SS予選会



※SS予選会ネタ
※続かない、オチなし


どこが好きとか言われても、優希が優希だから。

俺の腕の中に飛び込んできて、あどけない表情で俺を見上げたあの出会いは今も鮮明に覚えている。

みんなが「燐音様」と呼ぶ中、唯一「りん」と呼んだ優希。


理由としては「りんね」と言えなかっただけだけど。幼かった俺からすれば唯一俺を見上げ「燐音様」と呼ばなかった存在。大人たちのくせに俺を上から腰を低くして見つめながら「燐音様」と呼ぶ民衆たちとは違う。何も知らない無垢な優希の笑顔に俺は惹かれたんだ。



「りーん」
「どうした」



いつものように一緒のベッドに入って、ピッタリとくっつき寝そべりながら俺の名前を呼ぶ。部屋着でリラックスしてるすっぴんの優希は俺しか基本知らないわけで、それだけで優越感と幸福感で満たされる。




「明日ね、モデルの撮影なんだけど、なんか大きなスポンサーさんご指名らしい」




優希は嬉しそうに語り出す。元々観せることに携わってきたから、やることが違えど優希にとっては嬉しいんだろう。故郷にいた時も、今やアイドルをしている時も俺としては気が気じゃないことも不安も多いけど、そんな気持ちを払拭できるのはこういう時間があるからだと思う。優希の下ろされた髪をそっと撫でれば気持ち良そうに目を閉じる。俺に気を許してくれてるこの表情、あぁ好きだな、と実感させられた。















幸せから転落することは日常茶飯事だ。


ESのユニットリーダーが集められた部屋に俺もいた。目配せしながら、ぐるりと見つめた室内にはもちろん一彩の姿もある。最初こそ、雰囲気はいつも通りだったのに、奴が現れたことにより空気がガラリと一変する。



「ゲートキーパーねェ」



奴は自分のことをゲートキーパーと言った。SS運営員会の代表だという奴は、格好こそスーツ姿でありきたりな正装をしているものの、纏う雰囲気はまともじゃねェ。歪んだ空気、冷ェ視線。この業界にいるから備わっているもンじゃない。完全に裏の人間だ。視線だけ、部屋の中を一巡すれば大体の奴らが動揺を表情曝け出し、身体中にあからさまな緊張が走っているのがわかる。一彩の奴も、変に構えちまって仕方ねェな。



奴は語り出す。

これから行われるSSについて。

予選会があること。

各地に俺たちアイドルを配置させること。

地域ごとのルールに則った方法で予選会を勝ち抜いたユニットが本戦に進むことができるということ。

そして、参加するアイドルには指令、俺たちリーダーには裏指令というものが出されること。




「お前らがどうしようが勝手にすればいい。ただ覚えてろ、指令、裏指令を破れば罰則があること」





与えられた指令、裏指令。

決して冗談じゃ済まされない言葉に俺は目を細める。そしてぐるぐると巡らせた思考の果てに、俺は一つの答えに辿り着く。






「ゲートキーパーさんよォ…ちょいと話があるんだけど」




周りに人気がないことを確認した上でゲートキーパーに近付いた俺はなるべく警戒されないように、と普段のふざけた笑みはやめだ。少しだけ声色は明るめにするが、視線で本気さを示し出す。そうすりゃ、ゲートキーパーも俺の雰囲気を見て察するだろう。案の定、まるで俺の心を探るような目で耳を傾けてきた。



「俺っちと手を組んでほしい」



ESなんざクソくらえ。

俺は、俺たちは生き抜かなければならない。

その為にはまず、このSSの予選会を勝ち抜かなければならない。




俺たちの地域にはあのビッグ3であるKnightsが一緒だ。ってことはこはくちゃんにとって、大切な身内がいることになるからなァ。こはくちゃんにもバレねェように動く必要がある。つまり、俺には情報と仲間が必要。そう行き着いた答えによって、今この瞬間までに得た情報を整理して奴に交渉する。悟られないよう、けれど奴について何でもいい、得るものはないかと腹の中を探り出す。



「ふん、良いだろう」



あっさりと手を組んだゲートキーパーには拍子抜けだった。コイツの雰囲気的にもっとめんどくせェんじゃねェかと考えもしたが、俺の読み間違いか。とりあえず好都合な展開ならそれでいい。利用できるものは利用するだけ。



「そういえば、水城優希と言ったか」
「…あ?」



突然優希の名前が出てきて、つい素の声が出てしまった。けれど、ゲートキーパーは気に留めることもなく、自分のであろうスマホをいじくりながら、口を開く。




「まあ良い女じゃねェか。健気な奴だな、献身的だ」



ふん、と鼻で笑う奴が言ってるのは優希のことか。待て、コイツが何を知ってるんだ。さっきまでいつも通り動いていた思考回路が一気に動きが鈍る。わからない、ゲートキーパーが何故優希のことを触れたのか。



「これからテメェは関西だからな。しっかり、目に焼き付けておけよ」



まず優希のことを事前に知っていたのであれば、何故指令にも裏指令にも関与させなかったのか。


そこを疑問に思うべきだった。



ゲートキーパーが直前までいじっていたスマホ画面を俺に見せる。そこに映し出されていたのは今朝まで一緒にいたはずの優希の姿。



「…優希に何してンだよ…」



さっきまで頑張っていた明るめの声色は瞬時に消える。画面の中の優希は写真じゃなかった。動いているのだ。つまりこれは動画。しかも優希は鎖で拘束されていて、何処か一点を見つめている。たまに瞬きによって動きはするが、本当にそれだけで動かない優希の身の安全が不安でならない。




「まだ安心しろ。今はただの撮影中だ。コイツにはモデルの撮影ってことになってる」
「…表向きは、ってことかよ」
「察しがいいな。テメェがMDMでやった行動も全部把握済みなんでな。念には念をってことだ」



つまり、ゲートキーパーは警戒に警戒を重ねていたということ。その為に優希を手中に入れていたワケか…全ては仕掛けられた後。今も何も知らず、仕事と称して撮影をしている優希。巻き込んでしまったことへの罪悪感と不甲斐なさが押し寄せてくる。奥歯をギリっと噛み締めればゲートキーパーはふん、と鼻で嘲笑う。



「コイツの命もお前次第だ。きちんと指令に従えば手は出さねぇ。言っておくが弟同様に連絡禁止とする」



つくづく嫌な奴。


俺がどうすれば従うかを熟知している。




「優希には何もさせねェっしょ」




一気に渇いた喉から出た声は余裕ささえも無くしてしまう。


「せいぜい、頑張るんだな」



優劣は一目瞭然、そう言い張る一言に聞こえた俺はゲートキーパーのスマホ画面をを見つめる。今行っていたパターンの撮影を終えたらしい優希は何も知らず笑っている。それを見て俺は願う、頼むから何も知らずに無事でいてほしい、と。

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