娘の成長2
※娘3歳
※2022年燐音BD裏話
カレンダーをぼんやりと見つめながら今年は何をしよう。
なんて、考えも数日前からずっと繰り返している。何なら、数日どころではない、数週間まえからだ。何年経ってもこの時期は特に悩みは尽きない。
「優希ちゃんはどうするんすか?」
「うーん…」
テーブルの上にスマホを置いて、イヤホンを耳にしながらぼんやりと宙を見つめる。視界の端で、蓮がガチャガチャとおもちゃで一人遊びをしているけれど、何をやってるのだろうか。「んぅ?蓮ちゃんはね〜」などと言っていて完全に自分の世界に入り浸っている様子。だからこそ、今蓮を現実世界に呼び戻すわけには行かない。そしたら蓮がドタドタとする未来が見えてるから。
「何がいいか決まんなくて。事務所の方で今年もパーティーもあるみたいだし。ニキくんも作るんだよね?」
名前を言うとき少しだけ、声の大きさを抑えて呟くが、遊びに夢中で助かった。蓮には聞こえておらず、胸を撫で下ろした。
「そうっすね〜、副所長からも頼まれてるんで作るし、僕からのプレゼントも燐音くんの好物を作ろうかなぁって思ってるんすよね」
基本毎年、そんな感じっすけど、この方が僕らしいし燐音くんも喜んでくれるみたいなんで、とニキくんの楽しそうな声が耳に入ってくる。ニキくんは料理が好きだから、考えるのも楽しんだろうな。そっかぁ、ニキくんも大体の案がまとまってるのか。
「燐音くん、優希ちゃんからだったら何でも喜んでくれそうっすけど」
ニキくんのその言葉はとてもありがたい。確かに燐なら何でも喜んでくれると思う。何でも喜んでありがとうと言ってくれそうだからこそ、本当に喜んでもらえるものを渡したい。毎年そう思うし、歳を重ねる度にお祝いの回数も増えるからこそ、悩んでしまう。
「蓮がいまから、つくるからねっ!」
どうやら、蓮がやっていたのは一人おままごとだったらしい。声は大きいし動きも大きい。それでも一人で楽しそうに遊んでるから、こっちとしてはありがたいのだけれど、子供ならではの行動がふとおかしくなって、つい笑ってしまう。
「あ、そうだ!ニキくんに相談なんだけど」
そういう電話をしたのはもう数日前。
今日は燐も休みの日。昨日の夜から、明日は蓮と遊ぶと楽しみにしていた。そのため、まだ蓮が夢の中だと言うのに燐は早く目が覚めてしまったみたい。ソワソワした様子で蓮のところに確認しに行くけれど、未だ夢の中から抜け出せない蓮の寝顔を見て少ししょんぼりしながらも、癒やされたのか幸せを噛み締めたような表情でリビングに戻ってくる。
「さっきからそんなに時間経ってないのに見に行っても変わらないよ」
「わーってるけど…、もしかしたら起きたかもって思っちまって」
多分また見に行きたいんだろうけど、自分の感情を押し殺してテレビのリモコンを手にして興味関心を無理やり他のものへと切り替える少なくともあたしにはそう見えてしまい、少しだけ居た堪れない気持ちが湧き上がる。
「蓮、起きるならもう少し後だと思うから」
結局テレビを見ていても落ち着かない様子の燐に一つ提案をする。
蓮が起きて遊ぶときに一緒に食べるお菓子とか飲み物、買ってきてあげたら喜ぶと思うよ。そうしたら起きるまでの時間も潰せるし、蓮も喜んでくれるだろうからどうだろう?って伝えれば、燐はすぐさまテレビを消して立ち上がる。そして財布を手にして「買い物行ってくるわ」なんて言い出して家を出てしまった。本当に蓮のことになると何でもしてくれる燐が時におかしくて、残されたあたしは一人で笑ってしまう。
「蓮、おはよう」
「んぅ…ん」
燐が出た後、洗濯物を乾してから、蓮の眠る寝室に行って半分ほど意識が覚醒した様子の蓮に声をかける。まだ眠そうだけれど、本人的には起きたいらしくって何とも言えない声を漏らしながらモゾモゾと謎の動きを取っている。
「あれ、蓮はまだおねむかな〜?今日なにするんだっけ」
「んぅ〜」
「ほら、蓮ちゃん」
立ち上がるために一度、枕に顔を埋めながらも足だけは立ち上がりを見せていて、どんな起き方…と思いながらあたしはそれを見つめる。眠い目をゴシゴシ。前の見えてない蓮を誘導しながらリビングへと移動した。
「蓮」
「あーむぅ」
しっかり目が覚醒した頃、蓮は可愛いキャラクターのあしらわれたスプーンでごはんを一掬い。そして自分の口に移動して朝食の時間を過ごしていた。ちなみにパパはまだ帰ってきていない。自分で食べるようになった蓮がちゃんと食べれてるかを確認する意味も含めて、あたしは蓮を観察するように見つめながら声をかけた。
「蓮、今日はお出かけしない?」
「蓮は、ぱぱとあそぶよっ」
最初こそ完全に流されてしまったが、改めて話しかけてみたらしっかりと返事をしてくれた。昨日のパパとの約束はしっかりと覚えていたらしい。蓮も蓮でパパと遊ぶの楽しみにしてたもんね…、仕方ないかぁ。燐、ごめん…!
