ウランボン



夏、故郷にいた頃こんなにも暑い日を体験したことがあっただろうか、とつい昔を振り返ってしまう。テレビなどのメディアでは猛暑という言葉が毎日のように言われていて、聞くだけで暑さが増すから正直やめて欲しいと思うのはあたしだけだろうか。体を冷やしすぎるのもよくないけれど、かと言って適度に温度調節をしなければ熱中症になってしまう。そのため、この時期のクーラーは必須事項。事務所、スタジオ何処でもそうだ。もちろんそれは例外なく家の中でも同じ。


自然と浮上した意識、重い瞼を押し上げてまず最初に入ったものは見慣れた赤。触ればサラサラと指が通る赤い髪。体が動かない、というよりは動かせないが正解だろう。腰に腕を回されて、足も絡めるように互いの足が重なっているし、何よりあたしの首筋にかかる吐息、そこに燐の顔があるのだ。つまり全身でがっちり固められた状態のため、寝返りだって打てない。なんでこんなにもくっついているのかって、おそらく寝てる間につけていクーラーのせいだろう。二人で寝るとなれば、お互いの体温で寝苦しくなることを考慮して部屋の温度は少しだけ低め。夏用布団で一緒に寝るのがいつものことだけれど、少し低めの部屋の温度では絶対燐が寒くなって無意識なのか暖を取るようにくっついてくるのだ。布団にくるまって、肌という肌から熱をもらうようにくっつく姿をファンや関係者の人たち、そして故郷の人でさえ、誰が想像できようか。あたしは、そっと身を捩りながら、抜け出そうとするけれど、それを察知したらしく、腰に回っている腕に力が込められて身動きが取れなくなってしまった。なので、そっと頭を撫でて「起きたい」って伝えたら、すごく眠そうな、ちょっとだけ目つきの悪い寝起きの顔でジトッと見られて、また顔を首筋に埋めてしまう。一見、駄々っ子のようなこの行動だけど、燐は聞き分けが良いから、あたしからも一度ぎゅっと抱きしめてあげれば、スルリと解放してくれる。そしてあたしが寝ていたところで、モゾモゾと動いて布団を被り再びあと少しの睡魔と共に眠りにつくのだ。



洗濯機に洗濯物を入れて回している間にご飯を作り洗濯物を乾す。朝の7時ごろにはもうギラギラとした日差しが降り注ぎ、猛暑の力強さを肌で感じながら何とか済ませた。汗がじんわりと額に滲み出て、さっさと部屋に戻れば涼しいのに、暑い日差しが照りつける空を見上げてあたしはしばらくベランダから動けなかった。


「優希」


後ろから伸びてきた腕に閉じ込められたのと名前を呼ばれたのは、ほぼ同時だったと思う。朝は前からだったというのに、今は後ろから首筋に顔を埋めて抱き締めて離してくれないせいで、再び身動きが取れなくなった。唯一動かせる腕で、あたしを閉じ込める腕にそっと触れて、顔を横に動かせばすぐに鼻をくすぐる赤い髪の毛。


「おはよう、燐」
「…おはよ」


今回は顔を上げてくれなかった。ぐりぐりと顔を押し付けて、こもった声だけが返ってくる。ベランダで、こんなことして、誰かに撮られたらどうするのって思ったけれど、熱愛報道もバッチリされているあたしたち。だから今更なんだって気持ちもあるのだろう、燐のことだからそこまで頭が回ってないわけじゃないはずだから、あたしは素直にそれに合わせるだけ。


「まだ眠い?」


なかなか動こうとしない燐に、とりあえず尋ねてみたけれど無反応。どうやら違うらしい。うーん、嫌な夢でも見たのかな。でもそういう時って、朝から離してくれないだろうから、多分これも違うのだろう。


「…優希がそのままいなくなりそうだった」


このまま当てるまで動けませんクイズかな、って思ってたら案外答えはすぐだった。燐は相変わらず腕を緩めてもくれなければ、首筋に顔を埋めたまま動いてさえくれない。クーラーはもちろんない、むしろクーラーの室外機があって暑いし、外からの日差しが照りつけている。トドメのように燐に抱きつかれて、あたしはもう暑くて早くすずみたいのが本音だし、汗をかいて匂いも気になるところだけれど、燐の弱々しい声とその言葉を聞いてしまったら、そんなことも気にしている場合じゃなくなってしまう。


「あたしはここにいるよ」
「じゃあ、なんでずっと動かなかったんだよ」


悪夢でもなければ、何をきっかけにそう思ったんだろうと思いつつ、燐に安心して欲しくて口にした言葉はどうやら逆効果だったらしい。暑さなんて関係ない、ぎゅうっと力を込められた腕がちょっとだけ苦しいぐらいだけれど、それは言わないでおこう。


「お盆かぁ…って思ってさ」


ずっと、って燐はいつから起きて見ていたんだろうか。


「お盆って亡くなった人が戻ってくる時期でしょ?天気がいい日に戻って来られるのもわかりやすいのかな、とか思ったりもしてね。それに、顔出したいなって思っただけ」


こっちの生活になって何年経つだろうか。故郷には何年も帰っていない。帰れないから仕方ないけれど、ふと思い出すのは母さまのことだ。母さまはもう一人だから、あたしがいなくなってどうしてるんだろうっていつだって心配になる。それに父さまにも会いに行きたい。姿形はもう見られないけれど、このお盆の時期にもし会えるというのならって思ったら、遠く離れたこの地でも会うことはできるのだろうか、例えばこんなふうに澄み渡った空ならば、何処までも続くように広がっているから、もしかしたらって思ったのだ。


「ほら、燐。暑いからそろそろ入ろう?」


この話はここでおしまい。さすがに暑くてこのまま此処にいるのもそれこそ熱中症になりかねない。だから、燐の腕を数回軽く叩いて移動を促せば、やっと少しだけ腕を緩めてくれる。顔だって首筋からやっと離れてくれて、ちょっとだけホッとする。


「あたしは燐と一緒に生きてるから。ただちょっとだけね、こういう時に思い出すのも良いかなって」


離れた瞬間に気付く、肌がちょっとだけベタついていることに。
だから、これ以上くっつかれるのもって思ってたのに、燐は再び首元に擦り寄ってきて次は唇を這うように滑らせる。肩の方へと下がったところで吸い付いてきて、あって思ったけど時はすでに遅し。絶対そこに痕があるし、燐は燐で満足したのかあたしの頬に軽く口付けて、次こそちゃんと離れてくれた。


「優希、朝飯食おう」


いつも通りの燐だ。まるで早くしろよ、と言いたげな物言いだけれど、それは全部一般論に過ぎない。


「りーん、」
「あ?っ」


あえて、名前を呼んで振り返った瞬間にあたしから次は軽く唇に口付ける。ふふっ、してやったりって気分はいい。

見てるかなぁ、そしたらちょっと恥ずかしいけれど、あたしは今、燐と一緒にいられて幸せです、父さま。そのことを是非とも母さまにも届きますように。

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