一彩の卒業式
※一彩高校3年生軸
気付けば見慣れてしまっていたはずなのに、人が違えばこんなにも捉え方も変わるのかと実感させられる。見慣れた校舎、見慣れた制服、全てが見慣れているはずなのに今日は誰もが浮足立っているのを肌で感じる。
「えっと、体育館だから…」
「…」
「燐?」
「あ、あぁ」
浮き足立っているのはあたしたちも一緒だった。隣にいた燐に声をかけてみれば完全に上の空で腕をひきながら声をかけてみてやっと我に返るけど表情はどこか硬い。
「落ち着かない?」
「ん、何が」
「服装も場所も、それとも」
燐の場合、服装も場所でもないだろう。
「ひーくんの卒業式だから、かな」
燐が珍しく微々たるものだけれど体を揺らして反応する。それが柄にもなく珍しくって、でもそうだよねって納得できることだからつい笑みが溢れてしまった。
「大きくなったよね」
「あぁ。今朝も元気すぎるぐらいのテンションだったのに卒業式ってこの前18になったばっかだってのになぁ…」
そう、今日は夢ノ咲で行われる卒業式。それに参列するためにやってきたあたしと燐。理由はひーくんの保護者として。学校というものに通ったこともないあたしたちが、故郷を出てから知り得た知識の中で初めて卒業式というものに保護者として参加する。
「早いよね、びっくりしちゃう」
普段見慣れないスーツを着ている燐。見たら少しだけネクタイがよれていたため、あたしは向かい合ってネクタイを整える。
「ひーくんももう大人の仲間入りだね」
「あんなに小さかったのにな」
「ふふっ、もうとっくにあたしは身長もぬかされちゃってるから、そんなこと言うの燐ぐらいだよもう」
ネクタイを整え、顔を上げて全体をチェック。髪もいつもと違った雰囲気でまとめてあって、燐がより大人びて見えてしまう。ひーくんのお兄ちゃんだけど、今日ばっかりはお兄ちゃんの顔ではない。親代わりの責任感もそこにはあって緊張が伝わってくる。
「だって、一彩はっ」
だからガラにもなく、あたしの言葉に食らいついた燐だった。けど、あたしは人差し指で口元を押さえたら、ぴたりと燐の動きも止まる。
「そろそろ行こう?」
燐は何も言わなかった。言いかけた言葉を無理やり飲み込ませて、あたしたちは体育館へと向かう。周りにはたくさんのスーツやワンピースなどを着ている人たちの流れに乗って。移動中にふと思った。ひーくんは余裕のない燐を知らないだろう。燐自身も知られたくないだろうけど、今日の卒業式をひーくん以上に緊張しているかも知れないと話したらどんな反応をするのかな、って思ってしまった。
周りはあたしたちよりも全然年代が上の人たちばかり。だけど、式が始まってしまえば気にならない。見慣れた制服、胸には花をつけていてドラマなどでよく見るやつだ、となった。挨拶があり、一人一人名前を呼ばれて卒業証書を受け取る。ひーくんはしっかりとはっきりした声量で返事をしていて立派だった。
あたしも燐も学生というものを体験していないから、正直わからないことの方が多いけれど、Knightsのみんなやひーくんを見ていて思ったのは学生生活は色々大変そうだけど、楽しそうだなということ。この歳でしか体験できないことは聞いていて羨ましいと思うものばかりだから。だから、ひーくんはそんな学生生活を過ごせて本当に良かったなと思う。それはきっと燐も同じだろう。
故郷を出て、知らないことばかり、初めてのことばかりだったはず。そしてこれからもたくさんの初めての体験をするだろう。けど、それはきっとひーくんにとって良い経験になると思っているから、これからもひーくんらしく真っ直ぐ突き進んでほしいなって思う。
「燐」
「どうした」
「参加できて良かったね」
「そうだな」
式を終え、卒業生たちが体育館を後にした後、あたしは心の中にある気持ちを素直に吐き出せば燐も肯定してくれた。パイプ椅子に座ったままのあたしたちはこの後先生たちの誘導によって移動することになるだろう。そうしたら、ひーくんのところに行って、おめでとうって言ってあげて一緒に写真を撮りたいな。その後、ひーくんはみんなでご飯って言ってたけ。だからあたしたちだけで帰ることになるけれど、夜になったらまた改めてお祝いをしてあげよう。
ALKALOIDのみんなからのアドバイスで夜はみんなでご飯を食べる。そのため部屋の飾り付けとかはみんながやってくれるとのこと。あたしはニキくんに手伝ってもらって料理を準備しなきゃ。
「優希」
「なあに」
「ありがとな」
これからの予定をぐるぐると考えていたら、突然燐に言われたありがとう。唐突過ぎて、何かと思ったけどあたしは「どういたしまして」と微笑んだ。
あたしも燐と一緒にひーくんの成長を感じられて嬉しかったから、「こちらこそ」が正解だったなと思いながら。
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