「きっとね、ニキくんが蓮に会いたいと思うんだよね」
「にい…!」
「ニキくん、蓮ちゃんに会いたいな〜って」
「蓮!にいとこいくよっ!!!」
最後の切り札として、ニキくんの名前を出してみたら態度は急変。押してはいけないスイッチが入ったように元気よく動き出す。力強くぴょこぴょこ、ドタバタ。ニキくんの名前一つで態度が急変する蓮を見たら燐が悲しむだろうな。本当に今ここに燐がいなくてよかったと言い出しっぺのくせに思わずにはいられない。燐ごめんね、と。
「は!?」
そう、その反応は正しい。
帰ってきた燐と言えば、ニキくんのところへ行くつもりになりきっている蓮を目の当たりにし、驚きの声をあげていた。
「蓮、今日はパパと遊ぶんだよな…?」
「んーん!蓮はね、にいのとこいくの!」
蓮と言えば、ドタドタと家の中を駆けて、ひーくんに買ってもらったリュックにせっせと荷造りをしている。あぁ、もう燐の背中がとてもかわいそう。
「ニキのやつ、仕事でいねェって」
燐は蓮を説得するためにニキくん不在案を口にする。確かに子どもは単純だから、そう言われたら信じちゃうと思う。だけど、蓮は一筋縄ではいかない。
「にいとこいくのっ!!!」
「蓮…」
ドタバタと足踏みをして、行くと決めた意思は決して曲がらない。何なら、表情を歪ませてこのままでは泣くかもしれない。こうなったら、もう頑固たる蓮を説得するのは難しい。燐も困った雰囲気が漂っているし、あたしが巻いたタネだし、収集させますか。
「じゃあ、確認しよう」
何とも言えない表情の燐、視線の先にはソワソワした様子の蓮がいて、その手にはスマホ。小さな両手でスマホを手にして、耳に当ててジッとしている。燐も蓮も黙りしているせいで、部屋の中は3人も人がいると言うのに珍しくシンとしていた。
「もしもし?」
「にーい!!!」
「んぃ!?蓮ちゃんっすか?」
蓮の持つスマホから僅かに鳴り響くコール音が消えた頃、スマホから聞こえたのはニキくんの声だ。ニキくんの声が聞こえるなり、蓮はパアッと明るくなって必死にニキくんの名前を呼ぶし、燐はこの時点で表情は更に曇っていく。
「蓮ちゃんどうしたんすか?」
「にい!蓮ね、にいとこいく!」
「蓮ちゃん、僕んとこ来てくれるんすかー?」
「蓮いくよっ!!!」
「なははっ!嬉しいっす!じゃあ、待ってますね〜!」
ここから結果までは早かった。電話口からニキくんの待ってますって声が聞こえたので、蓮は嬉しそうに「うん!!!」と頷く。これがどんなやりとりかはもう一目瞭然だ。燐は今のやりとりで完全に大打撃。そんなパパに気付かない蓮はニキくんと話すのに使っていたスマホをパパに差し出す。
「ニキ…覚えてろよ」
「え?!燐音くん!?!?」
一言だけ、それはもうびっくりするぐらい低い声で呟いてスマホの通話を切った。ぴょんぴょんと嬉しそうにする蓮と予定が一気に変わってしまって一気に転落した燐。まるで天国と地獄が混在しているようだった。
後でニキくんに連絡入れておこう…ごめんねって。
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