そして二人は、



いつも見慣れたリビングで、いつもの着慣れた部屋着を纏い、あたしはいつものようにソファーに腰掛けていた。ハーフパンツの部屋着だから、ソファーに座っているというのに素足を抱えて少しだけ音量の下げたテレビからはチカチカと芸人さんたちが何やらネタをやっているのか。集中せず、ただ視線の先にテレビがあるという理由だけで、何も内容は入ってこない。


むしろ、耳に押し当てているスマホに意識を集中しているのだから、それもそのはずだった。



「姉さんすっごくよかったよ!」
「ありがとう、なんか気恥ずかしいね」
「そんなことないよ!藍良もずっと言いながら泣いてたし、僕も感動しちゃったからね」



耳元から聞こえるひーくんの声。興奮冷めやまぬ、って感じで意気揚々な言葉の羅列。電話越しだと言うのに、どんなふうに語っているのかが容易く想像できてしまって、つい笑みが溢れる。



「兄さんと姉さんがダブル主演ってのを聞いて楽しみにしてたんだ」
「まさか、こんな風に燐と共演するなんて思わなかったよ…映画だなんて」
「兄さんも姉さんもやっぱり凄いな、毎日CMもたくさん見るんだよ!広告だって、あちこちカルマのことばっかりだ」



そう、今話しているのはあたしと燐が共演にてダブル主演だった映画・カルマの話。内容は前世で恋人だった二人が死別して生まれ変わりまた出会うストーリーだ。前世の記憶を持ったあたしが再び大好きだった燐に出会う。純粋に喜ばしいことであり、記憶が例えなくても好意を寄せてもらえるのもまた嬉しい話であるはずなのに、記憶があるからこそ、前世では自分のせいで一緒にいられなくなってしまったとトラウマになっている自分が素直になれずに拒絶する展開。



好きなのに答えられない、

一緒にいたいのに離れようとする。



昔の自分を思い出して、胸が本当に締め付けられるよう痛みを感じながら撮影したこの作品は、感情移入した演技として語らせてもらっているが、実際には完全に昔の自分に重ねて撮影していたものである。



「宣伝しなきゃなんないから、撮影が終わっても一緒に仕事できるのは嬉しいけど、この話ばっかりもちょっと気が滅入っちゃうんだよね」
「だから兄さんも疲れてたのかな」
「ひーくん、燐に会ったの?」
「ウム!事務所に行くときにたまたまね!兄さん、いつもより元気なかったから、スケジュール的にも大変なんだろうなって思ったよ」



燐とあたしのスケジュールがほぼ被ってる中で、あたしはひーくんに会えていなかったけど、そっか、燐は会ったんだ。そんな話聞いてないし、あたしも聞かなかったからなぁと思いつつ、ちょっとだけ良いなと思ったりもして。でも、普段ひーくんの前では飄々としている燐も今回ばかりはスケジュール的に疲れの色を出してしまっていたのか、それはそれで珍しい。


と、思いたくもなるけれど、これまたそれだけは納得せざるを得なかった。


足を抱えて座っているあたしのお腹のところ、ギュッと力が込められてあたしはひーくんの話に相槌を打ちながら、その回された手をそっと撫でる。背もたれであれば感じない温もりに、後ろから首筋あたりに掠める何かがくすぐったくて少しだけ身を捩った。



「ひーくん、燐と話したい?」
「いや、いいよ。兄さんも疲れてるだろうし、また会えた時にちゃんと話そうかな」
「そっか、じゃあ燐にも伝えておくね」
「ウム!姉さんもお疲れ様!ゆっくり休んでね」



おやすみなさい、と互いに言葉を交わしてスマホの通話を切ると一瞬だけ通話時間が映し出された後、いつものホーム画面が表示する。それを確認した上で、少し離れたテーブルに軽くスマホを放り投げるように手放せば、ガタッと言う音を立てて着地した。



「燐、ベッド行く…?」



先程から、ひーくんの通話中ずっと静かに後ろから抱きついている燐にやっと尋ねられた。お腹に手を回して、後ろから首筋に顔を埋めてずっとくっついている燐は、もしかして寝てたりするのだろうかと思ったりもしたけれど、寝息もしなければ、なんとなくだけど起きている確証はあった。とは言え、連日映画の番宣での雑誌のインタビューやポスター撮影、公開前もそうだったが公開後も番宣VTRや生放送の出演などなどスケジュールが詰め詰め。休めるときに休まなければ、酷いコンディションで挑まなければならなくなる可能性だって出てきてしまう。疲れているのに、あたしが寝ずにひーくんと電話なんてしてたから付き合わせてしまったかもしれない。そう思ったら、早くベッドに移動して寝かせてあげなきゃと思うもの。だけど、確実に起きているはずなのに、問いかけても燐は反応しなかった。


