息を止めて



あの日から天城先輩があたしのところへ来ることがなくなった。言葉の通り、ピタリとなくなったのだ。これで良い、と最初はホッとした。心から安心してしまったし、それは本心であり嘘偽りはない。

天城先輩と会わない生活というのは知り合う前に戻るということ。ただ前の生活に戻っただけだというのに、心の中のモヤモヤは変わらず晴れない。


学年が違えば、必然的に会う機会はめっきり減るもの。移動教室があったって、放課後だって、委員会にも入ってなければ会う機会は全然ない。たまに校舎の中で遠目に見かけることがあるかな、ぐらい。それだって天城先輩の鮮やかな赤い髪が目立っているから気付けるわけであって、本当に遠目に見かける程度だ。



「…なんだ、」



いるじゃん、ちゃんと友達が。

視線の先にいる先輩が初めて友達であろう人たちと一緒に校内を歩いているのを見た。体育の時とかも見かけていたけれど、通学の時も休み時間も放課後も一人でふらりとやってくる人だったから、その場だけの人たちなのかと思ってた。だから、先輩がこういう時間に不特定多数の人たちといるのは新鮮で見慣れなくて、友達がいたことに安心と共に寂しさを感じてしまうなんて、矛盾した感情がぶつかり合う。









「天城先輩ってさー」
「うん」
「女の先輩とも仲良いんだね」
「うん」
「優希、先輩来なくなって寂しい?」
「うん…、え?」



今日は友達が日直の日。放課後。日誌の記入をしているのを彼女の前の席に腰掛けてボンヤリと見つめながら返事をしていたら、我に返って初めて自分がボーッとしていたことに気付かされる。彼女はシャーペンを持ったまま、あたしをじっと見つめてるし、いつからこうやって見られていたのかもわからなければ、日誌が既に埋めて終わっていたことでさえ知らなかった。




「そんなことないよ」
「本当かなぁ」
「本当。来られても困るから」



彼女はあたしの言葉を疑ってるけれど、全て本心。何一つ嘘偽りはない。だから、彼女の言う通り例え先輩が女友達であろう人たちと仲良くしてたって構わないし、まず、あたしが口出すことでもない。そう、あたしが言うのはまずお門違いだ。





日誌を書き終えた友達と提出するために職員室に向かう。だけど、途中教室に忘れ物したことに気づいたあたしは友達に伝えて一人教室へと逆戻り。取りに行ってる間に友達も提出し終えるだろうから、タイミング的にはそんなに問題ないだろう。吹奏楽部の演奏の音や運動部の掛け声がどこからとも無く響く校内を一人歩く。部活をやってない身としては放課後の廊下を歩くことに何処か心淋しさを感じつつ、さっさと取って戻ろうと決めて足の動きを早めた。


今日に戻ってすぐ忘れ物を手にしてカバンにしまって今来た道を戻る。上履きによるパタパタとした足音を耳にしながら、階段を駆け降りている時、階段の踊り場をくるりと回る直前で話し声が耳に入ってきて自然と足を止めてしまった。普段なら、そんなこと気にしないはずなのに、つい足を止めてしまったのはずっと聞き慣れたはずの、最近では聞かなくなってしまった天城先輩の声だったから。



「おいおい、やめろって」
「え〜、いーじゃん」



少しだけ覗いて見たそこにいたのは天城先輩と初めて見る女の人。見た目からして天城先輩と同じ学年の人だろう。短いスカートに明るい髪色、ぱっちりとしたメイク、自分を可愛く見せる方法をわかっている、というかこれが自分の見せ方だと自信持ってる感じの人。天城先輩と一緒にいても引けを取らない。そういう風に感じられる。やめろと言いつつ、本気で嫌がっていなさそうな先輩に何かを静かに飲み込んだ。


今は放課後だと言うのに天城先輩が女の人と二人だけでいるのは何故?


すごく近い距離で何をやってるんだろうか?


その親そうな距離感は何?




考えれば考えるほど黒いドロッとした感情が溢れてくる。見たくないのに目が離せなくて上手く息がちゃんとできてるのかもわからない。ここに自分がいるはずなのに、ここにいる自分がなんなのか自問自答したくなる。

ピロンとあたしのスマホが鳴ったことにより、あたしは我に返る。正直言ってこんなタイミングになんなんだ、と投げやりな気持ちでチェックすれば友達からだった。「今、どこ?」と書かれた内容に、「ごめん、先に帰ってて」とだけ返す。ふと顔を上げれば、いつからだろうこちらに気づいていたらしい天城先輩と目が合ってしまった。



その瞬間、本能的に居た堪れなくなってあたしはそのまま今きた階段を駆け上る。そこからはもう無我夢中だった、走って走ってとりあえず駆け登ったせいで口の中が乾く。行き着いた先は一番上の行き止まり、屋上への扉は鍵がかかっていて誰も立ち入れないからその前で立ち止まり、一気に肺へ空気を送り込む。肺が痛い、足がガクガクする、肩にかけてた鞄をずるりと落下して、鈍い音が響く。




痛い、痛い、肺が痛い。



「…っ、」



痛い、痛い、




「優希…?」



駆け登る前。名前を呼ばれた気がした。




痛い、痛い、痛い、



目が熱い、込み上げてくる、



痛い、痛い、痛いのは肺…?



違う、



痛いのはあたしの心だ。


ずっとわかってたはずなのに、こうすることしかできなかった。自分が選んだ答えなのに、辛くて苦しくて痛くてたまらない。立ってるのさえ辛くなり、あたしはその場にしゃがんで蹲る。



「なんで、優希が泣くんだよ」



そんなのあたしが聞きたいです、




見なくたってわかる声の主。




なんでここにいるんですか、




なんで天城先輩の声がするんですか。

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