番外編



※モブ視点(共演者)


この格好も慣れてきた、と言うべきか。最初こそ気恥ずかしさと言うか、慣れない気持ちもありつつも。憧れもあったりもして、着れたことへの嬉しさもありつつだった制服も今では抵抗なく着れるようになったのは、やっぱり慣れなのだろう。


制服に着替えてメイクに髪型をセットし準備完了。


「おはようございます!」
「おはようございまーす」



校舎という名の現場につけば、いろんなスタッフさんたちが機材準備を繰り広げていてすれ違う人たちに挨拶を順々にしていく。今日の撮影は校舎から。頭に何度も入れたセリフと動きはしっかりと入れてある。それでもやっぱりカメラを向けられて撮影とみんなが真剣に見つめる視線というのは慣れないものだった。

その中でとある人を見つけてあたしはすぐさま駆け寄った。



「優希ちゃん!おはようございます…!」
「おはようございます、今日もよろしくお願いします」



今回の仕事で初共演となった優希ちゃんだ。あたしと同じ制服を身に纏った優希ちゃんはふんわりと笑みを浮かべて返してくれて、その笑顔を見るたびにあたしの心が弾んでしまう。何を隠そうあたしは優希ちゃんの一ファンでもある。


駆け出しのあたしにとって、まずドラマの話が舞い込んできたのでさえ嬉しいのに、主演が優希ちゃんと聞いて更に喜んでしまった。



「きょ、今日も足を引っ張らないように頑張ります…!」
「ふふっ、毎日言ってるけど、そんなに気張らないで一緒に頑張ろうね」
「はいっ…!」



何度会ったってやっぱり緊張しちゃうし、自分の発言一つ一つで不快にさせてないかなとか、変に思われないかとか気になってしまう。でも、優希ちゃんはいつだってそんな不安も払拭してくれる変わらぬ態度で安心とまたあたしの心は浮かれ上がってしまうから悪循環きもしれない。





「みっけた」



突然優希ちゃんの背後からニョキッと現れた人影。あたしの方が見えているはずなのに、何故かびっくりしてしまった。現れたのは天城燐音、優希ちゃんの死角である彼女の後ろから静かに現れて、後ろから腕の中に閉じ込めてしまう。



「二人で何話してンの?」
「えと、挨拶を」
「ふーん、俺っちには?」
「あ、お、おはようございます…っ!、」
「言われるまで忘れられちゃってたとか悲し〜」
「ちょっと、燐」



ふらりと現れた上に軽ーい口調。彼もまた今回初共演だというのに、あたしのペースを乱し、目の前に作っているはずの壁をないものとして扱ってくる。正直苦手なタイプの人種だ。優希ちゃんも天城燐音の言葉に何か思うことがあったのだろう。少しだけ注意するような口調で天城燐音を見つめるが、彼にはそんなことお構いないらしい。



「俺っち、優希と話せる時に話さねェといけねェじゃん」
「そんなことないし、ここ現場だから…」



人目なんか気にしてませんって感じで、優希ちゃんを腕に閉じ込めたままニコニコと満足そうに笑みを浮かべている天城燐音。それに対して優希ちゃんは何とも言えない表情を浮かべているし、彼女の言う通りTPOを弁えてほしい。



「現場だからこそ、限られてくンだろ」



限られるとは何のことなのか。二人が話せる時間のことなのか。それならなおのこと言いたい、自分達はプロでありここは仕事場である。プライベートを仕事に持ってこないでほしい。そう思うのは当たり前のことだろう。優希ちゃんは困ったように笑うだけだし、結局目の前でひたすらくっついてるところを見せられて、あたしは彼の存在のせいで上手く話すらできないまま、撮影開始となってしまう。









「優希ちゃんは何であいつ何だろう」


撮影の合間、次の台本を読みながらもあたしは上の空。それもこれも、天城燐音のせいだろう。ずっと楽しみにしていた優希ちゃんとの共演。なのに全然絡めないし、撮影は次から次へとスケジュールが組まれていて忙しい。時間が空いたかと思えば、天城燐音がすぐ優希ちゃんのそばを陣取っている。正直、撮影期間中の二人を見ていて、優希ちゃんはあんな風に一緒にいて嫌じゃないのかなって思ってしまう。優希ちゃんとの熱愛報道もそれを肯定したことも知っているからこそ、嘘ではないこともわかってはいるけれど、やっぱりこの疑問は拭えない。


優希ちゃんが好きって言うよりは完全に天城燐音の良いようにされてる気がするんだよなあ。


撮影の順番は様々。話に沿ってやっているわけではなく、撮影したい時間帯に合わせて各場所場所で行っていくため、シーンごとによっては感情が混乱するほどに。気づけば時間は日付を跨いていた。今回は朝方撮影のため、早朝に撮影場所へと赴く。



