ナイショの話



※喪失と昏睡の数ヶ月後軸
※今後の本編がどうなるかわからないのでif軸

あの事件以来、定期的に病院に足を運んでいたあたし。意識が回復した後も心配だからってことで、経過観察のために病院に行くことを義務付けられていた。意識を飛ばして、精神的に病むような夢を見ていたし、燐がいくら庇ってくれたとは言え、受けた衝撃も軽いものではないから、仕方ない。先生もそろそろ大丈夫かなって言ってくれたし、病院通いもそろそろ落ち着くだろう。

診療室を後にして、病院内の廊下をひっそりと歩く。他の患者さんたちに見られるわけには行かないため、裏の入り口を使って外来診療室とは別の診療室に行くことが当たり前になっていたため、周りには人の気配はほぼない。


角を曲がってしばらくすれば階段がある。エレベーターも誰かとブッキングする可能性があるから、極力使わないようにと思って階段での移動のため非常階段を目指して歩いていれば、突然誰かの声聞こえてきて思わず体が跳ねた。突然聞こえたこともあるけれど、聞こえてきた声がとても苦しそうに荒げていて、こんなにも悲痛な声色を普聞くこともなかったから、余計にびっくりしてしまった。ここは病院、いろんな患者さんが診察を受けるわけだし、入院患者となればあたしみたいな軽い症状の人はまずいないはず。何かしらの辛い苦しい理由でいる人たちが主なはずなので、びっくりしてしまったけれど怖いと思うのは失礼だろう。だけど、やっぱり突然聞こえてきた声と治らない叫びに似た悲痛な声は聞いているだけで不安になってしまう。



「すいません、よろしくお願いします」


別にどこから聞こえるんだろうとか探ろうとは思ってはいなかった。プライバシーの侵害をされて困るのは、あたしも仕事柄よくわかっていることだから、このまま静かにいなくなるつもりだったけど、角を曲がったぐらいに反対側の廊下から聞こえてきた声が聞き覚えのあるものだったから、思わず振り向いてしまった。頭を深々と下げたその人は、とても見知った水色の髪色をしていて、HiMERUくんと認識したのは顔を上げた瞬間に見えた横顔を見た時だった。


「ひ、めるくん…?」
「優希さん…」


見て見ぬふりをして立ち去ることもできたかもしれない。いや、結局は同じ廊下にいて、隠れる場所もないからすぐにバレていただろう。さっきの声の主はもしかしてHiMERUくんだったのだろうか、と思ったけれど見た目からして違うのはすぐにわかった。声の主は暴れているような我を忘れた声をしていたけれど、今のHiMERUくんは格好自体はちゃんと整っているし、表情こそ暗いけれど、暴れた後って感じはしない。つまり別の人のものだろう。だけど、HiMERUくんが出た部屋あたりから聞こえたと言えば、そうかもしれない。興味はあっても、ここは病院。誰にだって探られたくない、触れられたくない事はある。関係的にもあたしが踏み込んでいいような事でもない。名前をつい呼んでしまって、目が合って立ち止まってしまったけど、その後は何も考えていなかったからこそ、どうしようって悩んでいれば、HiMERUくんは少しだけ困ったように笑ってくれた。


「お茶、ご一緒しませんか」




HiMERUくんに誘われてやってきたのは、ちょっとした休憩ロビー。やっぱりそこは人が周りにはいなかった。ここは芸能人にも配慮を利かせた病院なだけある。一般人が入れないようなスペースがこんなにもあったのか、と初めて知った。まあ、入院中はずっと寝ていたわけだし、意識が戻った後もすぐに動けたわけでもなく、後は退院して通いで診察すれば帰るだけだったから探索のしようも開拓する理由もなかったから仕方ない。


紙コップで出る自販機で適当にコーヒーを選んで、二人でちょこんとベンチに腰掛ける。



「すいません、誘っておきながらこんなところで」
「ううん、むしろ気を遣わせちゃったかな、ごめんね」
「HiMERUのことは気にしないでください。今日は検診ですか?」
「うん。もう問題ないんだけどね、そろそろ経過観察も終わりそうだし」
「それは何よりです」



