推しボトル



打ち合わせを終えてスマホを見れば新着メッセージのお知らせ。タップして開けば、「終わった」という文字のみ。もちろん相手は燐からど。同じ建物にいるけれど、事務所が違うあたしたちは朝確認した内容の通り、互いの現状をスマホを介して連絡を取り合った。燐がいるのは18階、あたしがいるのは7階のため待ち合わせ場所は1階のロビー。…ではなく、あえての6階衣装ルールだった。

お疲れ様でした、と事務所にいたスタッフさんたちに挨拶してあたしは1階だけだしという気持ちで非常階段の扉を開ける。人の気配がないここは空気がひんやりとしていて、ちょっとだけ身震い。階段を1段1段降りる度に響く足音。すぐに6階へと辿り着いてあたしは重たい扉を引っ張り開けた。衣装ルールを覗くようにそっと扉を開けてみる。人の気配はあるのかな、ぐらい。なんとなく緊張してしまって、恐る恐る入室し衣装に囲まれた部屋の中をキョロキョロと見渡していたら、突然後ろから捕らえられて心臓が飛び跳ねる。


「っ、び、っくりしたっ」
「ん…おつかれ」
「お疲れ様、お待たせしました」


後ろからギュウっと捕獲してきたのはあたしが探していた燐だ。後ろから大きな体を丸めて首元に顔を埋めて離してくれない。かろうじて動く手で燐のことをポンポンとしてあげれば、しばらくするとあたしの頬に燐の唇が触れる。


「待ったわ」
「うん、ごめんね」
「いや、意地悪言った。そんな気にすんなよ」


燐がこんな風に甘えてくるから、多分この部屋には他の人はいないらしい。燐は人目を気にしなさそうで、一番配慮する人だから、こういう姿を例え弟のひーくんでさえ見せたがらない。


「仕事終わりだからそんなにいじれないけど、」
「伊達メガネ持ってきたし、何とかなるっしょ」


それなのに燐は「バレた時はバレた時」って楽しそうに笑ってるから、隠す隠さないのボーダーラインが曖昧だ。まあ、今のあたしたちの場合、交際していることは公になってるわけだし、バレても何か騒がれることでもないのだけれど、これから向かう場所が場所だからちょっとだけ気持ち的に悩むのだ。



時間的には夕方。平日なのに場所的にも観光地だからか、いろんな人たちが行き交う街中。ごちゃごちゃとしすぎているそこは、逆にごちゃごちゃとしていて良かったのかもしれない。歩くことに意識を取られ、誰もあたしたちのことを気にしていない。スマホでマップを開いて歩くあたしの後ろにピッタリとくっついて、人混みから守ってくれる燐はまるで騎士みたい。Knightsのみんなとはまた違う騎士様。つい寄り添いたくなる安心感があるし、あたしは正直、人混みの圧にあまり押されていないのも燐のおかげだと思う。
なので、道のりを調べることに集中してやっと辿り着いたのは小さな、ふわふわとしたお店。ガラス張りのおかげで店内まで見えるがとっても可愛らしく、いわゆる映えを意識したお店だなっていうのが最初の印象だった。


「あ、これかな」


店内に入ってたくさんの画面みたいなものが並んでいる。左端っこにQRコードを読み込む機械があって、あたしたちはあらかじめ登録していた画面を呼び起こしてスキャンする。


「これでいいのか?」
「うん、そう。それ読み込ませて」


燐もあたしのを見よう見まねで同じようにスキャンしてどんな感じになるのかな、と待機。店内はタイミングが良いのか他の人たちがちょうどいなくてホッとした。混んでるイメージがあったけど、実際には違うのかなって思ってたら、スキャナーの上にあったモニターに番号が表示される。それはあたしのスマホと同じ番号で、たくさん並んだモニターたちも連動して動き出す。あたしの番号はちょうど下の列だったため、しゃがんで番号の書かれたモニターのところには見覚えのあるボトルが表示されていて、近付いてみればそれは扉になっているのでそこを開けたらモニターに映っていたものと同じボトルが一つポツンと置かれていた。


「かわいい」


それを取り出し、燐に見せたくて振り向いたら燐がちゃっかり今までの光景を動画で撮っていたらしくスマホのカメラを向けられていてちょっとだけ恥ずかしくなった。


「かわいいのできた」
「良かったじゃん」
「あ、ほら。次、燐のだよ」


そんなに時差はなく燐のもできたみたい。あたしの開けた扉の横だったため、燐はご丁寧にしゃがんだおかげで大きな体を小さく丸めることに。それが可愛らしくてクスリと笑ってしまう。あたしも燐がしてたように動画に撮っていたら、ボトルを取り出した燐が最後カメラに向かってボトルを持ちながらニッて笑うから不意を突かれてしまった。


「燐の、桃?」
「桃。かわいいっしょ」


うっすらピンク色の中身にラベルにはあたしの名前がローマ字で書かれている。


「優希はこん中じゃ桃一択」
「あたしはマンゴーやパインとも悩んだのに」
「それはクレビに引っ張られ過ぎだろうが」
「だからいちごにしました」


見て見てと改めて見せるあたしのボトルの中身は赤い色をしていて、ラベルにはRNNEと表記。
あたしたちがやってきたのは所謂推しボトルが作れるという話題のフルーツオレのカスタムスタンド。ネットからフルーツ、トッピング、デザインまでをカスタムして作れるお店だ。本当に興味本位で作ってみたいな、というポロッとこぼした言葉から燐が一緒に来てくれたのだ。一人で行くより誰かと行った方がきっと盛り上がるし、どうせ作るからやっぱり燐のが良くって。そしたら燐も快くオッケーしてくれて仕事終わり、人が捌けたことも見越してのこの時間にやってきたのだ。おかげで店内は人もちょうどいなくて、隅っこの方でボトルを並べて写真に収める。かわいい、一個だけでも可愛いけれど、二つ並ぶとなおのこと可愛い。


「あ、ここだよー!」


入口を背に写真を撮っていたら、どうやら他のお客さんたちが来たみたい。あたしたちは背中を向けて二人でくっついて写真を撮ってなるべく見られないように静かに息を潜める。ちょっとだけ不安になって、チラリと見上げて見たらレンズ越しに燐と目が合う。クスッと笑って耳元で「大丈夫っしょ」と囁いた。どうやらあたしの気持ちはお見通しだったらしい。


「帰ろっか」
「満足した?」
「うん」


人が来たなら、ここに長居は無用。燐に身を預けて呟けばひそひそ声で聞いてくれるので、あたしもそれで返す。


「帰ったら一口ちょうだい」
「わーってるって」


推しボトルを二つ、カバンの中にしまい込んだら二つ分の重さがズッシリと腕に伝わってきた。と思いきや、それもすぐに燐の空いてる方の手があたしのカバンを持って行ってしまう。


「帰ってゆっくりしような」
「うん」


燐の気遣いに甘えて、鞄を持っていない方に腕を絡めて店を後にした。店内のお客さんたちは最後まで自分達のボトルに夢中で気付かなかったらしい。外は薄暗くタイミングが何もかも良かったなと思いながら、あたしたちはいつものように帰路に着いた。


どこにも載せられないボトルの写真。家に帰って美味しくいただいて、空になったボトルは中身を洗った後しばらく捨てられずに家の中で並んで置かれていたのをひーくんに見つかって、3人で行きたいと言われたのはまた後日の話だったりする。

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