「…燐、?」


普段ならこんな無視なんてしないのに、どうしたんだろうか。軽く腕をペチペチと叩いても反応しないから、もしかして知らない間にあたしは何かしてしまったのか?と自問自答し始める。



「優希」
「なあに、?」
「こっち向いて」


思考を巡らせてもやっぱり思い当たる節がなくって困っていれば、数分、数十分ぶりではあるけれど、やっと燐の声が聞けた。燐の言われた通り、抱き抱えられたまま、向ける範囲で燐の方に振り向けばそのまま顔を固定されて口を塞がれる。突然の口付けだった。別に珍しいことではないはずなのに、このタイミングでしてくることに理解できず、現実についていけず少しだけ脳内が混乱する。だけど、否定する理由もないあたしはそのまま燐のことを受け入れるだけ。


離れたときに、視界に入ってきた燐はすごく不安そうな瞳の色を浮かべていてまた新たにあたしは混乱させられる。



「燐、どうしたの」



この表情は再三見てきた。と言うのも、ずっと撮影していた時に見てきた表情だ。あの時はあたしも役柄的にひたすら情緒不安定な感情を曝け出して泣いてって自分自身余裕なかったけれど、今は演技の必要もなければ、場所は家である。オフである時間に一緒にいるときにされてしまって、どうしたのと問いかける他なかった。



「…」
「燐…?」
「…なんつーか、」
「うん」
「すげェ不安になった…」



そう言ってまたギュッてしてくる燐。次は向かい合うように体制を変えさせられて、正面から抱きついてくるから、あたしはその背中をポンポンと撫でる。気弱なか細い声。大きな体を丸めて小さくなるその姿は演技でもない本心、ひーくんにもメンバーにも曝け出さない強くない部分の燐。




「毎日撮影で優希に拒絶されたり、疎まれたり、泣かれたり。しかも内容的に昔のこと思い出すし…演技ってわかっててもしんどかった上に、撮影も終わったってーのに、ふとした瞬間怖くなる」



あたしは良い、燐からの好意をもらってる役だったから。ただそれを、受け入れられず拒否する。だけでなく、あたしは露骨に燐を嫌がる役だったから、それがまた燐にとっては相当のストレスだったらしい。普段から、燐のことを拒否することもあまりない上に、燐もやっぱり昔を思い出して余計に感情移入したところもあったんだろう。撮影期間はお互いに専念していたからこの事には触れなかったし、終わった後もスケジュール的に気を張っていたからこそ、今になって気持ちの余裕が裏目に出たんだと思う。



「燐はずっと辛かったよね」
「優希にあんな拒否られンの無理」
「燐のこと大好きだから、」
「…一彩よりも?」
「燐が一番だよ」



本当に珍しい。こんなふうに誰かを引き合いに出すなんて、相当メンタルが弱ってるらしい。そういえばさっき、お酒も飲んでたし多少なりとも悪酔いしちゃってるのかもしれないし、もしかしたらあえてお酒の力を借りてるのかも?甘え下手だから仕方ない。



「あたしは死んでないし、ちゃんと燐との昔からの記憶もあるし。離れてた期間も出来事もいろいろあったけど、今はこうして一緒にいられるんだから」



大丈夫だよ、あたしは演じていたあたしとは違う。



「確かに、演じてたあたしも一度は燐のこと思いっきり拒否してたけど、最後はちゃんと向き合って受け入れてたでしょ」
「一度どころか何度も拒否ってただろ…」



やっといつもの燐らしさが出てきて、安心半分おかしさ半分でクスリとつい笑ってしまう。そしたら、燐がジト目でこちらを見てくるから大丈夫そうだという気持ちが確信する。



「仕方ない、そういう役なんだもん」
「俺の繊細な心はとても傷付いたんだけど」
「どうやったら、治ってくれるの…?」



燐がニヤリと笑う。その言葉を待ってましたと言わんばかりに。つまり、いつもの燐に復活。これならもう心配いらない。



「俺っちのこといっぱい愛してよ」
「いつもいっぱいあげてるのに」



言われなくても燐が望むなら。

いくらでも捧げるよ、あたしの全て。


その言葉を込めて、あたしは燐に口付けた。




カルマの主人公たちもあたしたちのように笑い合っているのを願いながら。

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