懐かしい記憶



物心ついて、自我が芽生え、幼いながら過ごした記憶が覚えている頃の話だ。5歳前後だろうか、故郷で過ごしたある日の記憶。

燐は故郷の大人たちに囲まれていた。いつものようによくわからない話をしていて、今思えばそれは小さいながらも次期君主である燐への挨拶や報告だったんだと思う。幼い頃からしっかりしていた燐は、大人たちの言うことをよく理解していたし、よく見ていた。そんな燐をあたしもそばでずっと見てきた。なのにあたしは1歳差でも幼さ故に大人たちに囲まれて笑う燐の違和感がずっと理解できなかった。


あたしはそれでも、いつだって燐をずっと見てきた。そばにいれる時は、ぴったりくっついてたし、今思えば燐の優しさにあたしは頭が上がらない。そんなあたしがふと気づいたことがあり、ある日あたしはそれを口にする。



「りんねさま」


みんながおんなじように呼ぶように、あたしには口馴染みのない呼び方をしてみた。そしたら、すごい何か嫌なものを噛み締めたような表情で勢いよく振り返ってあたしを見るから驚いてしまう。そして、ズンズンと無言で近づいてきて、気づけばギュッと抱き締められていて、訳もわからないあたしは「どうしたの?」と口にした。



「優希はだめ」
「んぅ?」
「優希は、りんって呼んで」


いつだって、あたしから燐に抱きつくことの方が多くて、燐はそんなあたしをいつも受け止めてくれる。だから、燐からギュッてされたことが意外だったし、燐から言われた言葉にあたしの頭の中で浮かぶハテナ。



「りんがいいの?」
「りんがいい」
「みんな、りんねさまってよんでるよ」
「うん、だから優希はりんってよんで」
「うん?わかった」


何が、だからだったのだろうか。結局理解できないままあたしは燐が言うことならばそうしよう、そう思って飲み込んだのだ。






「燐音様」


何年経っても一生この呼び方は口馴染みしないのだろう。それでも何となく懐かしくなって呼びたくなって気づけば口にしていた。あたしの胸元に抱きついて寝ているであろう赤い髪の毛をそっと指で遊んでいたら、モゾモゾと身を捩って「それで呼ぶな」って寝起きの掠れた声が耳に入る。


「起きたの?」
「…起きてた」


なるほど、狸寝入りしてたわけだ。あたしはふふっと頬が緩む。


「呼ばないよ、ただ懐かしいなって思ったの」


あの頃はわからなかったけど、今ならなんとなくわかる。幼いながらに故郷の重圧を常に受けていた燐だからこそ、君主として呼ばないあたしの呼び方が燐にとっては心のゆとりに繋がっていたんだろうなって。兄さんって呼ぶひーくんのお兄ちゃんでいられるように、燐がきっと等身大でいられる場所にあたしがなっていたんだろう。


「燐って呼び方ができるのもあたしだけだもの」


今だっていろんなモノを抱えているであろう、だからこそあたしはこうやってそばにいたい。


燐が繕わない天城燐音でいられる場所になれるように。

だってそこがあたしの居場所だから。


「燐、おはよう」
「おはよ、優希」


お互いがこうやって過ごせる朝に小さな至福を抱いて。

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