時間を問わず、仕事に全力なみなさんを尊敬する。真っ直ぐ真剣な表情でカメラと向き合い、現場に立ち会う姿に私は極力自分の存在感を消して溶け込んだ。撮影スタッフさんが見つめる先には、優希ちゃんが一人。モノローグなシーンの撮影中だろう。一人ポツンと立ってるその姿は表情が見えなくても切なげで悲しくて、声を掛けたくてもなんで声を掛ければいいんだろうか。あくまでこれはフィクション。今は撮影の真っ只中だというだけで、現実の出来事ではない。それでもそう考えずにはいられないほど、あたしはそこにのめり込んでいた。



監督の「カーット!」って声を耳にした時、ハッとさせられて、我に返ったときには、このシーンの撮影が問題なく終わったらしい。周りのスタッフさんたちがザワザワと動き出す。

スケジュール的にはこの後一旦小休憩を挟んでからの撮影のはず。あたしはギュッと手にしていた袋を握りしめて辺りを見渡した。この時間なら、ゆっくり時間が取れるかもしれない。そう淡い期待を持ちつつ、朝早い撮影だから優希ちゃんも疲れてるだろうと思って、差し入れを持ってきた。話題のネタにもなるし、少しでも喜んでもらえたら、と思ったそらを渡すなら今のはず。ザワザワとするスタッフさんを掻き分けて、あたしは必死に優希ちゃんを探した。

おかしい。次の撮影もあるはずだから、遠くには行ってないはずなのに姿が見当たらない。あたしはもしかして、何処までも優希ちゃんと接触できないのではないかと思いたくなる。ここまできたら、筋金入りだ。ちょっとだけ、地味に悲しくなって諦めかけていた時、あたしは別のものを見つけて、少しだけ身構えてしまう。






天城燐音だ。



撮影衣装である制服姿、だけど上着は脱いでいてシャツだけ。朝方はまだ冷えるというのに、上着はどうしたものか。天城燐音は何か大きなものを抱えて座っているように見える。片手で持っているのか抱えてるに近いそれを支えながら、空いてる方の手でスマホをいじる。天城燐音なら知ってるかもしれないけれど、話しかけるのは癪だった。っていうか、優希ちゃんといない時間だって過ごせるじゃん。もしかして優希ちゃんが撮影終えたこと気付いてないとか?



とにかく、自分からわざわざ絡みに行く必要もなければ、近づく必要もない。あたしはすぐに回れ右をして離れようと思ったのに、方向転換したことにより違う角度が見えてきてギョッとした。


天城燐音の抱えているものが最初は何かわからなかった。だけど、ギョッとしてからわかる、まず見えていたそれはあたしたち演者たちが待機中に羽織っている上着だ。それはまるで人の背中がそこにあるように丸く盛り上がっていて、それは天城燐音が人一人を抱えていることになる。方向転換して見えたのは、あたしが探していた優希ちゃん本人だった。上着でまるで自分を隠すかのように身を包み、まさか優希ちゃん自身から天城燐音の膝の上に乗っかって、寄りかかって寝ていたのだ。びっくりした、まさかすぎる。あんなにくっつくことを意識してしないようにしていたのに。ギョギョっとしちゃうし、いざ優希ちゃんがそういうふうに天城燐音に甘えてる?姿を見てしまっては脳内処理が追いつかない。寝てる姿もかわいい!とか思いたいのに!どうしようどうしようと思っていれば、あろうことか。天城燐音と目が合ってしまった。それはもうしっかりと。あたしは思わず狼狽えてしまったけれど、天城燐音の方はあまり気にしてないのか、じっとあたしを見るなり、口元に人差し指を立てる。それは優希ちゃんが寝ているからの配慮を意味しているんだろう。わかっている、あたしだってそんな邪魔はしたくない。


だから仕方ない、今はとりあえず身を退こう。



この差し入れもまた後でタイミングを見て渡せばいい。

とりあえず早朝からの撮影で疲れているであろう優希ちゃんの大事な休息時間を邪魔するわけにはいかないから、あたしは当初とは別の理由にはなってしまうがここを離れることにする。そうと決まればクルリとUターン。


離れる途中に一回だけ、好奇心が勝ってしまってあたしはチラリと後ろを盗み見た。



天城燐音って口が悪くて品がなくて。

攻撃的でずる賢いイメージ。

要領がいいんだろうな、卒なくこなす人、って思ってた。




つまりあたしの中でのイメージはそんなに良くなくて、だからこそニューディのお姫様と呼ばれる優希ちゃんが付き合ってるなんて知った時驚いたし納得できなかった、けど。



大切なものを慈しむような瞳で優希ちゃんの寝顔を覗き込む天城燐音。テレビでは決して見せない顔。強いていうなら、今回の役の撮影中にあるかな、ってぐらいだ。その表情を実際にするなんて思っても見なかったから、正直面食らわせられた。大切そうに抱えて、だけど周りから見られないようにか、それとも朝日が眩しくないようになのか、優希ちゃんへの配慮をさりげなくする彼を見て、あたしは少しだけ印象が変わっていくのを感じた。





天城燐音は予想以上に優希ちゃんを溺愛して大切にしているのかも、と。

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