ワインレッドの主張



お風呂に入り、ナルちゃんに教わったように化粧水と乳液をそれぞれコットンに染み込ませて肌に馴染ませる。髪の毛はまだ濡れたまま、タオルは肩からかけて乾かさなきゃな〜と思いつつ、部屋の一角に締まってあったネイルラッカーのケースを取り出した。


「ん〜」


ケースをテーブルに置き、フローリングに座り込んでケースを開ければ見慣れたネイルポリッシュたち。ピンク、ベージュ、レッド、パープル寄りのベージュやグレージュ、ダークチェリー、オレンジやイエローと暖色系が多い中、ミントブルーやターコイズブルー、ネイビーなどもある。ベースネイルやトップコートも入っているが、今はそれじゃない。ひとつひとつ、取り出して色を見ては戻してを繰り返す。すると、玄関の方でガチャガチャと鍵を開ける音がする。この家で鍵を開けようとする人なんて、ほぼ決まっている。時間は既に21時を回っているため、更に候補は絞られたのでわざわざ確認する必要もない。けれど、自然とネイルを見ていた手は止まり、体を少しだけ反らして目線は玄関に向いていた。


「おつかれさま」
「よっ、お疲れちゃん」


玄関から入ってきたのは予想通り、燐だった。開けた玄関の扉を閉めた上で、鍵もガチャリとかける音が聞こえる。あたしのあげた合鍵は玄関入ってすぐのところにあるフックにぶら下げた。ガサガサと何かが擦れる音がして、死角で見えなかったが鍵を持ってる手とは逆の腕にビニール袋をぶら下げていた。


「優希におみやげ」
「ありがと〜、今日はなぁに?」
「いろいろ。まァ、見てみろよ」


ビニール袋はテーブルにガサッと無造作に置かれ、多分雰囲気的にパチンコの景品か何かだろう。チョコのお菓子とか透けて見える。まーた、ニキくんたちに迷惑をかけていたのではないだろうか、と思ったが燐はそんな風に思われてるとも知らず座っていたあたしの元へとやってくる。1LDKに住んでいるのと、玄関から直接部屋の中が丸見えというわけではないが、少し体を反らせば玄関が少し見えてくるため、燐が中に入ってきたことを確認しながらあたしも反らしていた姿勢を正した。すると、燐は座っていたあたしの後ろにやってきて、そのまましゃがみ後ろからそっと抱きしめてきた。


「風呂上がり?」
「そ、上がったばっかり」


燐はスンスンと首元に鼻を擦り付ける。それがまたくすぐったくて、身を捩ればペロリと舐められる。


「めっちゃいい匂いじゃねェの」
「だからって舐めるのおかしい」  


あえて、ムスッとした表情を作ってみても、燐は気にした様子もなく「イイじゃんイイじゃん」なんて言いながら笑ってる。正直、燐は変わったな、って思う。気のせいか、と思った時もあったが気のせいではない。だいぶ、砕けたというか、自由になったというか…。とりあえず昔の燐と違うな、と思うこともあれば、根本は変わってないなって思うこともある。まあ、燐にもいろいろあっての今だろうし、あたしが燐を好きな気持ちに変わりがあるわけでもないから良いんだけど、正直恥ずかしく思うことが増えた気がする。なんていうか…昔よりスキンシップ…?が増えたなあって。



(昔はどっちかっていうと、あたしが燐にぴったりだったからなあ…)



なーんて、ぼんやりと昔を思い出していれば、気づけば頭をわしゃわしゃとされている。正確に言えば、燐が首にかけていたタオルで濡れたあたしの髪の毛を拭いてくれてる。髪の毛を拭いてくれる感触がなんとも心地よくって、そのまま身を預けていたら、ふと消える背後の気配。あれ、と思うのも束の間。すぐに燐が背後に戻ってきたと思ったら、ガタガタと音がしてぶふぉ〜とドライヤーの音と温風を感じる。


「髪の毛、早く乾かさねェと痛むんじゃねェの」
「そうなんだけどね、ネイル選びたくなっちゃったから決めたらやろうかなって思ってた」


髪をすり抜ける燐の指。丁寧に毛先まで乾かしてくれるから、こういうところは面倒見がいいお兄ちゃんって思う。ふふっと溢れた笑みに燐は気づいたようで、髪の毛を乾かしながら「何笑ってンの?」と言う。ドライヤーのせいで、少し声の音量が大きいのはご愛嬌。多分、燐からは聞こえにくいだろうなと思って、ついあたしも大きめの声で「なんでもなーい」と返した。






髪の毛を乾かし終えた燐は、コンセントを引っこ抜いてドライヤーに巻きつけて最初の状態と同じようにコンパクトに片付ける。まだ背後にいることを知ってるからこそ、あたしはそのまま後ろに倒れ込み燐に体を委ねれば、ちょうど胸元あたりに頭がぶつかった。燐は、持っていたドライヤーを横に置きあたしの顔を覗き込む。


「りーん、次はコレやってほしい」
「ははっ、俺に任せてイイの?」
「燐の方が上手なんだもん」


コレ、を見せながらお願いってすれば燐は「優希に上目遣いされちゃァ、やるしかないっしょ」と笑顔で了承してくれた。


そのままの体制で、燐は後ろから抱き抱えるようにしてあたしの左手を自分の左手で優しく掴む。燐にされるがまま、爪が見やすいようにしてあげれば、右手に持ったネイルポリッシュの筆がそっと爪を撫でる。


「ん〜優希がこの色つけてるってテンション上がるわ」


燐は自分で塗ったあたしの爪をあたしの目線よりも少し上にある自分の目線の高さに合わせては、満足そうに見つめているだろう。身動きが取れないあたしだけれど、燐の声色でなんとなく表情は察することができた。


「燐たちの髪色に似てるでしょ、?」
「わかってて選んだのかよ」
 

たくさんあるネイルだけれど、迷ったらどうしてもこのダークレッドを選びがち。見てるだけで燐を思い出して幸せになれるから。辛い時は元気ももらったダークレッド。そんなこと、燐には言えないけれど。後ろから髪の毛に顔を埋めながら、むぎゅってしてくる燐に塗ってもらえた爪を見て、あぁ、こんな時間も幸せだなあと今この時間を噛み締めた。

[ ]









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -