メランコリック



忘れられない人がいる。

忘れてはいけない人がいる。

いつまで経っても未練がましいと言われるかもしれないけれど、これはあたしの自責と後悔。

だから、あたしは気持ちには応えられない。




「優希ってさ、なんで天城先輩に好かれてるのにあんなに拒否するの」


お昼の時間、いつものように友達と一緒にお弁当を食べている時だった。おかずを箸で摘んで食べようとした瞬間、友達がポロリと溢した言葉。お弁当から視線を移して、彼女を見つめれば、特別これと言って笑うわけでもなく、飾り付けのない感情のない無の表情だった。本当にふと思ったことを口にしたのだろう。



「それは、」



天城先輩から日々言われる好きという言葉。言われる度にあたしばっかり掻き乱されているというのに、あたしは絶対に先輩の気持ちへ応えたことはない。それは彼女も知っている事。それでも彼女の真っ直ぐな視線に何故かやましいことを隠す人の気分になってしまう。別に悪いことは何もしていないのに。一度、吐きかけた言葉を飲み込むと同時にあたしは自分のお弁当へ視線を落とす。



「好きな人がいるから」
「忘れられない人、だっけ」
「…うん」



彼女には少しだけ言ってある。だから、あたしがいつも天城先輩とのやりとりを見ても見ているだけで、基本口出しせず傍観に徹底してる訳なのだが、今回は違うらしい。



「もう会えないって言ってたじゃん」


どんな理由であれ、優希の人生だから前向きなよ。とあたしのことを思って今回言ってくれたらしい。彼女は多分、あたしが変に気負いしないように心配してくれてるんだろうな。











と、思っていたけれど。


「水城さんのこと、ずっと好きで」



目の前には同じ学年の男子。



「付き合ってください…!!!」



顔を赤らめて真っ直ぐあたしを見つめてくる。放課後になって帰ろうとしていたあたしを呼び止めてきた彼。言われるがまま、移動して人気のない校舎裏に来たのだけれど、昼間の話題からこの流れってとてもベタすぎない…?というより、こんな風に事が起きることってあるんだ…と何故か他人事のように感心してしまう。



昼間、友達に言われた言葉がふと蘇る。


前に進まなきゃ、かぁ。




「あたし、好きな人がいて…」
「それって」
「忘れられない人なんだけどね」



例えば、あたしが彼の返事にイエスと答えてみて、今後どうなる?あたしはこの人との日々を過ごして楽しく過ごせるのだろうか。そうなったとしたら、忘れてはいけないあの人のことはどうなってしまうんだろう。


天城先輩のことは、






「んなの、ダメに決まってんだろ」




開きかけていた口を突然塞がれる。何が起きたのか、脳が理解をする前に頭上から降ってきたのは聞き慣れた声。息が止まるかと思ったし、目の前の彼もびっくりしたようで目を見開いている。口を塞がれたまま、動ける範囲で視線を上にずらせば、鼻をくすぐる嗅ぎ慣れた香り。




「優希ちゃんに手ェ出すなよ」




天城先輩だ。先輩はあたしに見向きもせず、目の前の彼を視線で射抜く。笑ってる声色、なんとか見えた先輩の表情も笑ってるはずなのに、目だけはあたしでさけ怖気つくほど冷たさが含まれていて、こんな先輩は見た事がなかったから思わず息を飲む。結局、あたしに告白してきた彼は天城先輩の威嚇に驚いていなくなってしまった。

つまり、ここに残されたのはあたしの先輩の二人だけ。





「優希ちゃん、ダメだろ。ホイホイついて行ったらよォ」



彼がいなくなったのをしっかりと目視で確認した上で、やっと天城先輩があたしの口を塞いでいた手を退かしてくれる。ついて行ったらって…、どうやら天城先輩はここに来る前から見ていたらしい。いつものように飄々とした口ぶりだけれど、やっぱりその瞳はどこか恐怖を感じる。



「べ、つに…、ホイホイついてきた訳じゃ」



同級生ですし、と呟く。はっきりと言えないのは先輩の瞳のせいか、醸し出すピリピリとした雰囲気のせいか。先輩の方が見れなくて、気づけば自分の足元を見つめるだけ。何故かあたしの方が悪いことをしている気分、そんなことないのに。



「第一、天城先輩には関係ないじゃないですか」
「あ…?」



ドスの効いた天城先輩の声。これは間違いなくあたしに向けられたものだ。



「あたしと彼の問題ですし」
「でも、優希ちゃん。好きなヤツいるんだろ?」



先輩、会話まで聞いてたんだ。



「そうです、大切な人です…」
「俺っちは初耳だけど?」
「言ってなかったんで」
「ふーん」



天城先輩はどう思ってるんだろうか、嘘とでも思ってるのだろうか。あたしの中でグルグルとした感情が渦巻き、喉が渇き、それを耐えるようにギュッと自分の制服を掴む。



「けど、優希ちゃんは今一人なんだろ。そいつがそばに居る訳じゃねェ」



天城先輩はどう解釈してるのだろう、友達と同じような解釈をしているのかもしれない。




「天城先輩には関係ないです」




そう、天城先輩は関係ない。キッパリと言い放ってから、視線を上げればあたしの言葉に面食らった様子の先輩が。少しだけ目を見開いて、でもすぐに眉根を寄せて顔を顰める。



「あたしの問題なんで」



これはあたしの問題。先輩は関係ない。


関係ないのに、何で天城先輩がここに来たのかとか、口出ししてきたのかとか、天城先輩がどう思ったとか、いろんな事が気になっちゃうんだろう。


なんで、先輩が泣きそうな表情をしているの、って聞きたくなるじゃん。

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