カフェシナモン・mini



※娘3歳
七種視点

打ち合わせを終えて資料を手にして事務所へと持ち帰る。自分のデスクに座り、ノートパソコンを開いて電源を入れればすぐに画面が明るく点灯し起動を始める。トップ画面に切り替わり、ソフトを立ち上げて先ほど持ってきた資料に視線を移しながら、思考を巡らせる。次の戦略はどうすべきか、今後の展開を何通りも思い浮かべては消していく。



キーボードを叩いて文字を入力していけば、頭で浮かべた内容は文字となる。羅列された文字を自分で見直して視覚的に取り入れて改めて情報を吸収する。それを何度繰り返した時だろうか。どのぐらい時間が経ったかはわからない。まだ大した時間は経っていないはずだろうが、作業に集中していたため、意識がハッとしたきっかけは視界の端で何かが動いていたからだった。




たたたたたっ


ひょこっ



「いらっしゃいませっ!」



さて、自分は幻覚を見てるんですかね。普段はこんなことを思わないのに、思いたくなるのも仕方ない。作業をしていた机の端からひょこっと顔を出したのは見慣れた鮮やかな赤い髪に曇りなき瞳をこちらに向けてくる天城蓮氏だった。



気のせい、いや、気のせいではなく実際にここにいようとも関係ない。気にしている場合ではないのだ。何故ならば、相手をする理由がない。今自分は仕事をしているわけであって、集中しているということにすれば気づかないふりをしていても押し通せるだろう。しかし、蓮氏はまだ幼く純粋無垢。じーっと自分を見つめて目を離さない。見なくたってわかる、ずっと大きな瞳がこちらを見ていることぐらい。



「…なんですか、蓮氏」
「いばにゃん!いらっしゃいませ!」



幻覚でもなければ幻聴でもなかったらしい。この場に似つかない言葉を投げかけられて、つい眉間に皺が寄るのがわかる。



「ここは自分の仕事場です」
「蓮ね、しなもんごっこしてるんだよっ」
「…はあ」



一応、仕事アピールをしてみるが蓮氏に伝わるはずもなく。自分の言いたいことを言うだけ言ってきたではないか。しなもんごっことはどういう意味ですかね。このぐらいの子供が考えることはより分かりません…!



「蓮、にいのやくだからね!いばにゃんいらっしゃいませ!」
「なるほど、カフェシナモンのことですか」



ここでやっと意味が理解できた。蓮氏はおままごとならぬ、カフェシナモンごっことやらをやっているらしい。蓮氏は椎名氏の役、つまり店員さんの役をしていると言うことだろう。ここでやっといらっしゃいませと言っていた意味が理解できる。



「ごちゅうもんはなんですか?」



自分より少しだけ高い机に手をかけて、ひょっこりと顔を覗かせて見上げてくる蓮氏。今のセリフも椎名氏の真似でしょう。元々、蓮氏が椎名氏をお気に召していたのは知っていますが、普通ならおままごととかじゃないんですか?なんですか、シナモンごっこって。メニューも渡されていないし、何があるのかもわかりませんね!




「それではカヌレを一つ」
「…かれー?」
「カヌレですよ」
「んぅ…蓮わかんない」



適当に思い出した物をオーダーしてみましたが、どうやら蓮氏には難しかったようで。さっきまで楽しそうにしていた表情も一変。むぅ…と曇らせて俯き気味になって呟く。完全に機嫌を損ねさせてしまったようですね、これはこれでめんどくさいので仕方ない。



「それでは、コーヒーをいただけますか?」
「うん!こーひー!もってくる!」



ありきたりなコーヒーを頼んでみれば、すぐに機嫌を直してくれたみたいですね。シュンとしていた表情からすぐにいつもの蓮氏になりましたよ。大きく頷いてそしてそのままタタタッと何処かへ走り去ってしまいました。所詮子供のごっこ遊び。適当にコーヒーのような何か器を持ってくるはずでしょう。これで少しの間、自分だけの時間確保です。



再び気を取り直してキーボードを叩き業務を進める。少しでも集中して進められるように、と気持ちを再度引き締めて画面を見つめる。またいつ蓮氏が戻ってきてもおかしくない。まずなんでここに蓮氏がいるのか、全く天城燐音氏には困ったものです。ここは託児場でも遊び場でもないんですがね。




カタカタカタカタ…


カタカタカタカタカタカタ…


カチャカチャカチャカチャ…




キーボードに紛れて聞こえてくる陶器のぶつかり合う音。最初は気にも留めませんでしたが、紛れて聞こえるこの音もずっと耳に入れば自然と仕事の方を止めざるを得ない。

画面から視線を外し、机の横に視線を移す。音の鳴る方を確認しながら、通路側へと向けた時音の正体がわかる。両手に陶器のコーヒーカップが乗ったソーサーを持って、ちびちびと歩いてくる蓮氏の姿。蓮氏はずっとコーヒーカップを見つめたままゆっくりとこちらへ歩み寄る。一瞬、手を出すべきか悩むがとりあえずそのままにしておくことにしましょう。


カタカタとキーボードから鳴る音とカチャカチャと陶器が揺れる音を聞き入れつつ、また少しだけ微々たるものだが仕事を進めた頃、蓮氏がやっと自分の横にやってきた。なので自分も机に広げた資料を簡単にまとめて片す。すると覚束ない動きで自分の机にコーヒーカップを乗せてくれる蓮氏。動きが危なっかしくて手を出したくもなりますが、ここで出しても蓮氏の機嫌を損ねるかもしれませんからね。見守ることに専念していれば、なんとか無事自分の机に持ってきたコーヒーを乗せてくれました。



「いばにゃん!こーひーだよ!」
「これはこれは!ありがとうございます、わざわざ持ってきてくださったんですね」



まさか本当に持って来ようとは。どこでどう準備したのかもわかりませんが、蓮氏のごっこ遊びは続行中であり、無事持ってこれたことが嬉しいようでキラキラとした笑顔、ご満悦だ。



「いばにゃん!のんで!」
「はい、喜んでいただきましょう」



もはや蓮氏に合わせて動くほうが賢明です。そのほうが全て丸く収まりますからね。蓮氏に言われたようにコーヒーカップを手に取り、口付ける。コーヒー特有の香りが鼻を擽り、飲めば口に広がる僅かな酸味も美味と言えよう。



「美味しいですな」
「やったあ!」
「よかったね、蓮」
「なぎくん〜!」



この酸味も蓮氏にはわからないだろう。しかし、持ってきてくれたのも蓮氏なので美味しいと伝えれば、蓮氏は嬉しそうに飛び跳ねる。いつのまにいたのだろう、蓮氏の後ろに閣下の姿がありましてこれは驚きました。




「おや、閣下もおいででしたか」
「うん、蓮と一緒に楽しかったよ」
「なぎくんもしなもんごっこしてたんだよね〜」
「閣下もですか?」
「そうだよ。蓮に言われてコーヒーを入れたんだ」



なんと!このコーヒーは閣下が入れてくださったのですか…!閣下は楽しそうに蓮氏と顔を見合わせていて、まるで悪戯成功した子供のようです。

全く、蓮氏の行動は予測不可能ですが、今回のことは自分のためにしてくださったことなので、大目に見てあげるとしましょう。



「つぎ、蓮がおきゃくさん!いばにゃん!蓮、けーきたべたい!」
「茨、私はチョコレートが食べたいな」




…全く、前言撤回してもいいでしょうか。


仕事はしばらくお預けなようです。

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