HiMERUくんて燐たちといる時はとても冷静で表情とかもあまり崩さない人て思っていたから、さっきも表情を崩したりしたところを見てちょっとだけらしくないところを見てしまったなと感じる。あたしと燐の騒動は、燐と同じユニットのHiMERUくんたちにもたくさん迷惑をかけてしまったなと思っている。普段はあまり会う機会が多いわけではないけれど、あたしの検診のことを知っているのは多分燐が話しているんだろう。あの時もそうだったけど、未だにこうやって心配をかけて気を使わせてしまって逆に申し訳ないなと思った。



「HiMERUくんは大丈夫?」


何が、とは聞けない。けれど、HiMERUくんの表情はどことなく元気がなくて、疲れているようにも見えたから、これぐらいなら聞いても良いかなと思って声に出す。HiMERUくんは表情を変えず、あたしから目線を外して手にしていたコーヒーの入った紙コップを静かに見つめる。



「HiMERUなら大丈夫です」
「そっか」



HiMERUくんがそういうなら、この話題はこれで終了。深掘りも詮索も禁止。これ以上何かを言う資格もないので、あたしは次の話題を探しながらコップに口をつける。



「HiMERUは大丈夫ですが、俺はどうなんだろうかと思ってる」



HiMERUくんの一人称が変わった。口調も少し違和感がある。



「目を覚まさず、覚ましたとしても自我を忘れていて、どうすればいいのかわからなくなる」



HiMERUくんはポツポツと呟いた。誰のこととは言わず、ただ抱えているものを吐き出すように。



「自分のせいでこんなことになって、身勝手なことだとわかっていても俺は後悔から自分のためにアイツの為にやろうと決めたことを貫き通していく覚悟を決めたのに、ふとした瞬間不安になるんだ」
「HiMERUくん…」
「優希さんが天城と階段から落ちたと知った時、優希さんが意識不明になった時、天城の気持ちが痛いほど理解できた。大切なものを目の前で失うかもしれない恐怖と元に戻らないかもしれないという不安」


ゆっくりと呟く中で、一呼吸を置いて何かを吐き出す。


「だけど、優希さんは無事で本当によかった。天城は口でこそ、あぁですが強がってるだけの男ですからね」


ふっと笑みをこぼすHiMERUくんにズキッと胸が痛む。HiMERUくんが何に悩んで何を抱えて何を苦しんでるかなんて何一つわからないけれど、言葉からわかるのは、さっきの悲痛な声の主とHiMERUくんが関係あること、それは多分あたしと燐のように強い関係であること。だからこそHiMERUくんが普段繕って出さない素であろう部分を曝け出してしまっているんだと察する。



「…無責任なこと、言えないけれど。HiMERUくんは一人じゃないよ」



HiMERUくんが確信を語らない限り何もできないし、知ったとしてもあたしに何もできないかもしれない。全てはHiMERUくんが知ることであって、的外れなことかもしれないけれど、あたしが今察することができることから、かけられる言葉を伝える。


「強くたって強くなくたって、貫き通す覚悟とか不安って一人でずっと抱えてたらやっぱり怖いし不安になるし」


故郷を出た時に抱えた覚悟、それでも一人で抱えるには大きすぎたそれは本当に辛かった。それでも今があるのは、Knightsのみんなとの出会いのおかげだろうと思える。



「HiMERUくんには素敵な仲間がいるから、寄りかかれる事は寄りかかっていいと思う。それでもやっぱりできないことがあるなら、あたしでも良いよ。こんな風にゆっくり一緒にお茶しよう」


別に語らなくても良いと思う。あたしだってずっとみんなに言わずにいたのに、みんなはそばにいてくれた。居場所をくれた、一緒にいる理由をくれた。不安がかき消せたわけではないけれど、心の拠り所になってくれたから。HiMERUくんにとって、誰かがそんなふうになれる人がいてくれたら良いなって思うから。


「って、ゆっくりお茶って何って話だよね」
「いえ。HiMERUはゆっくり静かに過ごす時間が好きなのでとても嬉しいです」
「燐やニキくんが一緒だと賑やかもんね」
「あれは騒がしすぎます」


やれやれとした表情を浮かべた時、いつものHiMERUくんに戻ってくれた。あたしはクスクスと笑ってしまえば、HiMERUくんも表情を緩ませて微笑んでくれる。



「お付き合いありがとうございます」
「ううん、こちらこそありがとう。」
「今度はちゃんとしたお茶をご一緒させてください。天城がうるさそうなので難しいかと思いますが」
「ふふっ、じゃあ今日のこともみんなに内緒だね」
「そうしていただけると助かります」

[ ]









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -