて、ハッとする。視線をそちらに向けて見れば、さっきまでの笑顔は嘘みたいに、無表情なレオくんがあたしの顔をジッと見ていた。


「ねむれ…ないわけじゃないよ」
「うそだ。おれ知ってる、おまえ寝れてないんだろ、いっつも夜中に外見てるのも知ってるし、寝てると思ってもうなされてるのも知ってる」


あぁ、全てバレていたのか。あたしは居た堪れなくなってレオくんから目線を逸らした。レオくんはあたしを見つけてくれた人。行く宛のなかったあたしを見つけて、居場所を用意してくれた。正直、迷惑かけてる自覚もあるし、長居は良くないってわかっているけど、ずっと里で暮らしていたあたしはあまりにも無知なことが多かった。無知が多い故に、1人では無力だと悟った。なので、今は申し訳ないと思いつつ、お世話になっている。お世話になりながら、いろんなことを教わっている。


「外はすごいね、あたしの知らないことばっかり。いつも、レオくんやるかちゃんにおしえてもらってばっかり。新しいことが知れて楽しいの、楽しいと思うとね、その分だけ夜は悲しくなるの」
 

レオくんは何も言わなかった。

新しいことを知れる悦び、楽しみ。

得た分だけ、その時に思い出すのは里にいる彼らのこと。


あたしがもし里に残っていたら知らなかったであろうことばかり。

里から出たからこそ知れたこと。


失ったものの代わりに得たもの。
得たものの代わりに失ったもの。


会いたいと思っても会えない、淋しい。会いたいと思っても相手はどう思っているのか、怖い。夜はそんなことをグルグルと考えさせられる。考えずにはいられなくて、寝るのが怖くなる。だから、みんなが寝静まった夜、ぼんやりと星があまり多くは見えない夜空を見上げて、何かを探してしまうようにボーッとしているのがある意味日課になっていた。


「いつまでもレオくんたちに迷惑かけていられないなと思ってたら眠れなくって」


だけど、そんなことまで言えないあたしは、ぽろりと出した答えは、ウソではないけれど違う言葉だった。


「優希には、おれの曲歌ってもらいたいからな!」


「レオくん…?」


「だから、もっとおれを頼って!頼りないかも知れないけど!」



わはは!と突然笑い出すレオくんは、ブーンと両手を広げて少し先に駆け出した。突然、何で歌ってってなったの?って思ったけど、これはレオくんにしかわからないこと。多分、レオくんなりの励ましだったのかな。あたしはそんなレオくんの優しさに触れて、思わず笑みが溢れた。


「ありがとう」














「できたー!おれってやっぱり天才だな?!」


ふと目を開ければ、目の前に散らばる楽譜が視界に入る。どうやらあたしは寝ていたらしい。更に視界に入ってきたのは、夢の時と同じ鮮やかなオレンジ色の髪。両手を広げて、わーい!ってしている姿は、夢の中の彼とあまり変わらなかった。レオくんは、どうやら目が覚めたあたしに気づき、「あ、起きたな!」なんて呑気なことを言ってくる。


「レオくん、何やってるの?」
「優希の寝顔みたら、霊感(インスピレーション)が湧いてきたからな!」


ハイ、って1番手近な楽譜を一枚差し出してくるレオくんは相変わらずのマイペース。おれって天才〜!って言うのも何も変わらない。レオくんはベンチに座ってうたた寝していたあたしの足元に座り込んで作曲をしていたようで、その場に立ち上がったと思えば、さっきまでの表情は嘘みたいに優しくはにかんでくれた。


「優希、眠れるようになったんだな」


夢の中のレオくんは、昔のレオくん。いまのレオくんが言ってるのは、さっきまで夢で見ていた昔のレオくんが言ってくれたことだろう。


「レオくんのおかけだよ」


あたしはあの時のあたしなら絶対に言えなかった言葉を伝えた、


(そばにいてくれて、ありがとう)

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