仮装?お菓子?いるいらない?



あたしが行う仕事といえば、歌、モデル、プロデュース。芸能なんて何も知らなかったあたしが色々な時間と経験を経ても今まだ此処にいられるのは、周りに恵まれていたからだと思う。Knightsのみんなもそうだし、事務所の人たちもそう。今ではありがたいことに仲の良い人たちも増えたのだけれど、そのうちの一人となるスタイリストの彼女と今あたしはESの衣装ルームにやってきていた。

たくさんの衣装が並ぶ衣装ルームは、煌びやかな衣装からシンプルなものまで色鮮やかに並べられている。今度の雑誌の撮影で衣装決めにやってきたあたしはさっきからいろんな服を着ては着替えてを繰り返す。


「優希ちゃんはさ〜」
「うん」


次はこれ着てみてって言われて渡された衣装を着替えながら、更衣室の外で衣装を選んでいるであろう彼女が話し出す。あたしは着ていたものを脱いで袖に腕を通しながら、更衣室の外へ届くように少し大きめの声で返事を返す。たまにシャッシャって金属が擦れる音がするから、多分衣装を動かしているときにかけているハンガーが擦れる音だろう。


「ハロウィンは何かするの?」
「ハロウィン?」
「そう、ハロウィン」



言われて初めてそういえば今は10月だったことを思い出す。10月といえばニキくんや宗くんの誕生日があって、そっちに意識が全振りしていたからすっかり頭からスポンと抜けていた。元々、縁も所縁もない行事。こっちに来てから知り得た知識の一つであり、その内容を知ったところであたしが自ら何かをしたいと思えるものでもなかった。なので、今更何かするの?と言われても正直ピンと来なかったりするのが本音だ。


「何もしないかな」


だから、やんわりと事実を述べただけなのだけれど、彼女からは「そうなの?」って意外そうな声がした。


「うん、番組とか企画があればやるけど、わざわざする感じじゃないかな」
「そっか〜」


カーテンを開けて、着替えた姿をお見せすれば彼女は上から下まで確認して、うんうん頷いている。今着ている服といえば、黒いフリルのあしらわれたレースドレス。いわゆる、ゴシックロリィタで普段のあたしが着ないタイプのものだ。と、いうのも次の雑誌のコンセプトがいつもと違う姿であり、その一つの候補として着ているはずなのだけれど。


「ハロウィンっぽくも見えるし、かわいいなって思ったんだけど」
「ハロウィンってだけで仮装するとかそういうのは…。仕事でいろいろ着させてもらってるし」
「でもほら、それこそ彼氏とか喜ぶんじゃない?」
「うーん」


仮装して喜ぶものなのだろうか。どうも一般的なハロウィンはよろしくないニュースが飛び交ってるせいで、あまりプラスに捉えられないあたしは燐がそれで喜ぶとは思いにくい。巷での燐のイメージからすれば、ハロウィンとかノリノリで楽しんで仮装してとか好きそうなんだろうけれど。


「あ?優希」
「…燐?」


考えていたら何とやら。まさか衣装ルームに燐がやってきたではないか。あたしもここで会うなんて思っても見なかったから、パチパチと瞬きを何度もしてしまう。燐もそれは同じなのだろう。ちょっとだけ、不意をつかれたような表情であたしを見てくる。表情は驚きに近いものがあるから、そういうことなのだろう。



「今日、打ち合わせじゃねぇの?」
「そうだよ、その一環で衣装選びに来たんだけど」
「フーン」


燐の表情はあまり変わらない。つまりイマイチなのかもしれない。まあ、元々あーこー変化していうタイプじゃないし、と思ってみたけれど。あたしもアイドル、人に見られるのが仕事だ。ふわりとスカートを靡かせて、雑誌でやるようなあざとさをちょっと意識したポーズで燐を見上げてみる。


「かわいい?」


ストレートに聞いてみた。燐は無表情のままだったけど、言葉の意味を咀嚼したのか、ふっと笑ってあたしの頭を撫でてくる。


「かわいい」
「…本当に?」
「かわいい、からだーめ」


何が、って思った。だめとは、どのことに対してなのだろうか、と思ったらいつの間にそこに手があったのだろうか。胸元を軽く引っ張られる感覚があって、自然とつられて視線を落とした瞬間、頬に触れる唇。


「胸元開いてるから、却下な」


至近距離で絡まる視線。囁く声は耳元に近い。吐息だって聞こえてくる距離にくすぐったく感じる。


「うん」
「どんなコンセプトかしらねぇけど、露出は禁止」
「うん、?」


露出ってそんなに出てるわけじゃないけど。まあ、故郷で考えてしまったら確かによろしくないよね、と納得。


「あ、燐は」
「ん」
「ハロウィン、したい?」


さっきまで話題で出ていたことを聞いてみた。一人で考えてみても、答えなんて出ないし、だったらいっそのこと聞いた方が早いから。そう思って聞いてみたら、少しだけ考えてますって感じの表情。


「まぁ、どっちでもって感じだけど、トリックオアトリートで優希の考えるトリックが気になるから、良いかもな」
「り、ん?」
「なーんてな、仕事頑張れよ」


至近距離でニヤッと笑う燐。言われた言葉の意味がすぐに理解できず、困惑していたら勝手に話を収めてあたしからも距離を置いて出て行ってしまった。完全に置いてきぼりだったあたしはポカンとしたまま。そうしたら、スタイリストの彼女が慌てた様子でやってきて、一緒に来ていたことを思い出す。


「わ…、さすが優希ちゃんの彼氏…」
「…そう?」
「だって、今のとか」



今の、そう言われて、今までのやりとりを思い出す。そうだ、元々はこの部屋に彼女と二人で来ていたわけで、そこに燐がやってきて。つまり、今までのやり取りは彼女の目の前で全てをやっていたことになる。


なんだ、そういうことか。


「普段もメディアに出てる時とあんまり変わんないんだね」
「うん、普段はね」


燐は彼女の存在があったから、あんなことをしたんだろう。普段の、みんなの前でいる天城燐音らしいことを言ったのだ。ポカンとしてしまった理由はこれだ。燐と二人だけなら、きっとあんな風には言わないし、まずあんな風に言葉にすらしないはず。燐はいつだって、みんなの目線を気にして、自分がどうあるべきかを造り上げる人だから。

普段二人きりの時らしくない燐にあたしが咀嚼しきれなかったのだ。だけどそれで良い。二人っきりの姿はあたしだけのものなのだから。



だけどせっかくだし、あんまり考えてなかったハロウィン。今回をきっかけに今年は何かやってもいいかもしれないって思って、思案をひっそりと繰り広げる。そして、互いの予定が空いた日に不意打ちで仕掛けてみたけど、これはこれで楽しかった。

仕事柄、いろんなことをさせてもらってるから、ハロウィンはあんまり関係ないのかな、って思うことはあったけど、せっかくなのでご都合良く捉えておこう。

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